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イッ死んドウタひ 〜欠落少女と亡者の道連れタび〜  作者: ナカノ人
一章 少女は彼をバケモノと呼ぶ
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四、逃ヒ行【弐】

 おかしな奴に捕まってしまった。


 捕まったというより、問答無用で俺がさらってきたと言うべきか。そのエルフの少女は、横になって細く寝息をたてている。月の光の下、夜目はくはずなのだが、その輪郭ははっきり捉えられない。髪も、肌も、服も、濃淡は違えど白いせいだろうか。手で触れたら肌が透けて侵入してしまいそうだ。睫毛はまだ乾いておらず、閉じられた目の下は少しばかり赤みがかっている。


 やっと、静かになった。


 泣いたり、喚いたり、思いつきで喋ったり、嬉しそうに誰かの事を話し始めたと思ったら、思い出してまた泣いたり……忙しない奴だ。


 いや……本来はこれが年相応なのかもしれない。話から察するに、まだ9歳だろう。だとしたら、気丈に振る舞っている方か。この歳にして、命のやり取りをさせられたんだ。彼女の1009番という名前を聞くだけで、今までの扱いを推し量れた。酷なことだったろう。彼女……チコの振る舞いの変わりようを見るに、おそらくは洗脳の類なのだろうと推察する。

 ……自分の頭を吹き飛ばそうとしていた表情が鮮烈に脳裏に浮かぶ。


 心此処に在らず。寸前の死を見ようともしない、遠い目。呼吸をやめ、緩んだ口。

 その小さな身体からだは、絶叫しているのに。全身を震わせ、焦点の合わない目から涙を噴き出し、泣き喚いているのに。


 驚愕、戦慄、絶望。これから死にゆく者達の顔は数多あまたと記憶している。血飛沫ちしぶきと共に吹き飛ばすそれらの表情は、刀を振るうたびに俺の胸に刻まれる。

 だが、目の前の少女の有り様は、これまでの中でも一際ひときわ異様だった。思考する間も無く、少女に迫る死を斬り飛ばしていた。理屈は遅れて理解した。


 生命ノ鎖、か。


 首に焼き付けられた刻印をさする。つい先刻、川の水に自らを映して見ると、鎖の紋様が首に巻き付いていたのだ。そういえば宮殿で、チコの腹から伸びた気味の悪い紅黒あかぐろい鎖は、あれから見ていない。首に刻印を焼き付けたあと、すぐ消えていった。

 ……それにしても生命ノ鎖について、判っていることが少なすぎる。


 繋がれた者同士、命を共有する。片方が死ねば、もう一方も死ぬ。


 将軍から聞き及んだのはこの程度の情報だけだ。解除の方法があるのかないのか、一定期間で解けるのか、解除に何らかの条件があるのか。不可解だ。焚き火をした地点から移動する前、チコ本人にも探りを入れたが、要領を得ない顔をしていた。彼女らの扱いからすれば、必要の無い情報なのだろう。


 不可解なのは、もうひとつ。


 チコが言った、あとふた月の寿命のこと。……神託の神子とはよく言ったものだ。使い捨ての駒をていのいい言葉で、さも大儀があるかのように騙っている。

 ふた月。そんなに唐突に死んでしまうのだろうか。少なくとも、肩をわずかに上下させながら穏やかに眠っているチコを見るに、そう直ぐ死にそうな気配は感じ取れないが。


『死にたくない』


 チコの絞り出したかすれ声。鼓膜に染みついて離れない。

 死にたいのか? 生きたいのか? 本当は、俺自身に問いたいことなのに。偉そうに講釈まで垂れてしまった。


 生命ノ鎖。片方が死ねば、もう一方も死ぬ。


 それを定義とするなら、「死ぬ」ことができる俺は、現時点では生きているということだ。

 ……フッ、定義とか。笑ってしまう。そんなものまで持ち出して、理屈をこねている俺が馬鹿らしい。結局、チコの不意打ちの『生きているの?』という問いに、即答することが出来なかったじゃないか。


 チコを担いで走るときに、感じた鼓動。


 ああ、この子は生きているんだ、と思った。鼓動を聴くとやけに落ち着かなかった。


 俺には鼓動がないから。


 俺の胸に心臓はない。代わりに魔鉱石が埋め込まれている。死ノ遣イである俺は、どうやらこれのおかげで動いていられるらしい。


 死ノ遣イってなんだ? それこそ戦の駒じゃないか。他の死ノ遣イは意思すら持っていないという。俺自身、思考を操られていた節がある。なぜ俺だけ意思を持たされた? それとも、偶然なのか? ただ傀儡くぐつのように戦場で刀を振るい続けることを求められているんじゃないのか?


 わからない。


 400年も前だ。俺が確かに生きていた時代は。エルフでも寿命は300年そこらだ。共に生きていた者たちは当然もういない。……唯一、シリウスだけだ。何故かあいつは未だに生きているらしい。


『すまない』


 シリウスの口癖が懐かしい。俺がグレン火山で邪竜を仕留めて呪いを受けたときも、すまない、を連呼していたな。

 契りを破った理由も気にはなるが、この400年、何があったのか、世界がどう変わったのか。聞いてみたい。


【預言者】シリウスは何を観ていたのか。


「……ん」


 俺の笠を枕に眠っているチコが寝返りをうつ。こんな硬い地面なのによく眠るな。


 あまり悩むのはめにしよう。考えるべきは、これからどうするか、だ。ひとまず落ち着ける場所を探さないとな。


 近くでせせらぐ川の音と、チコの寝息に聴き入りながら、その更に広範囲へと耳を立てる。皮肉にも、自分の鼓動がない分、聴覚が冴え渡っている。


 ……。 


 ……。


 ……。


 ……いかん、眠気が首をもたげてきた。心臓はないくせに、なぜか眠気はあるん——



 気配。



 ひ、ふ、み——複数。獣ではない、人の気配。慎重に押し殺されている、気配。


 ——追手か。

読み手様に感謝。

書き溜めはスッカラカンなので、なるべく早い更新を目指します。

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