第四話
応接室に入ると、一人の女の子とアビダルさんが立っていた。
「初めまして!一等級冒険者アヤと申します!」
自己紹介をしながら頭を下げてきた。
「初めまして、アキミチと...」
俺が自己紹介をしようとするとアヤは突然泣き出した。
「ヒッく!うぅ、ずみまぜん!アビダルさんからおはなじをぎいて..」
俺の高評価を聞いて自分の欠点、いやコンプレックスを克服できるかもしれないという『希望』が現れて今までのつらい過去がよみがえったのだろう。
「わ、私!この2年間一匹もモンスターが倒せなくて!」
涙を拭きながら必死に懇願してくる。
「み、みんなに3階層までいけるようにしてもらってレベルも上げて貰って攻撃力の高い私がスキルを当てれないからトレント倒せなくて私のせいで!このままだとみんな留年になっちゃうのに私のためにパーティ変えないって言ってくれてだから私頑張ってスキル当てれるようにってでも当たらなくて頑張ってるつもりなのにでもみんなが優しくしてくれるからみんなの足を引っ張ってるのが嫌で!」
自分の思いを吐き出すようにいっきにまくしたてた。
2年...
長かっただろう。報われない時間ほど辛いものはない、みんなの支えもあって諦める理由がみつからなくて、ただただその場に置いて行かれることがどんなに辛いか。
諦めるならいい、生きる道はそれだけではないのだから、しかしアヤは周りの優しさに答えようと、報いようと退くことを許されなかったし、許せなかったのだろう。
こんな想いをぶつけられたら全力で助けようと思ってしまう、想ってしまった。
「アヤちゃん落ち着いて。」
アビダルが宥める。
知らずのうちにサーシャは退室したようだ。
「とりあえず座りましょうか。」
アビダルさんが着席を促す。
「依頼内容は聞きました。その内容や、あなたの今までの成果を聴く限りこれはかなり難易度の高い依頼だと私は判断しました。なので報酬追加をしていただけるならこの依頼を受けようと思います。」
号泣していた女の子に報酬追加を要求する。
「ちょっと!」
アビダルが流石にそれはないんじゃないという表情で止めに入る。
「アビダルさんいいんです!」
アヤさんが別にいいと制する。
ここで泣き落としにこないのは高評価だ。
あったばかりの人間に感情で訴えても騙されたり、利用されたりする可能性がある。
そのリスクを避けるためにお互いに利益で縛ることは大事だ。
「しかし、アキミチさん。追加の報酬といっても私お金あまり持っていませんし、モンスターを狩ることも満足にできないので、これからの稼ぎにも期待できませんよ?」
この言葉を聞いて俺は視線を落とす。
「ちょっと!まさかあなたアヤちゃんに体で払えって言うの!」
俺の視線がアヤさんの体を指したと思ったのだろう。
ちなみにアヤさんは大きくもなく小さくもなく、お椀よりボリューミーな感じだ。
「わ、私の体!?そ、それでいいなら...」
なにか不穏な空気になりそうだったので否定しておく。
「違う、これから俺の求めるものを言うが、正直話す人数は少ない方がいい。」
そういってアビダルさんに視線を向ける。
「そう、なら2人は少ないわよね?」
俺はその言葉を聞いて席をたった。
「なら、なかったことにしてくれ。」
「あ、アキミチさん!ちょっとアビダルさん辞めてください!」
慌ててアヤさんが止めに入る。
「だって!この男あなたにいやらしい要求をして私がいない間に了承させるつもりよ!」
依頼主と2人で話し合う場なのだが、最初からギルド職員が断りもなく同席しているのはどうかと思うが。
「それでもいいんです!」
(え!いいの!)
アヤさんが爆弾発言を落とす。
「それでもいいんです...だってこの2年間本当に苦しかったんです。それにこのまま冒険者になれなかったら実家に帰るしかないんです。そうしたら結婚できる相手もなかなかいないですし、みつからなかったら口減らしのために奴隷になってしまうんです。そんなことになるくらいなら今、可能性に縋りたいんです。」
気丈に振る舞う女の子が覚悟を告げる。
「そんな!冒険者になれなかったら私が面倒みてあげるわよ!女の子1人くらい!」
「じゃあ!アビダルさんは私の村を救ってくれますか?私の村には孤児院という名の奴隷商があります!私はその子たちを無視して1人だけ幸せになるなんてできないです!それくらいなら、小さな子供が売られる時間を少しでも稼げるように私が奴隷になります!」
わざとなのか?さっきから悲劇のエピソードを聞かされている。
これが泣き落としじゃ無ければなんなのだろうか?
「アビダルさん、彼女がここまで覚悟を見せたんだそれでも止めるんですか?」
キッ!と音が『出て』睨まれた。
俺を視線で射殺さんばかりだ。
「あなたが私の前でも話せばいいことじゃないの?」
「何の縛りもない人に話したくないんですよ。もし聞くというならそれ相応の‘‘信頼‘‘見せてください。」
「くっ!いいわねアヤちゃんに変なことしたらただじゃおかないからね!」
アビダルさんはそう捨て台詞を吐いて出ていった。
今の所は奴隷契約なりなんなり申し出て気概をみせる所ではないだろうか?
そして結局主人公の奴隷で良かった的なことになるのでは?
つまり俺は真の主人公ではなく、人生誰しもが主人公の一員なのだろう。
とはいえ、ようやく依頼主とサシで話し合える。
「アキミチさん!わ、私なんでもします!なので私をここから助け出してください!」
なんでもします!は非常に魅力的だが、無責任な言葉だなと思いながら俺は言葉を紡ぐ。
「アヤさんまず俺の話を聞いてもらいますその後に追加報酬をするかしないか判断をお願いします。」
「え!先に話されるんですか?」
「はい、あなたが話を聞いた後に断ってもらっても構いません。俺の秘密ですが多くの人にあまり聞かれたくないというだけで、絶対厳守のことでもないんですよ。」
「わかりました。ではお願いします。」
「俺は簡単に言うと記憶喪失なんです。」
アヤさんは少し動揺したような表情をしたがすぐに戻った。
「記憶喪失ということはあまり知られたくはないですが、いかんせんなにもわからない状態でどう動いてもいいかわからないんですよ。」
この世界はゲーム時代と色々変わってしまっているので記憶喪失として理解してくれる人が助けてくれると色々助かるのだ。
奴隷制度など先ほどあることをしったぐらいだ。
「なので、追加の報酬というのは俺の記憶喪失で出てしまう不都合の補助ですね。
具体例では先ほどの奴隷とかの話ですね。俺の記憶には奴隷という言葉はあっても奴隷制度のことはスッポリ抜けているんですよ。」
アヤさんが理解を示したように頷く。
「あなたも何かを抱えているのですね。」
アヤさんも俺の状態を聞いて大変な経験を持った仲間という意識になったのだろう。
「わかりました!私のできる範囲でサポートさせていただきます!」
「ありがとうございます!では、期間は1か月もしくは俺の指導が終わるまででいかがでしょうか?」
「あ、えっと、私の指導なのですが猶予があと1か月もないんですよ。」
先ほどの村へ帰るという話だろう。
「あと2週間以内に3層をクリアしないと私留年になるんです。留年になったら親との約束で村に帰らないといけないんです。」
3層クリアという課題は俺とパーティを組めば今すぐにでもクリアできるが、彼女の求めるものはそうではないのだろう。
「分かりました。では、期間はその2週間が終わるまでということでいいですか?」
「はい!それでお願いします!」
「あ、それともし依頼を無事達成できたら俺の記憶のサポートを1か月に伸ばしてもらえませんか?」
「え!」
彼女が少しびっくりしたような声をだす。
「あ、すみませんそういう意味ではなく、成功する方向に考えられなくて、あ!いえアキミチさんを疑っているとかではないんです!ただ私が今まで失敗ばかりしてきたから自信がないだけなんです。」
「わかってますよ。こういっちゃなんですがアヤさんは狩りのときに見かけましたから。確実ではないですが、攻撃を当てる方法は思いついていますよ。」
そう言うとアヤさんは満面の笑みに変わり嬉しそうに手を自分の胸の前で握りしめた。
「ほ、ほんとうですか?い、今からお願いしてもいいですか?」
「今からですか?もう夜ですけど大丈夫ですか?」
聞くところによると彼女は学生である。
「あ、すみません迷惑でしたね明日にしましょうか。」
「いえ、内容的にはすぐ終わるので今からでも俺はいいんですがアヤさんの方が大丈夫でしたらいいですよ。」
「え!じゃあお言葉に甘えてもいいですか?」
「はい、では早速いきましょうか!」
俺はアヤさんを連れて1階層へ向かった。
結果からいうと、攻撃を当てれるようになるまで10秒もかからなかった。
悩んできた2年間がなんだったのかという程である。
そして今は2人で夕食をお店に食べに来ていた。
「アキミチさん!すごいです!ちょっとしたことでこんなに変わるなんて!アキミチさん教えるの上手すぎです!」
「いやいや、俺がいなくてももしかしたら偶然できる可能性があることでしょ?」
「いえ、前の私の状態だったら絶対に無理でした!だって逆のことしてたんですもの!」
彼女の問題を解決したのはごく簡単な動作を入れることだった。
その動作とは...
「歩きながら攻撃するだけで当たるなんて思いもしませんでした!」
「そうだね、アヤさんを見ているととっても集中して手元がぶれないようにガチガチになっていたから、タイミングが取りずらかったはず。それを歩きながらだといい具合に体でリズムを取りやすくなるんだ。剣士やシーフってただ全力で走っているように見えてリズムをとりながら動いてるんだよね!」
それを応用したのが所謂相手の間合い(タイミング)を崩すことだ。
まあ、いくらリズムをとるのが苦手といっても流石に1階層のモンスターを倒せないなんて見たことない。
「アキミチさんのおかげで留年せずに済みそうです!」
「進級の条件が3階層突破だっけ?」
「はい!今まで私の火力なしで挑んでいたので多分大丈夫だと思います!」
今日のスキルの威力を見る限り正直ソロでも問題ないと思う。
それをパーティで挑むんだから余裕だろう。
「明日早速挑戦するの?」
「はい!そのつもりです。メンバーに朝報告してそのまま挑戦すると思います!」
「そっか、クリアできるといいね!」
「はい!明日クリアしちゃえば学校が始まるあと3週間アキミチさんのために時間取れますので頑張ります!」
彼女はお礼を返そうとしてくれている。いい子でよかった。
「はは、無理はしないでね。それじゃあ色々教えてもらいたい時はこっちからメールするね。といっても近日中だと思うけど。」
「はい!今は休みなので時間に融通が利きやすいのでいつでもいいですよ!」
彼女の了承も得られたし貴重な情報源として活用させてもらおう。
「それじゃ今夜はこのくらいで。帰りは大丈夫?送ろうか?」
「ありがとうございます!でも大丈夫です!学園の寮はすぐそこなので!」
「わかった。じゃあお休み!」
「はい!お休みなさい!」
俺たちはそういってそれぞれの宿に帰っていった。