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エピローグ

 終わりは唐突に訪れた。

 妹が、吟が逮捕されたのだ。


 逮捕したのは、峯快晴だった。彼は自身の先輩である帯広さんの仇を討つために、出世コースから外れ、署内の鼻つまみ者になりながらも、執念で妹を追い詰めた。

 妹が逮捕されたと聞いて、私は――卒倒したらしい。法律事務所の仲間が後で教えてくれたのだが、まるでこの世の終わりかと思わせるような悲鳴をあげていたようだ。

 自分が発狂寸前までいったときのことは覚えることはできないみたいだった。


 私はすぐさま吟が拘留されている拘置所に向かった。

 そこでの反応は――驚くほど穏やかなものだった。


「ごめんね。姉さん。捕まってしまったよ」


 まるで悪戯が見つかった子どものような反応。無邪気なゆえに、何の悪気のない顔。

 思わず泣き崩れてしまった私を、死刑になるかもしれない妹は、困ったように慰めてくれた。


「姉さん。僕の弁護なんてしなくていいよ」

「そんなわけにはいかないわ。あなたは私の愛する人なんだから」


 身も心も妹に捧げたのだから、当然弁護を引き受けるつもりだった。

 それにきっと私しか妹を弁護できないと分かっていた。


「ありがとう、姉さん」


 吟は笑ってくれていた。

 このとき、吟は死刑になると分かっていたのだろう。

 答えを見出す彼女なら分からないわけがない。

 それでも彼女は笑っていた。




「主文。被告人を死刑に処する――」


 運命は変えられなかった。

 妹は控訴しないつもりらしい。それによって死刑は確定した。

 私は――無能だった。妹が死刑になることを避けられなかった。

 何が敏腕弁護士だ。何が姉だ。

 そんなもの、何の役に立たないじゃないか。


 判決後、できる限り私は妹の面会に行った。


「姉さん。そんなに来なくていいのに」


 口ではそう言うけれど、妹は嬉しそうな顔をしてくれる。

 短い面会時間だったけど、その分何度も言った。

 昔話をするのが好きだった。

 特に妹の高校時代の話が楽しかった。

 忘れることはない。


「それじゃあまたね、姉さん」


 それが死刑になる直前の、妹の、吟の最期の言葉だった。

 最後になるとは、思わなかった。




 これが私と妹の話だ。

 期待して読んでくれた人には申し訳ないけど、あまり面白くも何ともない話だ。

 妹のことを聞かれると、私は決まってこう答えた。


「優しくて明るくて。ちょっぴり変わっていたけど、人のために動ける良い子でした」


 そこの言葉に偽りはない。あるとするのなら、妹と私が恋人同士だったことだ。

 近親で同性だったけど、それでも愛があった。

 多分、妹と私は二人で一つの欠陥品だったのだろう。

 私は妹が居なければこの歳まで生きていないし。

 妹は私が居なければ安らかに死ねなかっただろう。


 妹のことをマスコミは『世紀の殺人女医』と評したけど、そんな大層なものではないと今更になって思う。

 彼女は自分のためではなく、他人のために殺人をした。

 母のときは母のためだった。

 水尾のときは私のためだった。

 大木のときは小西さんのためだった。

 安楽死させていたのは患者のため、平坂さんのためだった。


 だから声を大にして言いたい。

 妹は人殺しだったけど、それ以上に優しくて人でなしだったと。

 決して自分の快楽、利益、私怨で殺したりしていない。

 それを信じてほしい。

 今は流石に無理だけど、語れる時代じゃないけど。


 私は後悔している。

 母を殺す前に止められなかったことを。

 もしもあのとき、母殺しを止めていたら、妹は決して人を殺したりしなかっただろう。

 最初が肝心だったんだ。そこで私は失敗してしまった。

 叱ることができたのなら。

 そう思わない日は妹が死刑になってから、一日たりともなかった。


 私には何も無い。

 母を殺されて、父も殺されて、妹も殺された。

 私に残されたものは何一つない。


 だから、私も妹の元へ行こうと思う。

 何の贖罪にならないけど、私の持っていた財産は寄付した。

 妹のことがあって、もはや弁護士として働くことも、政治家として跡を継ぐこともできない。そのことに絶望しているわけではないけど、だらだらと生きるよりは死んだほうがマシだと思えるようになってきた。


 もしもこの文章を読んでいる人が居るのなら、考えてほしい。

 最愛の人が人殺しだったらと。

 私は愛することができた。

 しかしあなたはどうだろうか?


 拒絶する? それとも肯定する?


 人生は答えのない設問が多い。時間制限のある中、一問でも間違えたら、全てがお終いになってしまうシビアなものだ。連続して答えないといけない無理難題のオンパレードだ。

 それが分かっていなかったのだろう。この私も、妹も。


 私の間違いを正してくれる人がいなかった。

 妹の間違いを正す前に、私が間違っているよと言ってくれる人がいなかった。

 それに怒るのはお門違いだと思うけど、それでも頼れる人がいてくれたらと思わなくもない。


 さて。うだうだ言うのはやめよう。

 妹のところへ行こう。


 私はこの文章を書き終えたら、服毒して死ぬつもりだ。

 私の死後、この文章は公表されるのだろうか?

 もしかすると、闇に葬られるかもしれない。

 それならそれで構わない。


 私は私の人生を歩んできた。

 捻じ曲がっていたのは否めないけど。

 それでも堂々を歩いていたのは間違いない。


 私は妹を、吟を愛せて幸せだった。

 そして妹が私を愛してくれて幸せだった。

 私が相思相愛であったことは本当に幸せだった。


 思い残すことは何もない。

 それじゃあ、さようなら。

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