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大日本帝国のIFと架空戦記創作論  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞


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20 漸減邀撃作戦の可能性(1)

「昭和17年の秋までに計画のようにレインボー第5号作戦に出て洋上決戦が起きれば、(中略)わが連合艦隊は主力艦の主砲力を主として敵艦隊を第二のバルチック艦隊として西太平洋に葬ったであろう。戦争そのものの勝敗は原爆十数発整備後の問題として残るとしても……。」

黛治夫『海軍砲戦史談』(原書房、1972年)245頁より


 大東亜共栄圏という字面の割りに夢も希望もない話をしたのだから、前項の最後で述べたように戦国時代末期から日本が海外へ進出していくロマン溢れる歴史改変について述べるべきかとも思ったが、まだ太平洋戦争そのもののIFについて論じ切れていない部分があるので、そちらについて先に考察していきたいと思う。


 筆者は架空戦記小説として、“ミッドウェー海戦で飛龍の薄暮攻撃が成功した世界”を描いた「蒼海決戦」シリーズと、“ミッドウェー海戦に日本海軍が全空母戦力投入した世界”を描いた「暁のミッドウェー」を執筆した。

 そして本稿において、“真珠湾第二次攻撃問題”、“日本のインド洋進出問題”、“海上護衛問題”、“大東亜共栄圏問題”を論じてきた。

 このあたりで、漸減邀撃作戦の問題を論じてみたいと思う。


 冒頭の引用は、戦艦大和の初代砲術長も務めた黛治夫氏の言葉であるが、やはり戦前から訓練に訓練を重ねてきた艦隊決戦を行わずに日本海軍が壊滅してしまったことについての悔いは私も抱いている。

 海軍軍人でも、海上自衛官でもない、ただ歴史を研究しているだけの人間がそう思ってしまうのだから、当事者たる黛氏の悔しさは如何ほどであったのか、察するにあまりある。


 日米戦艦対決は第三次ソロモン海戦第二夜戦とスリガオ海峡海戦の二度発生し、どちらも日本側の敗北に終わっている。

 ただ、第三次ソロモン海戦はもともとは巡洋戦艦として建造された霧島と米最新鋭戦艦たるワシントン、サウスダコタの戦いであり、スリガオ海峡海戦に至っては西村艦隊側が圧倒的に戦力に劣る状態で突入したのであるから、純粋な参考にはならないだろう。


 サマール沖海戦での戦艦大和の砲撃成果も決して褒められたものではないが、そもそも敵制空権下での砲撃戦など戦前では想定されていない。

 むしろ、松田千秋氏が「制空権を敵に与えたらこれは決戦も何もありゃしない。例えば大和、武蔵を造って三万五〇〇〇メートルで撃っても、空中観測をやらなきゃ決戦なんて出来やしない。敵の飛行機が来たらそんなものじゃ全然駄目だ。向こうの飛行機が来て、こっちはなくなると、決戦なんか全然成り立たない。」(戸高一成編『[証言録]海軍反省会』第3巻、PHP研究所、2012年)と戦後に証言しているように、サマール沖海戦は大和にとって非常に不本意な戦いであったとすら言える。

 もちろん、護衛空母を守ろうとしたジョンストン以下米駆逐艦の奮戦については、筆者も賛辞を惜しむつもりはない。

 しかしやはり、サマール沖海戦は弾着観測機を飛ばせない、敵に制空権を握られた状況下での砲撃戦であったということを考えておく必要はあるだろう。


 一方、ソロモンを巡る攻防戦での日本海軍水雷戦隊の活躍ぶりを見れば、戦前の猛訓練の成果はある一定時期までの米艦隊に対して圧倒的に勝っていたと評価出来る。

 これが戦艦部隊であったのならばどうだったのだろうか、という疑問は尽きることがない。


 ただ現実問題として、真珠湾攻撃ではなく戦前からの漸減邀撃作戦を対米作戦方針として開戦に踏み切ったとして、日本海軍の望むような状況が発生したのかどうか、という点については考える必要がある。


 基本的に漸減邀撃作戦とは、西太平洋に来寇する米艦隊を潜水艦、航空機、水雷戦隊といった部隊で徐々に戦力を削いでいき、最終的には戦艦同士の決戦によって米艦隊に対して勝利を収めるという作戦構想のことを指す。

 この作戦構想については、平間洋一氏の「日本海軍の対米作戦計画 ―漸減邀撃作戦が太平洋戦争に及ぼした影響―」(軍事史学会編『第二次世界大戦 ―発生と拡大―』錦正社、1990年)にて詳しく論じられている。


 ただ、最も端的にこの作戦構想を示したのは、次の史料であろう。


国防方針ニ記載サルベキ向フ十個年間ノ海軍兵力中水雷戦隊竝ニ潜水戦隊ヲ各七個トナス必要ノ理由


所要兵力量ハ其作戦ニ因由スベキモノナレバ帝国海軍兵力量決定ノ基調タル甲作戦ヲ研究スルニ敵主力部隊ニ対スル減敵手段ハ開戦ニ先ダチ先遣潜水艦部隊ヲ遠ク米洲西岸ニ派遣シテ之ガ監視奇襲其ノ出港スルヤ追跡触接ニ任ズル所ヨリ始マリ主力ノ決戦ニ至ル迄右ノ九種(九段)トス


一、敵ガ布哇ニ入港スル前日頃所在潜水艦ノ全力ヲ以テ之ヲ襲撃

二、敵ノ布哇出港時及其直後ニ於ケル所在潜水艦ノ全力ヲ以テスル襲撃

三、*敵ガ我南洋群島方面ノ一地ヲ占拠セントスル直前所在潜水艦ノ全力ヲ以テスル襲撃

四、*我南洋群島方面ノ一地ニ占拠セル敵ニ対スル大規模空襲

五、*我南洋群島方面ノ一地ヲ出港スル敵ニ対スル所在潜水艦ノ全力ヲ以テスル襲撃

六、我基地飛行機圏内ニ来レル敵ニ対スル大規模空襲

七、決戦ノ前夜等ニ於ケル我夜戦部隊ノ全力ヲ挙ゲテスル夜戦

八、決戦当日黎明時ノ飛行機潜水艦ノ全力ヲ以テスル襲撃

九、我全力ヲ挙ゲテ行フ主力ノ決戦


註*ヲ附シアルモノハ敵ガ我南洋群島方面ニ其進攻路ヲ採ラザル場合ハ実現セザルモノヲ示ス


出典:「帝国国防方針及帝国軍ノ用兵綱領関係綴」(防衛省防衛研究所、⑨―霞ヶ関―15)

JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C14121170000


 この史料が作成されたのは、1936年3月30日、起案者は軍令部第一部員の中澤佑である。

 これは帝国国防方針の第三次改定作業中に作成された文書であり、帝国国防方針はこの1936年の改定が最後となる。

 つまり、本来であればこの対米作戦計画を以て対米戦に臨むはずだったのである。


  主要参考文献・論文

麻田貞雄『両大戦間の日米関係 海軍と政策決定過程』(東京大学出版会、1993年)

大塚好古「アメリカ海軍「渡洋作戦」VS.日本海軍「漸減作戦」 日米の作戦計画はここまで実現していた」(『歴史群像』第140号、2016年)

黒野耐『帝国国防方針の研究』(総和社、2000年)

野村実『太平洋戦争と日本軍部』(山川出版社、1983年)

平間洋一「日本海軍の対米作戦計画 ―漸減邀撃作戦が太平洋戦争に及ぼした影響―」(軍事史学会編『第二次世界大戦 ―発生と拡大―』錦正社、1990年)

防衛庁防衛研修所戦史室『戦史叢書 ハワイ作戦』(朝雲新聞社、1967年)

防衛庁防衛研修所戦史室『戦史叢書 比島・マレー方面海軍進攻作戦』(朝雲新聞社、1969年)

防衛庁防衛研修所戦史室『戦史叢書 海軍軍戦備』第一巻(朝雲新聞社、1969年)

防衛庁防衛研修所戦史室『戦史叢書 大本営海軍部・聯合艦隊』第一巻(朝雲新聞社、1975年)

黛治夫『海軍砲戦史談』(原書房、1972年)

ウィリアム・R・ブレイステッド(麻田貞雄訳)「アメリカ海軍とオレンジ作戦計画」(細谷千博ほか編『ワシントン体制と日米関係』東京大学出版会、1978年)

 今回から筆者の好んでいる作風である大艦巨砲主義の太平洋戦争における可能性を論じていきますが、冒頭にも述べたように「戦国時代末期から日本が海外へ進出していくロマン溢れる歴史改変」もまた魅力的であると思います。


 平河新『戦国日本と大航海時代』(中央公論新社、2018年)は戦国日本とアジア、ヨーロッパとの国際的な繋がりを鮮やかに書き記した興味深い本です。

 また、2020年にNHKスペシャルで2回にわたって放送された「戦国 ~激動の世界と日本~」も、未だ筆者の記憶に残る番組です。

 このあたりに影響を受け、そしてリアルの方で府藩県三治制期の史料に出会ったことが、拙作「秋津皇国興亡記」の執筆に繋がったといえます。


 とはいえ、「秋津皇国興亡記」はあくまでも異世界和風ファンタジー戦記を目指しているので、純粋な歴史改変小説とはいえません。

 日本が鎖国をしないで近代を迎えたら、いったいどの程度の植民地を持っていて、どこまで国力が上がっていたのか、そのあたりを検証していくことは物語を創る上で非常に面白い作業であると思います。

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