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イッ死んドウタひ 〜欠落少女と亡者の道連れタび〜  作者: ナカノ人
二章 少年は少女に右腕を授ける
6/12

六、別キョ生活と、スゴイ少年

 初めて化物の顔を見たときから、10日が経った。


 あのとき以来、追手は来ていない。わたしたちは、あれから2日かけて川沿いに上流へ移動し、岸辺の切り立った崖に小さな割れ目を見つけた。化物は、ここをしばらく拠点にする、と言った。入り口は人ひとりがようやく通れるほどで、奥は修道院でわたしが住んでた机とベッドしかない小部屋くらいの広さだった。それでも天井はとても高かった。


 今は、そこには化物ひとりで住んでいる。わたしが7日前に新しい住みかを見つけたからだ。それは、崖の割れ目がある方とは対岸の、少し森に入った場所にある。たっぷりと緑を蓄え、まわりより一際立派な大木。その根元に、わたしが四つんばいで入れるくらいの穴があった。中は、わたしが寝っころがって手と足を伸ばせるくらいの空間がある。そこに葉っぱを敷き詰めて、寝られるようにした。以来、わたしはそこを寝床にしている。


 化物といっしょにいるのは嫌だ。


 もう、顔がすっごくこわい。

 顔に巻いてあった布の中はボロボロだった。皮膚はところどころ剥がれて、その下は、しわしわに乾いた土気色の肌がむき出しだった。右目をまたいで、縦にひび割れもある。邪竜伝説の絵本の顔の面影が……あるとは口を裂いてしか言えない。

 ——それに何より、血の飛び散ったあの笑い顔が忘れられない。今まで見たどんな絵本のおばけより不気味で、気持ち悪かった。

 わたしを守ってくれたのは分かっている。だけど、それが本当に正しいのか分かんない。化物が殺した人たちは、わたしを殺しにきた。でもそれは、わたしじゃなくて、化物を殺すため——

 やっぱり、わたしが死にたくないなんて思うのは、ダメなことなんじゃないか。化物は敵で、悪で、倒さなくちゃダメで、そのために、わたしは死ななくちゃいけなくて……。


 そう、最初からそうだった。

 そのために、女神様から命を授かったんだった。聖王様にも修道士様にも、死ノ遣イを倒すのが使命だと言われてきた。言われ続けてきた。毎日のお祈りの時も、謁見のときも、いつも、いつも。でも……。


 やりたいなんて言ったっけ。


 死んでしまった追手の人たちには、ちゃんとお祈りをした。化物は時間がないとは言ったけど、最後まで待っていた。

 悪いことをしたんだ。命を奪ってしまったんだ。そう思った。だけど——

 わたしは()()してない。そうだもん。聖王様に、役に立ちたいなんて言ってないし、女神様に、命をちょうだいとも言ってない。化物に殺されちゃった人たちだって、きっと、わたしのせいじゃない。わたしが生きてるせいじゃない。死にたくないと思ったせいじゃない。そうじゃないと……わたし……わたしは……。


 そうだ、散歩に行こう。


 わたしはムクリと体を起こす。寝てばっかりいても嫌なことを考えてしまう。外を歩こう。

 穴を這い出ると、朝の光に照らされて一瞬目が眩む。目が慣れてきた頃、わたしはうーん、と伸びをする。やっぱ、外は気持ちいい。そしていつものように、近くの倒木に目をやる。その上に敷かれた大きな葉っぱに、焼いた魚と山菜と、木の実が並べてあった。たぶん化物が用意してくれているものだ。毎日朝と夜に置いてある。わたしに死なれると困るからだろうな。


 わたしが寝床を移すと言ったとき、化物はそうか、としか言わなかった。追手が来たあの夜以来、化物はほとんど喋らない。わたしもほとんど喋りかけない。なんだか不気味だから。ボロボロの顔もそうだけど、表情もずっと仏頂面で、何考えてるのかが全く見えない。あの夜の笑い顔が嘘みたいだった。いっしょにいるのが嫌なのは、会話がない気まずさのせいもあった。


 しつこいくらい甘いアンジェの実を頬張りながら、今日の予定を考える。今日は滝壺の池に水浴びをしに行ってから、そのもっと上流に行ってみようかな。行ったことないし。そうしよう。

 予定が決まったところで、アンジェの実を食べ切ってしまった。最後に残ったバルジの実を見る。この木の実はとっても苦い。栄養がたくさんあるって本で読んだことあるけど、いつもわたしは残してしまう。苦いのは嫌い。いつも残しているけど、毎回用意されている。どうせ食べないのに。


 食べ終わって歩いていると、緑の隙間からお日様がチロチロ漏れてきて、わたしの体に斑もようの影を落とす。こんな風に外を自由に歩き回れることは、修道院にいた頃はなかったから、すごく楽しい。足が軽い。スキップというものをしてしまいたくなる。やっちゃおう。


 ふしぎと、体に関してはとても調子がいい。化物と生命ノ鎖を繋いでからかな、体が重くてしんどかったのが無くなった。あのしんどさが悪化していって、そのまま死んじゃうんだと思ってたけど、この感じだとひと月半たったとき、どうやって死んじゃうんだろう。急に来るのかな。もしかして……このまま死なないで済むかも? そうならないかなぁ。そう思うと、希望が湧いてくる。心まで軽くなる。スキップの歩幅が大きくなる——


 あだッ!!


 こけた。顔から突っ込む。右手がないせいだ。あるもんだと思って、いつも手をつこうとしちゃう。

 イッタ……。やっぱり右手がないのは不便だ。もし生き延びれたらと思うと、全くもって不便極まりない。化物だれとはいわないけど、だんだんムカついてきた。


 ん? 水の落ちる音。いつの間にか滝の近くまで来ていたようだ。

 わたしは起き上がって、木々の間をすすむ。視界がひらけ、滝の流れる場所にたどり着く——


 水と炎の交わった渦が浮かんでいた。


 うわぁ、きれい。なんだろう。

 あたりを見渡す。滝の下でたまりになっている池のほとりに、青い髪をしたエルフの少年が両手を掲げて立っていた。

 どうやってやってるんだろう。しばらく見とれていると、少年はこっちに気づいた。


「どう? スゴイでしょ?」


 少年は誇らしそうに笑いかけてくる。だけどそれは、すぐに驚いた表情に変わった。


「君、腕どうしたの? 額も血が出てるじゃないか、大丈夫か?」

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