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起床点滴

作者: 天海波平
掲載日:2020/09/14

暗いエッセイですが、やがて私に訪れることでしょう。

そう、遠くない未来に……

 カーテンから差し込む陽の光に当てられ、私は目覚める。

 白い枕に頭を預けたまま、顔を横に向ける。


 良い天気だ。


 窓から見えるわずかな景色の他は、私の視界に写るものといえば白い壁と白い天井。

 それと私のベッドの横にある吊り下げられた点滴。

 それが今の私の全てだ。


「点滴お替えしますね〜」


 若い看護師が私に向けて笑顔でそう言う。

 私は出来る限りの笑顔で答える。

 (ありがとう)

 言葉には出さない。

 まだ、声を出す事は出来るのだが、それがおっくうになるほど私の身体は弱ってしまっている。


 テキパキと動く看護師を横目に、私は私を思い浮かべる。


 私は昔、建設業のとある企業に勤めていた。

 そこで四十年以上働いたのだ。

 若い頃は西へ東へと全国を飛び回り。

 朝早くから夜遅くまで、毎日汗をかいたものだ。


 口やかましい上司と気の良い仲間、私を慕ってくれる部下の中で、それなりの地位にもつく事が出来た。


(社畜か……)


 働いている時は考えもしなかった。

 そのような言葉が耳に入ったとしても「仕事に対しての覚悟が足りない奴の戯言」と心の中で切り捨てていた。

 私は仕事に誇りをもって生きてきたつもりだ。

 だが……

 

(私は()()()であったのだろう)


 会社に、社会に貢献してきた。

 それは間違いない。

 会社から表彰を受けた事もある。

 しかし、この病床の上で思い浮かべるものでは。

 子供の頃、運動会でもらった画用紙で書かれた表彰状の方が輝かしい。


 私は歯車だったのだ。

 会社にとっては無くてはならぬ、一つの重要な歯車。

 いや、違う。

 取り替えのきく、一つの重要な歯車に過ぎない。

 そして、社会においては取れて壊れても、何ら問題のない小さな部品の一つ。

 それが、私なのだ……


(私は「人」として生きたのだろうか)


 朝、早くから起き、 朝食はコンビニで済ませ。

 仕事場に着くと汗水流して働き。

 昼は仕出しの弁当で済ませ。

 疲れた体で帰りにビールとツマミを買って帰り。

 洗濯機を回しながら、いつの間にか寝ていた。


 そんな生活を何十年と続けてきた。


 会社を退職し、第二の人生を歩もうとした矢先に私は病に倒れた。

 そして私は今、ここにいる。


(私は意思を持って生きたと言えるだろうか)

 

 そんな事を何回、何十回と繰り返し、繰り返し考えている。


「それじゃあ、何かあったらお呼びくださいね」


 看護師は笑顔を向けて病室を出て行く。

 私はかろうじて動く右手を上げ、彼女に感謝を送った。


 ポタポタと落ちる点滴の滴。


 同じ量、同じタイミング、同じ速度でそれは動いている。

 そこに意思はあるのだろうか……


 あるはずが無い、私は「人間」なのだ。


 私は震える手を伸ばす。

 上半身はほとんど動かない。

 伸ばせるだけ手を伸ばしても、あと数センチが届かない。

 泣きたくなる。

 私は「人間」なのだ「意思」を持った「人間」なのだ。

 だが、このわずかな時間で腕に痺れが走る。

 もう、力が入らない。

 壊れたおもちゃのように落ちる自分の腕。

 

(情けない)


 自分の無力さに憤りを感じる。

 だがそれ以上に情けなさに打ちのめされる。


 私は年甲斐も無く涙を浮かべた。

 

 ベッドからダラリと落ちた自分の腕の感覚が戻りつつあるとき、私は指先に何かが触れた感触に気付く。

 点滴のコードだ。

 私の指先は掴むことさえ出来ない。

 だが腕はまだ動く。


 私は腕の力を振り絞り、一回、また一回と手首に巻きつけていく。

 

 腕に力をかけすぎた、視界が霞んで見える。

 私の腕に巻きつかれた点滴のコードがようやく見えた時、不意に妻の姿が脳裏をよぎる。

 妻は結婚したての、若かりし笑顔で微笑んで……いた。

 腕が痺れる…… もう限界だ。


 私は腕の力を抜く。


 霞む視界に、点滴を吊り下げる器具が倒れていく。

 カシャンとした音と共に私は目を閉じた。

 

(これで…… 私は…… )



 



 

 

 耳に小さな金属音が入ってくる……


(私は…… 生きているのか…… )


 ゆっくりと目蓋を開くと、霞んだ視界の中、いつもの位置に点滴がぶら下がっている。

 そして、その横に若い看護師の姿。


「あっ起きました〜」


 私は腕を上げようとすると、何かに引っ張られて動かせない。

 手に手袋をはめられ、ベッドの柵に紐で固定されているらしい。

 

(…… ァ)


 声を出そうにも、その声が出ない。


「もう〜、ビックリしましたよ。今度から気を付けてくださいね」


 霞む視界の中で看護師は言った。

 顔が見えない。

 のっぺら坊のような化け物のような感じしかしない。


(…… ァッ)


「それじゃあ、失礼しますね〜。後で検温しに来ます〜」


 パタンと閉じられた扉の音。


 私の世界は、また白い壁と白い天井、そして点滴だけの世界になったのだ。


 そして……私は……


「生きた」と言うことも、思うことさえもが出来なくなったのだ…… 永劫に……


 

感想は頂きたいと思いますが、返信は難しく思います。

私自身が整理出来ていないことなので……

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― 新着の感想 ―
[良い点] リアルだなぁと…… [一言] 私、病院でお掃除をやっているのですが、寝たきりの方、まさにこんなお気持ちかな……と思うことがあるので。 返信は無理になさらなくても大丈夫です(^ν^) 読ま…
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