七、天賦
その少年はニールと名乗った。
ニールはわたしより頭ひとつ分くらい背が高くて、サラサラの青い髪と透き通った青い目をしていた。
見つかっちゃったときはまずいと思ったけど、ニールはわたしの転んでけがをした額と膝に、トギリの葉という薬草の汁を塗ってくれた。わたしのことは知らないみたい。トギリの葉をけがをした部分に塗ると、傷口に染みてスースーした。
「ありがと」
「いいよ。それで、君の名前はなんていうんだい?」
「わたしね、チコっていうの」
「チコね。で、チコ、右腕の方はどうしたの?」
「えっと、化物にやられちゃって」
「え? 化物って?」
あ。しまった。化物のことは言わない方がいいよね。なんて言おうか。
「……うーんと、ベアに食べられちゃった」
ベアなんて図鑑でしか見たことないけど。
「え、食べられ……痛そう……。そんなことがあるんだ。たいへんだったね。……ベアって、ここら辺にいたのかい? 見たことないけど」
「んー、あー、もっと遠くにいたときかな」
ニールはわたしの右腕を見ながら眉をしかめている。
「遠く? チコはどこから来たんだ? 家はどこ? あ、ナナカ村の方? 服もボロボロだし、裸足だし、怪我だらけだし、変だよ? どうしたの?」
変……わたし変なんだ。困った。やっぱ見つかっちゃダメだったかな。答えるのが難しい。神託の神子です、っていったらどうなるんだろう。捕まえられちゃうかな。襲われちゃうかな。こわいな。
……しら切っちゃおう。
「……わかんない」
「わかんない? 自分の家も? お父さんお母さんは?」
わたしは首を横に振る。
答えるとしたら、家は8歳まで修道院の小部屋で、そのあと王宮の兵舎の隅っこで、最近は立派な木の下。お父さんもお母さんもわたしにはいない。でも今はとりあえず、わかんないふり。わたしはわかんない子。
ニールは眉をしかめたまま首をかしげる。
「じゃあどうやってここまで来たかもわかんない?」
「うん」
「ベアに襲われたのは覚えてるのに?」
「う……うん」
ニールは眉をしかめ、首をかしげたまま、腕を組む。
「うーん。じゃあ、チコは記憶喪失なのか?」
「そう! きおくそーしつ!」
ニールは驚いて仰け反っている。わたしが身をのりだしたからだ。なんだか都合のいい言葉が聞こえたので思わず反応してしまった。いいね、わたし記憶喪失の子になろう。
「ぷッ。ハハハ」
仰け反っていたニールが笑い出す。
「記憶喪失なのに、元気はいいんだね」
「うん、わたしは元気なきおくそーしつなの」
そういうことにしておこう。わたしもニールに合わせてニコニコする。
笑っていたニールが、そうだ、とわたしに提案する。
「チコ、うちにおいでよ。僕の母さんはとっても優しいから、きっと良くしてくれるよ。ほら、右腕の包帯も取れかかってるし」
「ニールにはお父さんお母さんがいるの?」
「当たり前だろ? ……ああ、父さんは今徴兵でいないけど」
ニールの顔が曇る。だけどそれは一瞬だった。
「でも大丈夫、僕の父さんは強いんだ。村一番の火属性魔法の使い手だったんだ。大丈夫」
それはわたしじゃなくて、自分に言い聞かせているみたいだった。
「それに僕はね、父さんより強いんだ。チコもさっき見たろ? 実は、僕……」
ニールは、今度はわたしの目を見て言う。
「そう、僕、天賦を授かってるんだ」
すごく誇らしげな顔。
そうなんだ。ニールも授かってるんだ。ちょっとびっくり。もしかしたら、ニールとなら仲良くなれるかも。
「そっか、大変だよね」
「え?」
「ニールはどんな使命を果たさなきゃいけないの?」
「……え? 使命? 使命は……あと四年したら、戦場でヒューマンをたくさん倒すこと……かなぁ」
「ふーん。それって、ニールはやりたいって言ったの?」
「……いや、そりゃあ父さんと一緒に戦いたいし、王国のために役に立ちたいし……」
「役に立ちたい、ねえ」
わたしは大きくため息をつく。
『幸運な事に、あなたたち神託の神子は、女神クルシュ様より生命ノ鎖という天賦を授かりました。この有り難き恩寵をしかと受け止め、使命を果たしなさい』
修道院でのお祈りの時間の度に言われていたことだ。なんだかもうどうでもよくなってしまった。わたしはやっぱり悪い子なのかな。
「なあ、チコ。急にどうしたんだよ。ちょっとおかしいぞ?」
「きおくそーしつだもん」
「関係あるのか? それは。僕はただ……自慢を……」
「ん?」
ちょっと最後の方が聞き取れなかったんだけど。
「いや、だから、君おかしいからうちにおいで? やっぱりいろいろあったから疲れてるんだよ。な?」
……面と向かっておかしいって言われちゃった。