デパートの化粧品専門店にて
単純接触効果とは、特定の対象を繰り返し見たり、聞いたり、会ったりなどという、その対象の情報に接触する回数が増えるほど、その対象に対する警戒心が薄れていき、親しみや親近感を感じるという効果である。
ただし、その上昇効果は最大で10回までであり、どうでもいい人はいくら接触を重ねてもどうでもいい人のままで、相手に対して嫌悪感などを抱いた場合は逆に嫌悪感が強まっていくだけになる場合もあるが。
・・・
「じゃあ、行きましょう」
清水君の言葉に、さっきまでは土砂降り模様だった、私の心も今日のすっきり晴れ渡ったような空模様のように、ぱああって明るくなったような気がし、私はうなずいて答える。
「うん、あのね………清水君。
手、つないでもいいかな?」
そういっておずおずと、彼に手を差し出してみる。
清水君はニコッと笑って言った。
「ええ、もちろん」
そういって、彼は私が差し出した手を、キュッと握ってくれた。
私の手に、彼の手の指などの温かみが伝わってきて、思わず私がどきどきしているのが彼につたわってしまうんじゃないかって思っちゃうと、さらに心臓がどきどきしてしまう。
勿論そんなことはなくて、多分ドキドキしてるのは、私のほうだけなのだけど。
「あ、ありがとね」
そして彼はくすくす笑いながら言ったの。
「いえいえ、結構人通りも多いですし、離れて歩いていると、人込みに押し流された優里恵さんが、はぐれて、それに気が付かずに俺が見失ってしまったりもしそうですからね」
笑いながらそのように言う清水君に、私の笑顔は少しひきつったが、多分は悪気はないんだろうな。
まあ、私がいろいろダメなところが多いことを、弟の良ちゃんから聞いていれば、むしろそう考えてしまうのが普通なのかもしれない。
「そ、そうだね。
た、多分大丈夫だとは思うけど」
とはいえ、我ながら絶対大丈夫と断言できるほど、ポンコツな自分への信頼はないのも自覚はしているけどね。
とはいえこれ以上この話題のままはちょっとなので、話題を変えてみよう。
「でも、今日が雨でなくって良かったよー。
雨だったら自転車で、駅まで走ってくることもできなかったから大遅刻してたと思うし」
清水君がこくりとうなずくという。
「そうですね。
それに優里恵さんの場合は、湿気が多くなると髪の毛がうねって大変になるタイプの髪の質でしょうから、朝の整髪にはさらに時間がかかっていたでしょう」
あ、そういうことまでわかるんだ。
やっぱりすごいなー。
「あ、うん、そうなんだよね。
相変わらず清水君はそうい所によく気が付くね」
「まあ、なんとなくというか、髪の毛を見てれば、ですね。
今の優里恵さんは、髪の毛の表面のキューティクルの蓄積されたダメージによって、髪が水分を含みやすくなっている状態だと思いますよ。
キューティクルが痛んでいない健康な髪ならば、外部からの湿気や水分もしっかりブロックしてくれるのですが………キューティクルの傷ついた髪や、キューティクルの剥がれた髪は、髪が乾いている状態でも、皮膚に浮き出た汗や 空気中の湿気などの水分を取り込みやすい、湿気に弱い髪になってしまうんです。
だから、今からヘアオイルを買いに行くんですけどね」
キューティクルってなんだかどっかで聞いたことあるけどそういうものなんだ。
「そうなんだ、キューティクルって油でできてるの?」
清水君は私の質問に少し苦笑して答えた。
「いえ、キューティクル自体はうろこ状のタンパク質ですし、髪の毛自体が基本はタンパク質ですよ。
むろん油も含んでいたりはしますが。
ですが、髪の毛の表面をヘアオイルで覆ってあげることで、水分が入り込む隙間をなくして、髪の毛の内部に入り込んで、膨張するのを防げます」
「なるほどぉ………髪の毛のキューティクルが痛むのって、何が原因なんだろ」
「主に髪の毛のキューティクルが痛む原因は先発の際にすすぎ残したシャンプー、ドライヤーやアイロン、コテなどによる熱のダメージ、ブラッシングや枕によって髪の毛に対して生じる摩擦のダメージ、日光による紫外線ダメージなどですね。
ヘアオイルは湿気などの水分が髪の毛に入り込むのを防ぐとともに、油をつけることによって髪の毛の高温へのダメージを小さくしてくれる効果もあります」
なるほど、いっぺんに言われてもよくわかんないけど、なんとなくわかった気がする。
「そういえば、ヘアビタミントリートメントもドライヤーの前につけたっけ。
それもドライヤーの熱で髪の毛が痛むのを抑えるためだったんだね」
私がそういうと清水君はニコッと笑ってうなずいた。
「ええ、その通りです。
ああ、そうだ、本来はあまり必要ないのですが、優里恵さんの場合は髪の毛がそれなりに長いですし、それにすでに結構傷んでるのもあるので、毛先に関してだけでも、髪の毛用のUVケアを行っておいたほうがよさそうです」
「そ、そっかぁ。
髪の毛用のUVケアもしたほうがいいんだぁ………。
お金………足りるかな?」
私が心配げにそう言うと、清水君は言う。
「ヘアオイルをレギュラーボトルじゃなくて、お試し用のミニボトルのもので買えば、1000円いかないですよ。
それに、UVスプレーも800円ぐらいからありますから、2000円あればおつりが出るはずです
なんで心配しないでください」
その言葉に私は、ほっと胸をなでおろした。
「よかった。
2000円くらいなら私のお小遣いでも大丈夫だね」
そんなことを話していたら、デパートの前に到着していた。
デパートの入りぶちに自動ドアを抜けて中に入ると、一階は化粧品を扱っているお店や宝石などを売っているお店、香水などを扱ってるお店などが入ってるのが見えた。
「デパートの化粧品専門店でも、高いものから安いものまで、今は取り揃えてありますからね。
30年くらい前は知らないですが」
「昔はほんとに高いのしか置いてなさそうだよね」
「アパレルもそうですが今は高いものだけ置いていても売れませんからね。
ですからデパートもかなり閉店に追い込まれていますし」
「そっか、だとここがまだちゃんと残っていたは助かったね」
「それは確かに」
そして私たちは化粧品店のヘアケア関係コーナーに向かう。
「優里恵さんの場合、髪の毛のダメージが大きいのでとりあえずはこれかな?」
と清水君はポリッシュオイルと書いてある小さな瓶を手に取った。
「このヘアオイルの質感は重ためですが、かなりのダメージを受けた髪の毛のトリートメントやスタイリングでもつかえますし、香りもマンダリンオレンジとベルガモットの香りなので、自然と柑橘系の爽やかな香りが広がりますから」
質感は重ためってなんだろ?
ベルガモットってライムに似たフルーツだったよね?
といまいちわからないけど清水君が、勧めてくれるならきっと間違いないんだろう。
「そ、そうなんだ。
じゃあ、それにするね」
「ええ、素肌にもやさしいから、ハンドオイルやボディーオイルとしても使用できますよ。
あとUVカット用のスプレーは………手ごろな価格で、ウオータープルーフかつ、こすれに強いから落ちにくいタイプのこれかな?」
ウォータープルーフってなんだろ?
でも、こすれても落ちづらいっていうのはいいことだよね、多分。
「ああ、でも、
つけっぱなしもよくないですから、家に帰ったらシャンプーしてちゃんと落としてくださいね」
「あ、う、うん、わかったよ。
ちゃんとシャンプーして落とすね」
私は清水君の選んでくれた、ヘアオイルとUVカット用のスプレーをもって清算をする。
「お買い上げありがとういございましたー」
とレジを打ってくれた女の人がニコニコと私たちを見送ったとあと、なにかぼそっと言ったような気がした。
「神は死んだ………」
え? どういうこと? もしかして私が安い商品しか買わなかったから?
デパートの化粧品専門店まで来て、1000円もしない化粧品買うのって、やっぱり店員さんから見れば期待外れだったのかな。
そんなことを考えていたら清水君が私に向かって言った。
「今日はこんなところですね」
「うん、いろいろ教えてありがとうね。
これで髪の毛がきれいに整うようになるといいな」
「ええ、きっとなりますよ。
ところで、優里恵さんがよければゴールデンウィークの最終日にでも、一緒にバラ園へ行きませんか?」
「え、それってデートのお誘いってことでいいのかな?」
清水君は照れたように頬を搔きながら、うなずいた。
「ええ、本当は5月の終わりから6月の頭くらいに行ったほうが、薔薇は満開になってると思いますが、ゴールデンウィークの最終日くらいなら見ごろになっていると思いますので」
「へー、薔薇の咲く季節まで知ってるなんて、清水君はすごいねー」
「いえ、それほどでも………それで、どうでしょうか」
少し緊張してそういう清水君に、私はにっこりと微笑みながら言う。
「もちろん、私はOKだよ!」
私がそう答えると清水君はほっとしたように表情を緩めた。
「では、5月頭のゴールデンウィークの最終日の日曜日に。
集合は今日と同じ場所で朝10時でいかがですか」
「う、うん、次は寝坊助しないように頑張るね」
「本当にお願いしますね。
まあ、どうしても遅れる時はナインで遅れる旨を、俺に伝えてください」
「う、うん、そうしないようには頑張るけど」
私の手帳のスケジュールに、また清水君とのお出かけを書くことができて、本当によかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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執筆中BGM:平松愛理「マイ セレナーデ」
一読後に、こちらの曲を聴いていただければ、作者がどんなイメージでこのシーンを書いたかふんわりと理解していただけるかなーと。