21 漸減邀撃作戦の可能性(2)
では、大日本帝国が1941年12月8日の対米開戦を決意したとして、戦前の構想通りの漸減邀撃作戦を行えたかどうかという点についてだが、これは日米両国の戦力の配置、作戦構想を見ていかないと判断がつかない。
まず日本側から見ていくことにするが、史実では南方作戦に艦隊兵力を取られてしまったために漸減邀撃作戦を行う余力がなく、結果的に真珠湾攻撃を決意したという事情もあったことを考慮に入れる必要がある。
そもそも、日本海軍の年度作戦計画は基本的に対一国作戦を前提に策定されていた。つまり、日本一国対どこかの一国という、一対一の戦争を想定していたのである。
その構想が崩れてしまったのが、日中戦争の勃発であった。日中戦争によって、アメリカやイギリス、ソ連などを含めた対数ヶ国作戦になる可能性が出てきてしまったのである。
実際、日中戦争に伴う経済制裁などの影響、英米不可分論などによって、開戦と同時に東南アジアの資源地帯を確保する必要性に迫られたのが、史実の日本であった。
南遣艦隊に漸減邀撃作戦を行うために必要な巡洋艦、水雷戦隊、潜水艦戦力を取られてしまい、戦前からの想定であった漸減邀撃作戦は戦力的に困難となっていた。
仮に南方作戦に使用する以外の兵力で米太平洋艦隊を迎撃すると決定した場合、どの程度の兵力を用意出来たのだろうか?
この判断が、実は難しい。
何故ならば、「昭和十六年度帝国海軍作戦計画」の史料は残されていないからだ。
当時、海軍侍従武官であった城英一の残した日記によると、昭和十六年度帝国海軍作戦計画は1940年12月17日、昭和天皇の裁可を受けたことが確認出来る。
史実で南方作戦を担当した南遣艦隊、第三艦隊、そして北方海域を担当する第五艦隊は、すべてこの昭和十六年度帝国海軍作戦計画に付属する戦時編制において編成が決定された艦隊である(厳密に言えば第五艦隊はそれ以前から計画されていたが、実際に編成されたのは1941年になってから)。
つまり、山本五十六が真珠湾攻撃を構想し始めるのは1941年になってからであるので、真珠湾攻撃決定以前の日本海軍が実際にどのように対米作戦を考えていたのかが判る史料となる。
実はこの史料、戦後の一時期までは残されていたらしいのだが、某元海軍軍人が借り出した後、紛失したという記事をどこかで読んだ記憶がある。その記事では、恐らく意図的に史料を破棄してしまったのだろう、という調査結果がまとめられていた。
そのため、今、我々が目にすることが出来るのは1941年11月3日に裁可された「対米英蘭戦争帝国海軍作戦計画」のみである。
他に海軍の年度作戦計画は昭和十一年度分から昭和十五年度分が防衛省防衛研究所に残されており、この全文は「アジア歴史資料センター」にてインターネット上でも閲覧可能である。
その辺りから、考察を深めていくことにしたい。
まず「対米英蘭戦争帝国海軍作戦計画」であるが、初っ端の総則から「兵力ノ編制、作戦指導、防備、海上交通ノ保護、運輸補給、通信竝ニ情報蒐集等ニ関シテハ昭和十六年度帝国海軍作戦計画ヲ準用ス」という文言が出てきてしまう。
この部分に関しては、前述の通り昭和十六年度帝国海軍作戦計画が現存していないので不明である。
続いて第二編「対支作戦中米国、英国及蘭国ト開戦スル場合ノ作戦」について見ていこう。
ここでは「第一段作戦ニ於ケル全般ノ作戦要領」として「英領馬来竝ニ菲律賓ニ対シテ同時ニ作戦ヲ開始シ所在航空機竝ニ艦艇ニ対シテ先制空襲ヲ加フルト共ニ成ルベク速ニ陸軍先遣兵団ヲ馬来及菲律賓ノ要地ニ上陸セシメ航空基地ヲ獲得シ航空部隊ヲ推進シテ航空戦ノ成果ヲ拡大ス」と、マレー・フィリピン同時攻撃・攻略を目指す計画が記されている。
また読み進めていくと、開戦劈頭にグアム、ウェーク、香港、ボルネオなどを攻略する計画であったことも判る。
この第二編の中で、「開戦劈頭機動部隊ヲ以テ布哇所在敵艦隊ヲ奇襲シ其ノ勢力ヲ減殺スルニ努ム」と、真珠湾攻撃が組み込まれているのである。
もちろん、あらゆる場合を想定した作戦計画であるので、米艦隊が来寇した場合の作戦も立てられておりその内容は漸減邀撃作戦の構想そのものとなっている。
主な兵力の配置は、次の通りである。
フィリピン……第二、第三艦隊
マレーおよび仏印……南遣艦隊
台湾および仏印……第十一航空艦隊
香港および南支……第二遣支艦隊
ハワイ……第六艦隊
北太平洋……第一航空艦隊
南洋群島……第四艦隊
本土東方海域……第五艦隊
本土近海……連合艦隊主力
これを見てみると、仮に真珠湾攻撃を行わず南方作戦を実施しつつ漸減邀撃作戦を実施しようとした場合、使用可能な兵力は第一艦隊、第五艦隊、第六艦隊、第一航空艦隊ということになる。
グアムとウェークの攻略を諦めれば第四艦隊も使用可能であるが、フィリピンの攻略を諦めて第二、第三艦隊を米太平洋艦隊の迎撃に加えるのかの判断は難しい。
そうなると、フィリピンは第十一航空艦隊を中心に敵航空兵力の撃滅だけを行うことになるだろうが、重巡ヒューストンを旗艦とする米アジア艦隊が存在している以上、その他地域の攻略作戦を妨害されないためにも一定程度の艦隊兵力をフィリピン近海に貼り付けておく必要がある。
次に、「昭和十五年度帝国海軍作戦計画」について見ていきたい。




