タスマニアへ向かう1 羽田空港(ANA)→シドニー行き
次話以降から写真が付きます。
一旅目:タスマニア〜タスマニアンデビル無しで
「今までタスマニアに行った事ないじゃろ? 行こうぞ? ぬし」
キッカケはツヅリの一言だった。これまでオーストラリア自体にはつづりと行った事があったが、タスマニアだけは何も無い気がしてずっと放置していた。
私が知っていたタスマニアの知識といえば、タスマニアンデビルとめっちゃデカいザリガニだ。
ザリガニは川のロブスターだの伊勢海老だの言うYouTuberがいるが、そのザリガニに限ってはその通りだと思う。
「主、主が行く場所を決めよ。神の舌を持つわっちが宿と食事場所は予約してやろうぞ?」
そんなこんなで決まったのがタスマニア旅行だ。九つもの銀色の尾を揺らす童女と二人きりでの出発となった。
オーストラリアは南半球のため日本が冬であれば時期は夏になる。向かったのは12月だか1月のときなので真夏シーズンだ。
「うみゃ。準備できたえ?」
キッカケの一言以来数ヶ月、ツヅリは現代的な衣服に身を包み、もしゃもしゃした尾と耳を隠して、もしゃもしゃが長い髪の毛だけになった。分厚いダウンの下は半袖。
「ふほほん。可愛いか? わっち可愛い?」
「嗚呼、最高だから。人前で尻尾出すなよ?」
「ぬしがぁ……。優しくしてくれるか次第じゃのぉ……」
真冬の日本は肌を斬る寒さだが、あまり厚着をしても向こうでしょうがないので我慢して羽田空港へ向かった。
日本の空港は例のウィルスが原因でマスクまみれだ。ツヅリはフゴフゴと不満をぼやきながらも郷には従ってくれていた。
「わっちは九尾ぞ? こんなウィルスもエキノコックスも掛からんと言うのに……」
「はは……」
念押しするが彼女は本当に人間ではない。銀の長い髪も、鋭いギザギザした歯も、違う次元に住むような容姿も何もかもが人外そのものである。
だからパスポートの代わりに変な葉っぱを見せてもバレない。平然と双眸は蛍光し、瞬く間に入管を操ってしまうからだ。
「あーあー、ぬしは人じゃから大変じゃのぉ」
荷物検査と顔認証のためにマスクを着け外しを繰り返す私をツヅリが遠目に嘲る。あとで叱られたいからと煽れるときに煽りまくり、嘲笑の限りを尽くすのがツヅリの誘惑だった。
「目的地着くまで何時間掛かると思ってるんだ。乗らないからな」
「お、おい! わっちを置いていくでない! わっちはすまーとふぉんのタッチパネルが人だと認識してくれないから迷子になっちゃうのじゃぁあ!」
一緒で半泣きになったツヅリを連れてラウンジまで移動。険しい人の目と和むような眼差しは、彼女が幼い存在として誤認されてるゆえだろう。騙されてはならない。情けないことに世界最年長だ。
……脱線した話を戻す。
ラウンジはANAなのでカレーはなかった。カレーがあるのはJALだ。
飛行機に乗るまでの数時間、最低限の小さなおむすび(シャケと昆布)、そして銀紙に包まれているチーズと安そうなウィンナーで早朝の空きっ腹を誤魔化そうとすると、ツヅリは無から茶と、竹の葉で包んだおにぎりを差し出してくれた。
彼女なら爆弾でさえ容易く持ち込めてしまうだろう。
「ほれ、そんなものよりわっちのがよか?」
「……まぁ、それはそうですね」
具は枝豆とカリカリ梅だった。これが存外に美味い。私が頬張っていくと、ツヅリは少しばかりマスクをずらして、満たされるように蠱惑的に微笑んだ。
「ふっ、わっちのことよか?」
「まぁ、それなりに」
「素直じゃないのおおお……!」
べしべしと背を叩かれながら飛行機に乗り込んだ。