五、血濡レタ笑
——きたか。
よほど、俺を仕留めたいらしい。追手からはまだ充分に距離がある。このまま迎え討つのは下策だろう。チコを守りながらの戦闘は、剣士には不利だ。
今、宮殿を襲撃したときのような馬鹿力はない。あの、刀を振るえば間合いの遥か先まで消し飛ぶような斬撃。かつて邪竜と対峙したときを思い出す。シリウスから支援魔法を刀に受けたのが、まさに同じような感覚だった。その馬鹿力は、宮殿で目が覚めたと同時に消えている。
……囲まれたら終わりだな。ふたりして片腕かつ、自分の意思で動かせぬ体が弱点となっては、戦い方がわからん。
先手を打つ。
敵——エルフの戦い方は種族特性の【魔法】による遠距離攻撃が主体だ。近距離に持ち込めば、種族特性上、ヒューマンに軍配が挙がる。更に、俺には火属性魔法が効かない。これは、俺が生まれながらにして持っていた天賦だった。
……だが、まさかの死ノ遣イには全属性の魔法耐性が標準装備らしい。俺の天賦とはなんだったのか。おまけに、物理攻撃で体に受けた傷は再生する。残念だ。エルフ陣営も手を焼く訳だな。
【武芯】
倭ノ国、ヒューマンの種族特性。体躯の「芯」にて「丹」を練り、それを身体機能や感覚を強化する、「技」として成す。
止水。
気配を察知する技だ。聴覚や視覚に付随して、直感のイメージが浮かぶようになる。
……敵は全部で八人。四人ずつ二部隊ごとに固まって行動している。斥候隊の規模だ。歩みは慎重かつ遅い。まだ散開していない、ということはこちらの正確な位置まで掴めていないか。俺の足跡を追ってきたのか? 速さ重視の 疾 で移動してきたが、隠密の 幽 に切り替えた方が良さそうだ。
片方ずつ、潰すしかない。
近い部隊で距離にして200歩ほど、もう一方は迂回していて300歩ほど離れていようか。
……スゥ。
深く呼吸をし、より密に丹を練る。
……。
——疾。
200歩の距離を、20歩で駆ける——敵を視界に捉えた。抜刀——
二足一撃。
一歩の間に二足蹴る。瞬間を疾る技。距離を一息に詰める——
「「——!?」」
袈裟斬り。
斬り上げ、振り下ろし。
薙ぎ。
……残心、血振り。
序、破、急。
音無の斬撃、辻風の連撃、迅雷の強撃を一連とした剣技。
血飛沫が既に絶命した四体から上がる。……驚愕。そんな表情だった。
四体目が、辛うじて上空へ掲げた手から光弾が打ち上がる。
信号か。もう一方の部隊が散開する気配。厄介だ。二人がこちらに向かい、一人が離脱、一人はチコの寝る方角へ移動している。おおよその位置は掴めているらしい。離脱した者は報告に走ったのだろう。無理に追う必要はない。《《興味ない》》。
もう不意打ちは通用しない。まずは向かって来ている二人からだ。丹を練り直し、 疾 を発動する。
接敵。前衛が土壁魔法を展開する。目眩しか? それを一太刀で破壊する。土煙が舞う——
金色の縄。俺を捕らえようと前衛の手元の魔法陣から複数本伸びていた。
——これが、捕縛魔法か。400年前にはなかった。あくまで足止めのつもりらしい。
——陽炎
縄の間隙を縫うように躱していき、間合いに入る。
刀を薙ぐ。赤い飛沫と共に首が跳んだ。五人目——
矢。六本。
速い——風の支援魔法で射出を強化しているのか? ……まあ、受けたところでこの身はすぐに再生するが。《《つまらない》》。
体を捻り、矢を刀で弾く——が、一本が頬を掠めた。顔に巻いていた布がはだけて落ちる——
二足一撃。
後衛までの距離を一瞬で詰める。振りぬく。肉を断つ手応え。六人目——
あと一人。チコを狙う奴だ。
再び丹を練り、疾る——相手もずいぶんと移動が速い。チコの寝ている場所までもう射程圏内だろう。
——視えた。
相手は俺に目もくれず、弱点に向かい赤い光弾を発射した。
二足一撃——!
俺は光弾と弱点のあいだに身を呈す——光弾は俺の体に弾かれ、爆散した。
既の所で間に合ったか。
……あとは奴を殺るだけだ。
「……んう?」
背後で声がする。今の音だと流石に起きるだろう。
最後の一人は何発か光弾を放つ。効かない。相手は角度をかえ、回り込んで弱点に攻撃を当てようとするが、ことごとく俺の体に弾かれ、届かない。
俺はただ、《《待った》》。
埒が明かない。ようやく相手は遠距離を諦め、短剣を抜いて向かって来た。
——そうだ、それを待っていた。俺に刃を向けろ。
序。
距離を詰め、短刀ごと叩き斬る。生温かい返り血を一身で浴びる。
七人目。
刀に目を向ける。人を斬った血と脂で、妖しく艶めく。
それにしても……。
《《久々》》の戦闘だった。
「……え……え?」
背後から困惑の声がする。俺は振り返る。
「追手だ。危なかったな。じきに増援が来るだろう。すぐ離れるぞ」
「……!」
チコは何も言わない。ただ目を見開いて息を呑む。
「……驚いたか? 生きる為には仕方ないことだ。死にたくないんだろう?」
「……ねえ」
「なんだ?」
「……どうして、《《笑ってる》》の」
……。
なに?
「……。バケモノ」
一区切りでございます。