二日の節分には空からダッチャ族が降り立つ
「まあ!今宵は……」
桃太郎の嫁である鬼っコは朝、暦を見て気がついた。そう……。そこには『節分』との文字。
わたくしが人間の娘になる日♡今宵授かれば『人の子』を産める。そう……、愛しの桃様とあんな事やこんなこと……。と夜になるのを楽しみに待っていたのだが、今年は特別だった。
「一日早い節分となるな、二日の節分祭か……」
「ああ!桃様!まさか今宵は二日の!節分祭ですの?」
文字に気を取られ日にちをよく見てなかった鬼嫁は、昼食に餅が入った、山の芋等を豊富に使った、根菜たっぷり猪鍋をよそいつつ、ある事に気が付きました。
……、しまった!桃様と契りを結ぶ前に、まさかこの日が来るとは……。
「ああ、珍しい事だそうだ……、今日の食事も美味かったが、精がつくものばかりだね……」
「ええ!お義父さま達に見習い!お子が欲しゅうございます。桃様、今宵仕込めば人の子が産めるのです♡」
「あ、ああ……そうだったね。ゲホゲホ……。美味しかったよ。そういえば父さん達もすっかり若返って、何時の間にか僕に弟と妹が出来てるし……、うーん。それはだな……」
「お子はとっても可愛い♡ですの。うふふ。桃様と私の赤子ならばもっともっと可愛い♡ですの、あら、早く座って、ご飯をお食べなさいな、桃次郎に桃子、桃三郎や」
グツグツ煮える猪鍋の香りを嗅ぎつけた、桃太郎の弟と妹達がパタパタと囲炉裏部屋へと入ってきました。何時の間にかおじいさんとおばあさんは、嫁の手料理にハッスルし、三人も子供を作っていたのです。
「我が家の跡取りは出来たことだし……、ちょっと川に行ってくるよ。知り合いの一寸法師が鬼退治に向かうべく、近くを通るんだって。雉からの知らせなんだ」
――、「……、桃様ったら。んもう♡今宵こそは……。でも困ったわ。わかっていたなら昨夜眠り粉を仕込んで、寝込みを襲い喰らっとくのに……、うかつでしたわ」
風呂を焚きつつ、火吹き竹をバキバキとへし折る鬼嫁。何時もなら粉砕出来ているのだが、日暮れ近くになりその霊力は少しばかりおちている。
「牙もツノも無い!力も落ちてはいるが、その辺の小娘よりかは動けるハズ……。桃様の操は私が守る!」
そう、鬼の邪気が使えぬ今宵ならば『アレ』に力を与える事も出来るハズ。
桃様の聖刀『鬼滅ヤイバー』に……。そして。
「ヤツをぶった斬る!」
薄墨色に暮れる空を見上げながら、鬼嫁は呼気を整え、丹田にそれを留めると気合を入れました。
「桃様……、今宵は何処にも行かないで下さいませ」
しおらしく頭を下げる鬼嫁。鬼気が消え、手弱女の姿に変化している妻に、桃太郎の煩悩の鐘が鳴り響きます。
「そ……、そうしたいのは山々なのだが……」
「今宵は危ないのでございます。空から降りてくるのです!」
「は?空から降りてくるって何?」
お子が欲しいとの話になると思いきや、意外な話に桃太郎は先を話すよう促そうとした時……。
――ガラガラピシャーン!ドドーン☆☆!!
「雷?今宵は晴れていた筈……」
「桃様!ダッチャ族が来たのです!」
ダッチャ族とな?桃太郎が聞き返していると、
――ドカッ!バッターン!
寝室の引き戸が吹っ飛びました。そして入り口には虎柄の胸当てと裾短な下履きを身に着けた、豊満な胸とキュッとしまった腰元の鬼娘の姿。
……、鬼だ。鬼とは美形が多いのか……。
桃太郎は咄嗟に背に庇った妻を見やります。
……、我が妻も可愛い♡
「桃様!ダッチャ族ですわ!お気を付けあそばせ。桃様をさらいに降りてきたのです」
「は?」
「二日の節分の夜には、天の道が開くのです!コヤツらが、婿を取りに降りてくるのですわ!」
「む!婿!無理だろ、私は既に結婚している」
「でも『初夜』がまだですもの。ダッチャ族は鬼を倒した勇者、そして汚れなき身を持つ男の元に降りてくるのです!『ダッチャ!』」
二人を見下ろす鬼娘に、鬼嫁は何やら叫びました。
「ダッチャ!ダッチャダッチャ!」
腰に手を当て鬼娘が答えます。
「なんと言ったのだ?」
「ああ、ダッチャ族の言葉ですわ。とっとと帰れ、と言いましたら、そこを退け!シロブタって言われたのです!『ダッチャ!ダッチャダッチャ!』」
「なんと言ったのだ」
「……、ああ!そうですわ。桃様。ちょっと失礼」
肩から耳朶に赤い唇を這わす鬼嫁。はうう!背に密着する盛り上がりと、舌の感覚に桃太郎はくうらくうら……。すると。
「何たる破廉恥だっちゃ!地上の鬼のふしだらには呆れるっちゃ!勇者をよこせっちゃ!」
空から降りてきたダッチャ族の言葉が、聞き取れる様になった桃太郎。
「おお!ちゃんと聞こえるぞ!」
「ええ、霊力は落ちてはいますがこれ位ならば。夫婦ですもの、当然でしてよ」
ひしっと抱きつく鬼嫁。
「夫婦が聞いて呆れるっちゃ!仮面夫婦だっちゃ!その男の身体からは、清らかな気配だけだっちゃ!まさにうちの夫に相応しいっちゃ!」
「私は何処にも行かないぞ!」
と桃太郎は声を上げたのですが……
「言葉は通じて無いっちゃよ。おそらくうちと一緒に来るって言ったっちゃね!」
いや!言ってない!おい!どうしたらアレに話が通じる!桃太郎は妻に慌てて聞きました。
「それは……『接吻』をすれば」
もじもじとはにかむ鬼嫁。それもそのはず、二人は手繋いだ段階から先には進んでなかったのです。しかしそんな場合ではありません。そうか!桃太郎は妻と向きあうと……。
「はぁぁ?何をしてるっちゃぁぁ!」
突然の場面に鬼嫁に攻撃をするべく、体内に電撃を練り上げて行きます!
「桃様!嬉しい!愛してます!」
突然情熱的になった夫の行動に抱きつく鬼嫁。違う!そういう事ではなく!と慌てる桃太郎。これ以上の狼藉は許せないっちゃ!と怒れる鬼娘。
「桃様!電撃波が!アレに撃たれると痺れて動けなくなりますの!」
「ど!どうやって!凌ぐのだ!」
斬るのです!桃様のお腰の刀をお出し下さいませ!妻の言葉に従い、聖刀をスラリと抜いた桃太郎。鬼嫁は夕刻にためた呼気をそれに吹きかけました。
「見せつけるっちゃぁぁ!これでも喰らえっちゃぁぁ!」
――、ガラガラ!ピシャーン!☆☆
夫婦に向けて雷が、空気を震わせ向かってきます!
「秘技!夫婦の呼吸!円満の一閃!」
それを真正面から受け、切り裂く桃太郎。霧になる雷。
「う……、やられたっちゃ!でもこれでわかったっちゃ!ソナタこそうちのダーリンに相応しいっちゃ!どうでも連れて行くっちゃよ!」
気合いの入る鬼娘に、桃太郎は聞きます!
「他の鬼退治をした勇者ではいけないのか!」
「そんな都合の良い者が、狭い地上にいるっちゃ?」
せせら笑う様な鬼娘に
「いる!今頃、打出の小槌を巡り戦ってる勇者がいる!」
友人である一寸法師を勧める桃太郎。
「私は妻を愛しているから、出来ればそっちに行ってくれ」
「その男には、決まった相手は……うちは夫を見つけないと家には帰れないっちゃ!」
「そ、そうなのか、ならば急げ!とりあえず一寸法師にはいない、今のところ……、川下の何処かにいる」
――ガラガラピシャーン!ドドーン☆☆!!
鬼娘は見込みのない男よりそちらに向かう事にしたらしく、来たときと同じ雷を放つと、それに乗り空へ昇りました。それを見送る桃太郎と鬼嫁。
空はほのぼのと、明けの色に染まっております。
「ああ!桃様。頭にツノが。来年迄おあずけですわね……」
寂しげな鬼嫁。
「うーん、それなんだけどね、うん、ずっと君と一緒にいたいから……、いい方法見つけよっか」
優しく桃太郎は妻の頬に唇を寄せて、一寸法師にすまぬなと心の中で謝りましたとさ。
終。
追
この後、ダッチャ族の鬼娘は、辿り着いた先で人質になってたお姫様を喰らうと成りすまし、戦いに勝った一寸法師を、
『大きくなあれ♡大きくなあれ♡』
と好みのサイズにすると、さっさとお持ち帰りしたとかしなかったとか……は、また別のお話。
今後こそ
お、わ、り。