八、ムテキ
わたしはニールと川沿いを上流へ歩いていた。
言われるがまま来ちゃったけど、本当について来てよかったのかな。化物になんにも言わないで、人がいっぱいいる所に行くなんて——
と思ったら、しっかりと化物はついて来ていた。一定の距離を保ってぴったりと。痛いくらいの視線を感じて気づいた。何かあったらどうにかするつもりなんだろうな。でも今のところはついて来るだけだから、ニールに何かしようというわけではないみたいだ。
ニールは、話している最中にチラチラわたしが振り返るものだから気になるようで、どうしたんだよ? とつられて振り返っていた。その度に化物は森の影に溶けるように隠れてしまうのだった。わたしも、化物を困らせてやろうと何回も急に振り返って、つられたニールの視線を、慌ててかわす化物を見て密かにたのしんでいた。ニールには、『ベアがいる気がして』といってごまかした。
「だから、ベアはここら辺には居ないって。安心しなよ」
「ベアは急におそって来るんだよ。こう、ガーって」
わたしは左手の指を折り曲げて高く掲げ、背伸びをして、図鑑で見たベアの立ち姿をまねする。
「そういえば、チコはどうやってベアから逃げたのさ?」
うっ。なんて言おうかな。
「それは……右手を食べられた瞬間に、爆破魔法を口の中で発動したの」
そう。相打ち。……だったらなんかカッコいいよね。
「うわ……壮絶だな。よく生きてたね。……まあ、もし今ベアが来ても大丈夫だよ。僕がいるからさ」
ニールはそう言って片方の口角をニィっと上げながら、指の先に魔法で火を灯す。いいな、属性魔法……あ、そうだ。
「ニール、さっきの火と水の渦、どうやってやったの?」
ニールを初めて見たとき、池に浮かんでいた火と水が混ざりあった渦。不思議だった。あの場所にはニールしかいなかったのに。
エルフの種族特性は【魔法】だ。属性は、火、風、水、土の四元素と、珍しい回復の5つ。その中からどれかひとつ扱える属性が、生まれつきで決まる。そう、ひとりひとつだ。例外はないはず。例外があるとすれば……。
「そう、それが、僕の天賦の為せる技さ」
ニールがまってました、とばかりに胸を張って言い放った。ニールって、思ってることがわかりやすくていいな。どっかの化物とはおお違いだ。
「いいかいチコ、よく見てて……」
ニールは立ち止まって、前方を右手で指差している。何するんだろう。
「いくよ?」
ニールの指先が茶色く光ると、一瞬で前方に土の壁がそびえ立った。
「それ!」
続けてニールの指先が、緑色に光る。すると、突風が渦を巻いて土の壁にぶつかり、粉々に砕く。
「そんで……」
今度は赤い光と共に、ニールの左手が振り上げられる。突風が渦巻いていたところに、火の手が上がった。風に煽られて炎が激しく揺れる。
「ほい!」
振り上げられていた手が、ふりおろされた。今度は青く光る。振り下ろされた勢いのままに水が噴出され、燃え盛る炎を消火した。
これは……スゴイ!!
「すごいね!!」
びっくりした。いいなあ。うらやましいな。思わず拍手……できないから左手でももをパンパン叩く。
「そうだろ?」
ニールも褒められてご満悦のようだ。もともと高い鼻が、パンパンに膨らんでいる。
「今見せたみたいに、僕の天賦は四元素の属性を自在に操れるんだ。名前も決めてあってね、【無敵】って呼んでるんだ!」
へー! もっといい名前なかったのかな!
「カッコいいね」
「だろ? 父さんも母さんも、村のみんなも褒めてくれるんだ。来年13歳になったらだけど、王都の学園にも招待されてるんだよ。スゴイだろ?」
「すごーい」
「だろだろ? チコは分かってるなあ……お、もうすぐだよ」
ニッコニコのニールが示す手の先に、ルーン文字で『ウェイカー領、アルヴィン村』とかいた看板があった。ゴロゴロした岩ばっかりの川の先に、なにやら丸太で作られた大きな壁みたいなものが連なっている。その壁は、水の流れる川の部分で途切れ、川を跨いでまた続いている。その中が村みたいだ。
「ほんとはいけないんだけど、あそこから入れるんだ」
そう言うと、ニールはズンズン進んでいってしまう。わたしも後を追いかける。
壁までたどり着いた。……ほんとだ。川で途切れた壁に、『正門へお回りください』って矢印と一緒に書いてある。いいのかな。
ニールは何食わぬ顔で川の中の石を指差し、
「この石を跳び移って中に入るんだ。平気かい? 運んであげようか?」
とわたしの右腕を見ながら言った。失礼な。これくらいならいけるし。
「大丈夫。先行って」
「そう?」
促すと、ニールは川から頭を飛び出している石の上を、軽くピョンピョンと跳ねていく。
わたしは後ろを振り返る。あれ? 化物がいない。わたしには姿を見せていたのに。
「長居はするなよ」
ひっ。
耳元で化物の声がした。慌てて前を向くと、化物はもうすでに離れた木の陰に隠れていた。それから、ハア、とため息をつくようなそぶりを見せると、背を向けて消えていった。
「おーい」
ニールの声がする。長居をするなってことは、別に行ってもいいんだよね。
わたしは、ひとつ目に石に跳びのる。次、次……最後のひとつ、というところで、村の中の景色が視界に飛び込んできた。
中は、今まで歩いてきた森とほとんど雰囲気は変わらないけど、ほんのり明るい。木の数が少ないからかな。いくつかの大きな木の下に、寄り添うように家が木の板と石で建てられていて、素朴な生活って感じ。いつも見下ろしていた王都の街並みとはぜんぜん違う。
なんだか絵本みたいですてきだな。
……ん? 足元から伝わる違和感に胸騒ぎを覚える。これは——
踏み外したな。
「あー、だから言ったのに」
「……」
……おしりつめたい。
「ようこそ、アルヴィン村へ」
ニールが笑って手を差し伸べながら、歓迎をしてくれた。