5☆かつてこの地に
「かつてこの地に魔法使いが訪れました。砂漠の砂地に立ち、赤いルビーのはまった錫杖で2、3度地面を突くと、清廉な水がこんこんと湧き出し、やがてオアシスが出来ました。砂漠を旅する者が訪れて、疲れを癒やし、ある者は旅を続け、またある者は残って宮殿を建てました」
サコムが唄うようにお話をしていた。子どもたちはじっと話し手を見ながら耳を傾け、その様子は一枚の絵画のようでさえあった。
「宮殿には魔法がかかり、どんな日でも涼しい風が吹き、地下深くに氷の部屋ができました。宮殿の玉座には代々受け継がれてゆく王が鎮座ましまし、魔法使いの錫杖がその手に握られ、王は僅かながら魔法が使えるのです」
「今の王様は何代目?」
「さあて。私にもとんとわかりません」
「サコムはいつからここにいるの?」
「私はこの地で生まれ育ちました。外の世界のことは旅人から伝え聞きかろうじて知っておりますが、行ったことも見たこともない景色に憧れたこともありました」
「私はもとはただの旅人だったのだが、足を悪くしてここから出られなくなった」
子どもたちが振り向くと、そこに王が錫杖に寄りかかって立っていた。
「愛しいひとがいたのだが、彼女は指輪を残して他の想い人に会うためにここから出ていった」
キャサリンが親指にはめたラピスラズリの指輪を全員が注目した。
「その指輪も僅かに魔法がかかっていて、持ち主の願いを叶えるという」
「そんなに大切なものをなぜ私に?」
キャサリンが尋ねた。
「私が王でいられるのもあとわずか。次の王を探さねばならない」
その言葉にキャサリンとルシアンは顔を見合わせた。
「僕たち、ここには残れません」
「無理強いするつもりはないよ。ただ、時と空間の魔法がお前たちを呼び寄せた可能性は高い」
「それでも、僕たちは行かねばならない場所があります」
「どちらを選択しても、一向に構わぬ」
王はため息をついた。
「私の場合は必然が決めた」
「王よ。悲観めされるな」
サコムが慰めの言葉を吐いた。
「あなたには、私がついております」
「そうであったな」
子どもたちは王とサコムが部屋を出ていくのを見送った。そして深刻な顔で二人して指輪を握り、「おじいちゃんが目覚めたら、ここから出て旅を続けられますように」と願った。