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34 明治憲法体制(1)

 ここまで日本の国力や貿易など他の列強との比較という対外的な視点から考察してきた。

 そのため、一度対内的な視点からの考察もしてみたいと思う。


 やはり、戦前期日本を語る上で避けては通れないのが、明治憲法体制という制度的枠組みであろう。

 現代の日本と大日本帝国との違いは憲法体制、植民地の有無、軍隊の有無(自衛隊についての神学論争的な議論を、ここでするつもりはない)、領土内に外国軍隊が存在している、など様々なところに存在する。

 その中でもこの項では、特に明治憲法体制という制度的な部分に絞って見てきたいと思う。


 明治憲法体制というと、どうしても「統帥権の独立」という言葉が頭に浮かんでしまうが、正直、これは司馬遼太郎の著作の影響が大きいのではないかと思う。彼は統帥権の独立が日本を亡国に導いたとする理論を展開したが、こうした極端ともいえる理解については近現代史研究者の秦郁彦氏が反論を加えている。

 確かに明治憲法体制には制度的欠陥が存在したが、別に明治憲法体制の欠陥は統帥権問題に限らない(だからといって現行憲法体制に欠陥がないという意味ではない)。


 佐藤大輔先生の作品『レッドサンブラッククロス』では明治憲法が改正されて、統帥権が国会、内閣、統合軍令本部を通して軍に及ぶとして軍部の独走を防止し、現役軍人の入閣を禁止するなどの制度的改変がなされている。

 確かにこのIFは統帥権独立による軍部、特に現地軍の独走を抑制する効果はあったかもしれないが、これで明治憲法体制の欠陥が解消されたわけではない。


 何故ならば、明治憲法体制下での内閣制度は現在の内閣制度と違い、憲法に内閣制度についての条文がなく、さらに内閣制度を定めた「内閣官制」によって首相とその他国務大臣は基本的に同列、首相はあくまで国務大臣中の首班でしかなかったからである。そのため、他の国務大臣に対する罷免権がなく、閣内不一致で容易に内閣総辞職という事態に陥る可能性を孕んでいた。

 実際、統帥権独立問題を陸相と参謀総長を兼任することで乗り越えようとした東条英機も、岸信介の単独辞職拒否という事態に直面している。

 その直後、東条内閣はサイパン失陥の責任を取るという形で総辞職している。東条内閣の崩壊の引き金になったという意味において、岸信介の単独辞職拒否という要因はそれなりの意味を持っていると、私は考える。

 結局のところ、統帥権独立問題を何らかのIFを持ち込んで解決したとしても、明治憲法体制の欠陥、要するに多元的な統治制度を根本的に解決したことにはならないのだ。


 そのあたりも含めて、明治憲法体制を見てくことにしたい。


 まず、基礎的な事項から確認していく。

 「明治憲法体制」というのは、1889(明治22)年2月11日、明治天皇臨席の下で発布された大日本帝国憲法に始まる日本の政治体制のことである。

 大日本帝国憲法は全76条からなり、第1章「天皇」(第1~17条)、第2章「臣民権利義務」(第18~32条)、第3章「帝国議会」(第33~54条)、第4章「国務大臣及枢密顧問」(第55、56条)、第5章「司法」(第57条~61条)、第6章「会計」(第62~72条)、第7章「補則」(第73条~76条)という構成になっている。


 その全文は国立国会図書館のホームページなど各種Webサイト上で確認が可能となっているため、ここでは今回の考察の中心となる部分の条文についてのみ見ていきたい。

 まず、天皇の政治的地位であるが、明治憲法では次のように記されている。


第1条 大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス

第4条 天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ


 現行憲法における天皇の位置づけとの一番との違いは、天皇を国家元首としていることであろう。

 現行憲法体制下では、法的に国家元首は定められておらず、あくまでも儀礼的・慣習的に天皇が国家元首として扱われているに過ぎない。

 では、天皇が絶対的な君主として振る舞えるのかといえば、そうでもない。これまでの研究でも指摘されている通り、実際には天皇は国家権力の行使者ではなく調停者であった。少なくとも、明治天皇については調停者としての対応が求められていた。

 ならば国家権力の行使者は誰であると憲法に規定されているのかといえば、実はこれがかなり曖昧であるところに大日本帝国憲法の問題点があった。

 たとえば、第4章「国務大臣及枢密顧問」の規定を見てみると次のように書かれている。


第55条 国務各大臣ハ天皇ヲ輔弼シ其ノ責ニ任ス

2 凡テ法律勅令其ノ他国務ニ関ル詔勅ハ国務大臣ノ副署ヲ要ス

第56条 枢密顧問ハ枢密院官制ノ定ムル所ニ依リ天皇ノ諮詢ニ応ヘ重要ノ国務ヲ審議ス


 国務大臣も枢密院も、あくまでも「輔弼」、「諮詢」といった権限のみを与えられていたのである。

 一方で天皇についても第3条において「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」とされ、君主無答責の原則が採用されている。

 であるならば、内閣総理大臣あたりが輔弼・諮詢の最高責任を負うべきであった。

 しかし前述のように憲法に内閣の規定はなく、内閣総理大臣はあくまでも国務大臣中の首席でしかなかった。

 その内閣に並ぶ組織として諮詢機関の枢密院があり、さらに伊藤博文や山縣有朋といった憲法に規定のない元老という存在が国政に影響力を行使していた(元老という存在の法的根拠は明治天皇による詔勅)。

 誰が実際の国権を担うのか、という点が非常に曖昧なまま残されてしまったのである。


 政治学者の丸山眞男は昭和期の指導者たちの精神を分析して、より上位の権威への服従と自らの権限への逃避(官僚精神)による主体的責任意識の希薄化が起こったとし、指導者たちのこうした姿勢を「無責任の体系」と呼んだが、制度的に見ればこうした大日本帝国憲法の欠点にも「無責任の体系」の要因を求められるのではないかと思う。


  主要参考文献・論文

荒邦啓介『明治憲法における「国務」と「統帥」』(成文堂、2017年)

飯尾潤『日本の統治構造』(中央公論新社、2007年)

一ノ瀬俊也『東條英機 「独裁者」を演じた男』(文藝春秋、2020年)

伊藤之雄『元老 近代日本の真の指導者たち』(中央公論新社、2016年)

大江志乃夫『統帥権』(日本評論社、1983年)

大江志乃夫『日本の参謀本部』(中央公論社、1985年)

太田久元『戦間期の日本海軍と統帥権』(吉川弘文館、2017年)

大前信也『昭和戦前期の予算編成と政治』(木鐸社、2006年)

大前信也『政治勢力としての陸軍』(中央公論新社、2015年)

加藤陽子「ロンドン海軍軍縮問題の論理 常備兵額と所要兵力量のあいだ」(『年報近代日本史研究20 宮中・皇室と政治』山川出版社、1998年)

纐纈厚『近代日本政軍関係の研究』(岩波書店、2005年)

小林道彦・黒沢文貴編著『日本政治史のなかの陸海軍』(ミネルヴァ書房、2013年)

黒川雄三『近代日本の軍事戦略概史』(芙蓉書房、2003年)

季武嘉也『大正期の政治構造』(吉川弘文館、1998年)

茶谷誠一『昭和戦前期の宮中勢力と政治』(吉川弘文館、2009年)

徳田道之「陸軍における軍令の運用実態 ―制定初期及び公式令との関係を中心に―」(『防衛大学校紀要(社会科学分冊)』第121・122輯、2021年)

秦郁彦『統帥権と帝国陸海軍の時代』(平凡社、2006年)

坂野潤治『明治憲法体制の確立』(東京大学出版会、1975年)

平松良太「第一次世界大戦と加藤友三郎の海軍改革(一)」(『法学論叢』167巻6号、2010年)

平松良太「第一次世界大戦と加藤友三郎の海軍改革(二)」(『法学論叢』168巻4号、2011年)

平松良太「第一次世界大戦と加藤友三郎の海軍改革(三)」(『法学論叢』168巻6号、2011年)

丸山真男『日本の思想』(岩波書店、1961年)

丸山眞男『増補版 現代政治の思想と行動』(未来社、1964年)

村井良太『政党内閣制の成立 一九一八~二七年』(有斐閣、2005年)

村井良太『政党内閣制の展開と崩壊 一九二七年~三六年』(有斐閣、2014年)

三宅正樹ほか編『昭和史の軍部と政治』全5巻(第一法規出版、1983年)

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[良い点] 全ての国家機関が陛下に直隷していて、陛下は政治的な発言をしてはならない。 何言ってるのか分からないが、これが明治憲法だ。 こうでもしないと、薩摩・長州両藩主の「次の征夷大将軍は私だよね」…
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