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イッ死んドウタひ 〜欠落少女と亡者の道連れタび〜  作者: ナカノ人
一章 少女は彼をバケモノと呼ぶ
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三、逃ヒ行【壱】

「ねえ化物」


「……なんだ」


「そのおっきい帽子、カサ、っていうんでしょ?」


「そうだ。それがどうかしたか?」


「本で見たことあるから知ってるの。すごい?」


「ん? ああ……そうだな」


 わたしたちは今、焚き火をしていた場所をあとにして、森の中を走っている。なんでも煙で居場所がバレちゃうから、夜のうちに距離をとった方がいいらしい。実際に走っているのは、化物だけだけど。わたしはというと、化物の肩に担がれている。


 木の根っことか、岩とか、でこぼこした地面をものすごい速さで駆けていくから、おなかにズシンズシン振動がくる。夜なのに、よく転ばないね。


「ねえ化物」


「……なんだ」


「むかし、邪竜を斬ったって本当?」


「……ああ」


「すごいね!」


 化物の足が止まる。


「……そのあと、邪竜を殺した呪いで死んじまったんだ」


 ……うわぁ。冷えきった声だ。


「……その……ごめんなさい」


「……いいさ」


 化物は再び走り出す。

 知らなかった。わたしが読んだ邪竜伝説の絵本には、現聖王様と倭ノ国の剣豪が力を合わせて邪竜を倒すところまでしか描かれてなかった。


 そういえば、エルフ族とヒューマン族が協力する物語は大好きだったのにな。


「ねえ化物」


「……なんだよ」


「聖王様とは、仲悪いの?」


「シリウスか? ああ……なんというか。俺が死ぬ前にあいつとした約束を破ったらしいからな。ぶっ飛ばしてやろうと思ってたんだ。目が覚めた今は……どうだろう。目の前にしてみないとわかんねえな。あいつもいろいろあったんだろうよ」


「やくそく?」


「ああ、ヒューマンとエルフはずっと仲良くしましょうね、っていうやつだ」


 あ。それは知ってる。


 グレン火山の契り。


 400年前、戦争状態にあったエルフ族の聖クルツヴァイ王国とヒューマン族の倭ノ国が、邪竜の共同討伐をきっかけに双方の英雄が交わした平和条約。……って修道士様がお祈りのときによく言っていた。


「でもそれって、倭ノ国が先に破ったんじゃないの? まこーせきっていうのを独りじめしたんでしょ?」


「……俺はエルフ共が約束を破って侵略してきたと聞いたが? ……まあ、戦なんて言い分の食い違いばかり、自分に正義があると思っといた方が楽だからな」


「ふーん」


 なんだろう。戦争の話なんて、前までいちばん重要なことだったはずなのに、今はあんまり興味がわかない。


「ところで、お前よ」


「うん?」


「なんか急に馴れ馴れしくないか?」


 そうかな?


「んー、ダメ?」


「駄目じゃないが……お前というものが心底わからん。態度がコロコロ変わりすぎなんだ」


「わたしも化物のことわかんないよ?」


 化物はハァ、とため息をつく。


「……なあ、その化物って呼ぶのいい加減やめてくれないか?」


「化物、さん?」


「……呼び捨てが嫌なわけじゃねえんだよ。俺にも夜霧よぎり、って名前があるんだ」


「剣豪ヨギリ様はこんなこわい化物じゃないもん」


 そう。絵本で見たヨギリ様はとってもカッコよかった。


「おい知ってんじゃねえか、俺の名前。それならお前もチビすけって呼ぶぞ?」


 なっ!!


「チビすけじゃないもん! チコって呼んで!」


「あ? ちっこいのちこか?」


「んー! ちがう! わたしの名前の、1009番をノ字にして、マリアが呼んでくれたの!」


「は? 1009番……」


 チコ。わたしのお気に入りの呼び名。マリアがつけてくれたんだ。


『1009番って呼ぶのはなんだか嫌ね。1009……千九せんきゅう……ちいここのつ。そうね、チコちゃんなんてどうかしら。可愛らしくていいじゃない?』


 そう言ってマリアが呼んでくれたのが、チコだった。


「1009……千九。……ああ、なるほど、それでチコ、か。……わかった。今日からお前の名前はチコだ」


「え? チコは呼び名だよ? わたしの名前は1009……」


「お前の名前はチコだ」


「うーん? ま、いいや」


「そういうことにしておけ。……その、マリアって人は優しんだな」


 すごい! なんでわかるの?


「うん!マリアはとっても優しいの! 一緒に本を読んでくれて、文字も教えてくれるの。それにね、お裁縫も、お料理もうまいし、それから……それから……」


 マリア、今どうしてるかなぁ。最後にあったのは、2年近く前かな。たしか、いたいくらいに抱きしめられて……そうだ、マリアったら泣いてたんだっけ。それで、何度も何度も——


 ごめんなさいって。


 どうしてだろう。わたしはありがとうって言いたかったのに。


 ……あれ? わたし、ありがとうって言ったっけ?


 いつも思ってたけど、一度だってありがとうって言ったっけ? マリアといたときだけが、あの修道院の生活の中で楽しかったのに。それに、なんだろう。


 なんだか、記憶の中のわたしが、わたしじゃないみたい。


 マリアといるときも、全然楽しそうじゃない。笑ってない。それに——


 ありがとうって、いってない。


 マリア……あいたいな。あいたいよ。あえたら、おもいっきり抱きつきたい。


「……おい、泣いてるのか?」


「……うぅ」


「……」


 化物……ヨギリはなにも言わない。


 風を切る音だけが耳をかすめていき、わたしのなみだを散らす。


 しばらくして、ヨギリの足が止まる。


「……川、だな。ほら。顔でも洗ってこい」


 そういうと、ヨギリはわたしを地面に下ろして、背中をポンと押してきた。


 ……川だ。修道院の窓から見てた街の川とはだいぶ違う。ごろごろした岩ばっかりで、水の流れがずっとはやい。月の光が流れに合わせて水面でキラキラしてるけど、光は一緒に流れていかず、ずっとその場でキラキラをくり返している。


 なんだかふしぎ。


 わたしは水面をのぞき込む。ユラユラ揺れたわたしの顔が映る。ふと、マリアが褒めてくれたことを思い出す。


『チコちゃんのおめめは魔鉱石みたいね。吸い込まれちゃいそうなほど深くて……それでいて、お日様を浴びるとピカピカ光る、とってもきれいなあか。』


 まこーせきの本物なんて見たことない、っていったら、マリアは『チコちゃんのおめめみたいにきれいなのよ』って笑ってた。それじゃあわかんないのに。


『チコちゃんの髪はお星様みたいね。お昼も真っ白できれいだけど、お月様を浴びるとキラキラ光る、きれいで眩しいくらいの白。』


 お星様はみんなひとりぼっちできらい、っていったら、マリアは『お月様とお友達でしょ?仲良しだから、夜にウキウキして光りだすんじゃない』って撫でてくれた。よくわかんないけど、なんだか嬉しかった。


 マリア……。


 瞬きをすると、わたしの顔が映る水面に、なみだがポロポロ落ちていく。


 なみだの落ちる音は、流れる水にかき消されてきこえない。


 わたしは片手で水をすくって、バシャバシャと顔を洗う。


 川の水は、とってもつめたい。

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