その後
高校の同窓会から2週間後の話です。その日は中学時代の友達と2人でお茶をしに出かけていました。
「薫梨ちょっと聞いてよー!」
会って早々、莉子は捲し立ててきました。
「どうしたのそんなに大きな声を出して」
「太客の一人が急に仕事を辞めて実家に帰るって言い出してさ。まじで困ってるのよ」
莉子はガールズバーで働いています。仕事は楽しく時給もいいので今のお店を気に入っているそうです。そんな莉子が仕事の愚痴を言うなんてかなり珍しいことでした。
「どうしてその人は仕事を辞めるって言ってるの?」
「それが意味がわかんないの。女の子を助けたら呪われたとかなんとか言い出してさ……」
莉子の話をまとめるとこんな感じです。
莉子の太客は居酒屋の副店長をしているそうです。三日ほど前、1人で閉店作業をしていた時の話です。時計を見ると深夜1時を回っていました。
早く終わらせて帰りたいのにレジの金額が合わず手間取っていると突然店の扉を叩く音が聞こえました。最初は気のせいかと思ったけれどずっと音が聞こえたので副店長は見に行くことにしました。
「すみません、助けてください」
入り口を見に行くと怯え切った顔をしたセーラー服の女の子がガラス扉を叩いていました。扉を開けると女の子は慌てて店の中に入って来ました。
「変な人に追われているんです。少しでいいんで匿ってください」
女の子が今にも泣きそうな顔で言うので、副店長は仕方なく店の女子トイレに匿う事にしました。トイレはレジのすぐ側にあるので、何かあればすぐにわかるので問題ないだろうと考えました。
女の子をトイレに匿って15分ほどした時、また店の扉を叩く音が聞こえました。暫く無視していると誰かが中に入ってくる足音が聞こえました。どうやら女の子を入れた後鍵をかけ忘れていたようです。不気味に思った副店長が恐る恐る足音がする方を見ると若い警察官が2人いました。
「勝手に入ってしまい申し訳ございません。今、人を探していまして。制服を着た女の子がこちらのお店に来ませんでしたか?」
かなり申し訳なさそうに1人の警察官が言いました。
トイレのドアは閉めてはいますが、警察官の声は女の子にも聞こえたはずです。しかし、女の子が出てくる気配はありません。彼女が何から逃げて来たのかがわからなかった副店長は白を切る事にしました。
「いや、ずっとレジ金が合わなくて数えていたんですが、女の子はうちには来てないですね」
「そうですか、すみませんこんな夜遅くに。もし女の子を見かけたらしばらく我々はこの辺りを見回りますのでお声がけください。これ私の携帯ですのでご一報いただけると幸いです。それでは失礼します」
警察官たちは特に怪しむ素振りもせず携帯電話の番号が書かれたメモだけ残して店を出て行きました。
副店長は警察官が去って少ししてから女子トイレのドアを叩きました。
「おーい、さっき警察が来たけど大丈夫? もう誰もいないから出て来なよ」
しかし、中からは物音ひとつしません。トイレのドアを開けるのは気が引けたので副店長はもう少しそっとしておくことにしました。そして再びレジ金を数え始めました。
深夜2時を回った頃、ようやくレジ金の過不足がなくなりました。店を閉める準備ができたのでトイレに隠れた女の子にも店を出てもらわないといけなくなりました。
再びトイレのドアを叩き呼びかけましたが中から返事はありませんでした。副店長は少し躊躇いながらもそっとドアを開けました。
トイレの中を見た副店長の顔から血の気が引きました。
トイレの中には誰もいなかったのです。
トイレに窓はなく、ドアも1つしかありません。ずっとレジの側にいたので女の子がトイレから出れば絶対にわかります。なのにトイレの中に女の子がいない。副店長は怖くなって急いで店を飛び出しました。
「で、その女の子がきっと幽霊だから、怖くなったからもうあの店じゃ働けないとか言い出してさ。実家が四国だからそっちに帰るんだって。まじ意味わかんない。死にそうにもなってないのにビビるなんて」
莉子は不満そうに頬を膨らませています。
「まあまあ、でも、トイレにいるはずの人が消えてたらちょっと怖くない?」
「んーそう言われればそうかも。私ももうあの居酒屋に行くのやめよっかな」
「因みにどこのお店なのそれ?」
「え、あそこあそこ、ほら駅前の……」
莉子が言ったお店の場所は、先日私が高校の同窓会をした雑居ビルの4階でした。誰もボタンを押していないのに勝手にエレベーターが上がり止まったあのフロアの。
「薫梨、どうしたの?顔色悪いよ?」
「……大丈夫、なんでもない」
私はそう言うのが精一杯でした。
莉子と会った2週間後、さらに不気味な話を聞きました。莉子が話してくれた居酒屋の副店長が行方不明になったらしいのです。
副店長は本当に居酒屋を辞めて実家へ帰る準備をしていたそうです。でも、実家に帰る予定の前日から誰も連絡が取れなくなっていました。
莉子から聞いた話によると行方不明になった副店長の家には財布も携帯も置きっぱなしになっていたそうです。
こちらで完結となります。
お読みいただきありがとうございました。