タスマニアへ向かう3 シドニー→タスマニア(ホバート空港)→リッチモンド
ツヅリ様可愛いヤッターと言うだけでツヅリ様が喜びます。
(ホテル周辺の一角。なぜ撮影したかは覚えていない)
アメリカではどこに行ってもホットドッグの店があるというが、オーストラリアではホットドッグではなくサンドウィッチの店がどこにでもある。
お隣のニュージーランドも同文。国立公園のビジターセンターや周辺の飲食店にもあるのだから無論、空港にも沢山点在していた。
免税店の並ぶ通りを過ぎて、待合席の近くを通っていくとむんむんと香ばしい肉とパンの匂いが漂う……なんて言うと大げさだが。
珈琲とサンドウィッチを片手に歩く人が多いこと。ツヅリ様はついさきほど朝食を食べたばかりだというのに。通り過ぎるたびにジイっと、眼差しが追っていた。
その様子はどこか、嗚呼……元々は肉食獣だっただけあるなぁなんて。しみじみと思わせてくれる。
「おい、主……。失礼なことを考えているような邪気を感じるぞ?」
「可愛いなあと思っただけです」
「ほう、まぁなら仕方ないのおおお……! わっちはキュートじゃからのぉ」
チョロくて助かった。それが本当に可愛いのだが。むふんと誇らしげに鼻息を鳴らすと牙を見せて満面の笑み。思わず写真に撮ったところで、スマホには映ってはくれなかった。
「JQ72……。よし、もう乗り込めるみたいなので乗りましょうか。あまりこの辺を彷徨いても余計な小腹が空くだけですし」
「まーたそのお祈りかえ。わっちがいる限り飛行機など落ちんわ」
飛行機は羽田からシドニーへ向かう便と比べれば当たり前だが小さかった。エコノミーのみでおよそ二時間ほど。昼の一時ほどに到着。
こうした便では時々、機内食として皮のついたままの林檎とバナナとパン。どこか趣き深いものが出てくることもあるのだが。昼の便なのでそうしたものはなかった。
「今度は隣同士じゃなぁ? ほれ、うりうり」
動物のコミュニケーションのように頭突き。柔らかな白銀の髪が頬を撫でるとこそばゆい。しかし数分もしないうちに人の肩を枕に爆睡。窓際の知らぬ外国人がふふんと、私達を見て鼻で笑っていた。
――到着。国内線だとあまり無いことだが、滑走路を降りて空港まで移動。白昼の空は青く、雲は点在して低い。嗚呼、このあと少し曇るだろうなと思いながら遠くを見ると芝生はやや枯れ色だった。
湿度がなくて日差しは暖かく風は冷たい。
空港内は無駄に数の多い扉が特徴的なぐらいで何もなかった。レンタカーの受付スペースと、荷物受け取り待ちの席ぐらいか。トラブルといえばスーツケースが出てくると思った場所を間違えた程度だ。
旅路は急ぎ急ぎだと余裕がなくなるので来た日は近場を見て回ることにした。外の気温は20℃ぐらいだろうか。日差しがあると半袖でも暑いが、日陰だと肌寒いような温度。湿度はなくて、空気は清々しく透き通っている。
ホバート空港からリッチモンドと呼ばれる小さな町まで移動することにした。近場ということもあって、車でおおよそ30分ほど。
タスマニアンデビルはいない。
外の風景といえば、空港近辺から離れるとほとんどの建物が無くなってしまった。点々と木々が生い茂り、ほとんどは黄緑の草原。時折、山の斜面に葡萄畑が広がっている。
「ふひゅーーー……。やっぱり飛行機と違って車は良いのぉ。風がたまらん……!」
車窓全開。加速の風を受け止める長い髪とケモミミと尾が強く靡いて揺れている。雅なり。しかし雲が日差しを遮り始めるといささか風が吹き荒む。
反対側は比較的緑が残っていた(写真は撮れていないが)。なぜ道路を挟んでこうも草の色が変わるのか。素人にはわかりかねる。
タスマニアの道路は舗装はされているがウネウネと細いところが多い。左右は牧草地のようになっている。
葡萄畑を節目に草原を突っ切って目的地であるリッチモンドに到着した。小さな町ではあるが観光客はやはり多く来るらしい。
駐車場は充分に用意されていた。路傍の植え込みには紫陽花を主に多数の花が植えられ、色彩を飾っている。
人の手が整った草木。町そのものが庭師の作品のような風情。
駐車場近辺の紫陽花。
置物かと思うぐらい動かなかった鴨。近づいても微動だにしない程度には人慣れしていた。
「はぁぁ。故郷に帰った気分じゃの」
「全然故郷じゃないですけどね。まぁ……言いたいことはわかります」
知らない場所。知らない時代に懐かしさを感じる。のんびりとした並木道。低い家々。点在する小洒落たカフェや古着屋。
ツヅリ様は趣き深い様子で周囲をきょろきょろと見渡し、ふゃぁと、でかい欠伸をかいた。
古い建造物が町と一体化して残り続けている。
目を引く衣服が売られていた。ツヅリ様は何も買われなかった。
どこに続いているかわからない道。しかしリッチモンド全体はグーグルアー*を使えば見れるようだった。
道路を渡り、
石畳の道を移動していく。
「……こういう場所で人気のない探偵事務所とかしたいなぁ」
「夢見過ぎじゃのぉ」
雲の切れ間から日差しが差すと背汗が僅かに滲む。石畳を踏む音が心地よい。そのうち、リッチモンドで調べると一番に出てくる名所が視界に入った。
「でっかい橋じゃのぉ……」
タイガーヘッド湾に繋がる、やや土色をしたコール川を渡るための巨大な橋だ。1800年ほどに建てられたもので、手作業の重厚な煉瓦造り。
橋の周辺、川沿いは芝生が広がっており人が賑わっていた。何かをしているというわけでもなく、家族連れや恋人達が芝生に座ってぼんやり~としている。
「ツヅリ様、私達も少しあれぐらいを理想にしませんか? なんというか、橋を渡りたい欲を押さえながらゆっくり観光をしたほうが時間的にちょうどいいというか」
「たわけ。ゆっくりしなければならない状態をゆっくりするとは言わんわ。自分のペースでだらだらさせろ」
正論を押し通されたので私も大人しく橋を渡った。中央で立ち止まり、川の奥を見据えると、ガァガァと鴨が鳴きながら水面を揺らしている。
偏光グラスで水中を覗き込むと、名前も知らない小魚が点々と目視できた。
「旨そうな鴨じゃのぉ……。こう、わっちの奥底の獣性が刺激されるような」
「食べたり頭から飛び込んじゃダメですからね」
「しかたぬい……。あとで主で我慢しよう」
可愛いかもしれない。
ツヅリ様は頬を紅潮させながら嘲り笑う。しかし妖艶な神の威光も、橋を渡りきった直後に崩れた。鴨相手にさえ食欲がうずいていたというのに。
「……でかい鶏がいる」
立派な鶏冠。モフンとした全身。整った白と茶の羽根。立派な鶏が尾羽根とおしりを揺らしながら、誰に飼われている様子もなく自由気ままに草を食んでいた。
「……いや、わっちのほうがモフモフじゃが?」
意味のない張り合いをするとツヅリ様は鶏を威圧するように近づいていく。しかし鶏は逃げる様子もなく、堂々と片足立ちをしてこちらをジッと見詰めた。
「コココケコ」
「なに? 食べないでほしいと? ……仕方ない。近くで他の神威がギラついておるし……勘弁してやろう。記念にツーショットがほしいじゃと? むぅ、主、撮っておくれ」
「だからツヅリ様はカメラに映らないんですって……」
渋々撮影。当然、ツヅリ様は映らない。それでも満足そうに九尾を揺らし広げると、ふわりと漂い靡いて私の背にしがみついた。
「どうやら近くに教会があるようでな? せっかくだし覗いてみようぞ」
「喧嘩売らないでくださいね……」
「わかっておる。郷はわっちに従えじゃろう?」
危うい台詞を背に、川沿いを移動していく。