さようなら昨日までの私、こんにちは今日からの新しい私
人は自分にとってふさわしいと思うパートナーと出会えたからといって、幸せになれるものではない。
自分が相手にとってふさわしいパートナーになるように毎日努めてこそ、幸せになれる
・・・
私の送ったナインのメッセージに対して、清水君のメッセージはすぐ返ってきた。
”了解しました。
では明日のお昼休み、中庭で”
と、ごく簡潔に。
これだけだと清水君が今どう思ってるかは全然わからないし、やっぱり直接話を聞いたほうがいいみたい。
そして翌日。
私は4時限目の終わりのチャイムがなって、昼休みになったらすぐに中庭に向かった。
そしてしばらくすると、清水君も中庭にやってきた。
「お待たせしました、優里恵さん。
何かありましたか?」
清水君の様子は、日曜日と変わっているようには見えない。
「あ、あのね。
良ちゃんから聞いたの」
私の言葉に清水君はきょとんとしている。
「え?
良から?
一体なにを?」
「清水君が、日曜日にデートのことで”ちょっとばかり意外だったな”って言ったって。
あと失敗したっていうことも」
私がそういうと清水君は驚いているみたいだった。
「え?
良の奴がそんなことを?」
清水君は驚いたように言っているけど、否定しないのはやっぱりそういったこと自体は本当なのかな。
「あ、あのね。
私、日曜日のデートでも、清水君の期待を裏切るようなことしちゃった?
私、やっぱりダメな子………だよね。
でも、だましたりしたつもりじゃ………だから、幻滅して、私から離れていかないで………」
そういっているうちに、私の瞳から涙があふれてきて、ぽろぽろとしずくが頬を伝って落ちていった。
そして、私はいつの間にか清水君の腕の中にいた。
そして彼は優しく私に言ったのだ。
「優里恵さん、それ大きな誤解ですよ。
だから泣かないでください」
「で、でも、私のイメージ、清水君が思ってたのと違ったんでしょう?」
「それは確かに。
でも、優里恵さんが思ってるような意味じゃないですからね」
清水君はそういって、私の背中をポン…ポン…と軽くたたいてくれた。
それだけでなぜか、今までとてつもなく不安だった心がほぐれていくような気がする。
そして清水君は私を腕から離して言った。
「落ち着きましたか?」
「う、うん。
でも誤解って、一体どういうこと」
私がそういうと清水君はたははと苦笑してから言った。
「まず、優里恵さんが、今までに何人かの男と付き合ったことがあるっていうのは、事実ですよね?」
それ自体は本当だ。
だから私はコクっとうなずいて言った。
「うん、それは本当だよ」
そして返ってきた言葉は私からしてみれば意外なものだった。
「なんで、バラ園での俺とのキスがまさか初めてだとは思わなかかったので。
だから、それが意外だなって思ったんですよ」
「じゃ、じゃあ、私が清水君のイメージと違うからって幻滅したんじゃないの?」
私がそう聞くと、清水はコクっとうなずいた。
「それは当然ですよ」
「じゃあ、失敗したっていうのは?」
「ああ、それなんですが………つかぬことを聞きますが、優里恵さんって家では良とテーブルの隣に座りながら、しゃべって食事していたりしますか?」
この質問には一体どういう意味があるのか、私には全然わからないけど………。
「うん、うちにあるダイニングテーブルで、私と良ちゃんが隣同士、向かい側は父さんとお母さんがお隣同士で食べてるよ」
私がそう答えると清水君は苦笑していった。
「ああ、やはりそうでしたか。
実はですね、俺、優里恵さんと俺との対人距離-の距離感を図るために、いままでちょこちょこ小細工してたんです。
優里恵さんが髪の毛ぐちゃぐちゃにしながら、駅前の待ち合わせ場所に来た時、ナインのID交換をしようとしたときに、俺は優里恵さんの横からスマホを差し出して、俺の近くに顔を寄せてくれるか様子を見ていたんです」
清水君の言っていることがいまいち私にはよくわからない。
「ん-?
どういうこと?」
「対人距離というのは、目には見えない、ですが、自分の感覚として他者に侵入されると不快に感じる距離です。
「っていうことは………どういうこと?」
「まあ、一般的に、男性に比べると女性は対人距離が狭い傾向にあるようですし、男性と女性では、パーソナルスペースの形も違うといわれています。
男性のパーソナルスペースは、左右の幅が狭く、前に長い楕円形で、横から距離を詰められることには違和感が少なく、正面からの接触が苦手な傾向が強いです。
逆に、女性のパーソナルスペースは、前後左右がほぼ同じ距離の円形で、前に関しては男性よりも範囲が狭いため、近寄られても不快感を覚えることは少ない代わりに、横は男性より広いため、横からの接近には慎重になりがちなはずなんですが………優里恵さん、普通に俺のスマホをのぞきこむために顔をちかづけてましたよね」
「う、うん、言われてみたらそうかも?」
「個人差はりますが、おおそ45cmよりも近い距離に、他人の顔が入ってくるのは、かなり気を許しているか、慣れていないとないはずなんですよ。
でも、優里恵さんはそのあたりを気にしないで、顔を近づけてきたので割と気を許されてるのかなって思ったわけですね。
あともう一つ、バラ園での昼食の時なんですが」
「え、その時にも何かしていたの?」
「ええ、あの時は、ローズティーのカップを口を付けた後に、少しずつ優里恵さんに近づけて置いてみていたのですが、その時も特にカップを俺のカップから離そうとしたりしませんでしたよね?」
「う、うん、それがまずかったの?」
「いえ、そういうことではなくて、口を付けたカップやグラス、あるいはたばこなどは自分の唇、すなわり体の一部と無意識でみなすので、そういった行動に対していやであれば優里恵さんは俺のカップから自分のカップを離そうと移動させるはずなんですね」
「へえ、そうなんだ、全然知らなかった。
でもそれって、そういうことだってわからなくてもやることなの?」
「ええ、本来であれば無意識の行動として起きるはずなので。
例えば、電車のシートに座ってるときに見知らぬ男性が座ってきたときに、なんとなく嫌な感じがせいて離れたりすることがあったり、エレベーターの中で見知らぬ男性と一緒になったりするのは不安になったりするものです。
ですから、まあ、そういったことをしても特に俺の行動に対して拒否感を示さなかったのは、良と隣あって食事したり話したりすることが多かったからなんだろうなと、今では予測はつくわけですけどね」
「確かに、そういわれてみればそうかも?
でも、清水君だからこそ、そういう行動に対しても、いやじゃいなかったんだとも思うよ」
私がそういうと清水君はほっとした表情になった。
「そ、そうでしたか。
で、まあ、その後キスまで進めてしまったわけですが、正直に言えば俺が焦りすぎだったなと思ったので、失敗したなと言ってしまったわけです。
今から思えばもっとゆっくり、自然な感じに距離を詰めていけばよかったかなと」
清水君の言っていることはあんまり理解できなかったけど、どうやら私が何やらしでかしてしまったために幻滅されたというわけではないみたいだった。
「そっか、よかった。
私が幻滅されたわけで、私と付き合ったのが失敗だったって思われたわけじゃなかったんだね」
「ええ、そうですね。
まあ、これからはあまり小細工はしないようにしますよ。
どうやら優里恵さん相手には、もっとわかりやすく態度や言葉で示したほうがよいようなので」
「う、うん、私はそのほうが嬉しいかな?」
「本当に大事なのは、距離感を図るための知識やテクニックで、どうこうすることじゃなくて、俺自身の
想いをどうやってちゃんと伝わるようにするか考えることなのかなって、まあ思いましたよ。
それはそれとして、良は後で詰めておきますが」
そういって怖い顔をする清水君に、私は笑ってしまった。
「ほどほどにしてあげてね。
良ちゃんも悪気はなかったと思うから」
「まあ、そうですね。
それに、俺が良の友達でなければ、優里恵さんと出会えることもなかったかもしれませんし」
「確かにそうだね」
「俺がこの学校に入学して最初に仲良くなったのが良だったんですけど、良から聞く優里恵さんの話と、噂になってる優里恵さんお話が違いすぎたのもあって、本当はどっちが本当なのか気になっていたんですよ」
「ううう、そんなに違った?」
「ええ、かなり。
で、酒井が告白するって時に、不安だからついてきてくれって言われてまあ一緒に行ったわけですが、見てる限り告白されて困ってるんだろうなってのはわかったわけですよ。
だから、良の言ってるほうが本当の優里恵さんなんだろうなって」
「う、うん、そうだと思う」
「でも、そういう嘘もつけない素直な優里恵さんはすごく素敵な女性だと俺は思います。
何度でも言いますが、俺は優里恵さんが大好きです」
「わ、私も、清水君が大好き!」
そして私たちの口が重なった。
私のなかのダメで自信のなかった私とは今ここでサヨナラしよう。
そして、素の私を好きって言ってくれた彼のおかげで、今日から新しい私が始まったんだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
このお話に手第一章完結といった感じになります。
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執筆中BGM:槇原敬之「NO.1」