私はこうして魔物になりました(過去)
誤字報告ありがとうございます。
直接お礼を伝えられないので、この場を借りてお礼申し上げます。
そして翌日も、その翌々日も、一週間後も、一ヶ月後も、私は『お前オオカミじゃねえな?』と気づかれる事無く、完全にオオカミ家の一員として過ごしていた。
いいのかなーだめなんじゃないのかなーと、居た堪れない気持ちで巣穴のすみっこに居たりすると、母オオカミが『ちゃんと飲まないと大きくならんぞ!』と肝っ玉かあちゃんのノリでぐいぐい私を連れてきて、他の子らと平等に乳を飲ませてくれる。優しい。
他の子オオカミには『コイツちょっとトロいから俺らがフォローしてやらにゃ』と、完全にダメな弟的な扱いで、水浴びに行くときなど私が後ろからモタモタ付いていくと、チビは仕方ねえなあとばかりに、みんなで分担して運んで助けてくれる始末。どうしてこうなった。
ぬくぬくとした子オオカミ生活は快適すぎて、ニセモノが紛れ込んでいる申し訳なさに胃がキリキリしつつも、巣穴を出られずにいた。
出たところで何か他の魔獣や植物に捕食されるのがオチだ。だったら恩のあるオオカミさんたちのエサになるほうが有意義というものだろう。うん、きっとそうだ。そんな風に自分に言いわけして、今日も兄弟の毛皮に埋もれて眠る。
そんなわけでもうなるようになれと開き直って、私は魔の森で銀色オオカミの子として新生活を送ることになった。
ホントもう、こんな将来誰が想像した? いきなり冤罪を吹っかけられたことよりも意外性あふれる未来です。
子オオカミが成長するにつれ、食事はおっぱいだけでなくお母さんが捕獲してきた動物の肉も食べるようになってきた。
だがごめん、他の子らみたいに丈夫な顎と牙がないので噛み切れないんです。いつまでたっても肉が食べられるようにならない私をお母さんは『ひ弱な子ね』と甘やかしいつまでも乳を与えてくれた。
子どもたちはめきめき大きくなっていき、いつまでも小さい私は明らかに異質だったが、誰もそれを気にする様子は無く、『末っ子だししゃあない』と、むしろ慰めてくれた。
銀色オオカミは成長とともに体毛が入れ替わり、保護色であるはちみつ色の毛はだんだんと銀色に変化していく。
そして不思議なことに、その変化に合わせるかのように私の髪の色も銀色に変わっていった。灰色だった瞳も気が付いた時にはオオカミと同じ金色になっていた。
お母さんや兄弟たちは変化した私の姿を見て、『いつまでたってもチビだけど、ちゃんと成長しているんだね。ヨカッタヨカッタ』と言って何の疑問も持っていない。でも私オオカミじゃないしね? どう考えてもこれはおかしい。人間はそんな変化しません。
これはどういう現象なんだろう、と日々変わっていく髪を見ながら私は考察する。
検証できないので確証はないが、魔獣である銀色オオカミの体液(ていうか母乳)を摂取し続けたことで、ただの人間だった私の身体が銀色オオカミの形質を獲得したのではないだろうか?そういえば昔に比べて嗅覚が鋭くなって、お母さんや兄弟たちが遠くに居ても匂いで居場所が分かるし、気が付けば夜目がきくようになっていた。
そして気づけばオオカミたちと普通に会話ができるようになっていて、今まで意思の疎通ができないと思っていた、その辺の動く植物たちも何をしゃべっているのか分かるようになっていた。
魔の森に広がる魔素のせいもあるのかもしれないが、気づけば私はすっかり人間ではなくなってしまっていた。
人間界にいた普通の銀色オオカミは、群れを形成することなく個々でナワバリを持って暮らしている。子どもは成獣になっても親兄弟と近い位置にナワバリをつくり、時に協力して狩りをおこなったりもするが、基本的にはそれぞれ一匹狼として暮らすのが一般的だ。
魔獣となった銀色オオカミも、成獣になれば母の元から巣立って行くことになる。
母オオカミ……お母さんは、だんだん狩りの仕方を教えるようになり、三匹の子オオカミたちは新しい遊びのノリで獲物を追いかけて狩りを練習した。
兄弟の中で、一番体が大きく力も強いのが、長男のイチ兄さん。
一番初めに狩りに成功したのも、イチ兄さんだった。その後の狩りの成功率も他の兄弟とはけた違いで、早いうちから家族のリーダーとして一目置かれていた。
二男のニイ兄さんと三男のサン兄さんは双子のようにそっくりで、いつも二匹でくだらないケンカをして張り合っている。ちなみに兄弟たちの名は、言葉が通じるようになった頃、名前を訊いたら『そんなもんない』と言われたので、私が勝手につけた。名づけのセンスは昔からない。
私はもちろん狩りの練習は兄弟の後ろをついていくのがやっとで、むしろ獲物に返り討ちにされそうになったりもする。見かねたイチ兄さんが、狩りの時は有無を言わさず自分の背中に乗せていくようになった。
イチ兄さんは長男の義務感からか、兄弟の中で一番私の面倒をみてくれる。イチ兄さんがいなければ、多分もう三十回くらいは死んでた。
私が蟻に餌として巣に持ち帰られそうになったのを見たイチ兄さんは、本気で『コイツに狩りは無理だ』と早々に諦めて、巣穴の外に出る時は片時もそばを離れないで守ってくれるようになった。
寝る時もだいたい私を守るように前足でガッチリ抱き込んでいる。過保護になった兄には感謝しかないが、おかげで私はオオカミとしては何にもできない子になってしまっている。
私を魔の森に落とした人々はきっと、私が今でも生きているとは思っていないだろう。私自身、落ちた時点で墜落死だと覚悟していたのに、生きながらえただけでなく恵まれた環境で生活している。人生とは不思議だ。
オオカミの兄弟たちは上手に狩りが出来るようになって、体の大きさもお母さんと変わらないくらいになった頃、お母さんが私だけを狩りに誘い、外に連れ出した。
ウサギの魔獣をお母さんが捕まえて食べている横で、私は森で見つけた巨大な野苺をむしゃむしゃ食べる。生肉を好まない私に対してお母さんが何か言う事は無い。だが、この日は少し様子が違った。
「ヴィー。オマエハ弱イ。獲物モツカマエラレナイ」
「狩りは結局一度も成功しませんでしたしね。不甲斐ない子どもですみません」
「ホカノコタチハ、モウスグコノ巣ヲデテイク。オマエハ一匹デハ生キテイケナイ。ココニノコレ」
もうそろそろ巣立ちの時期だとは思っていたが、お母さんは私をとても心配して、巣立ってすぐ死んでしまうくらいなら一生面倒をみようと考えていてくれたらしい。
お母さんの子でないどころかオオカミですらない私をこれからもずっと養うと言ってくれるお母さんに申し訳なく思いながらも、優しい言葉に喜びで胸がいっぱいになる。
人間の世界で存在を全否定されて捨てられた私は、こんな優しい言葉をかけられると全身で寄りかかりたくなってしまう。じゃあずっとずっと離さないでと、しがみついてしまいたくなる。
でもダメだ。
命を救ってもらっただけでなく、衣食住を与えてもらって愛情も注いでくれたお母さんに、これ以上迷惑はかけられない。私は頷きたくなる気持ちをぐっとこらえ、首を横に振る。
「お母さん、ありがとう……でも、私も巣立ちするよ。弱いし、狩りは下手だけど、お母さんのおかげですごく丈夫な体になったし森の事もたくさん教えてもらった。みんなのようにはなれなくても、なんとか工夫して生きてみる。それに、お母さんにもらった銀の髪と金の瞳があるからきっと大丈夫」
巣立ちをしない子が居ては銀色オオカミの世界における自然の摂理に反することになる。お母さんも次の繁殖に入れないだろう。これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。私の五感の機能は人間の頃と異なりオオカミのように鋭敏に変化した。いきなり死んだりはしない……はず。うん、なんとかなる。きっと。
私の決意をつげるとお母さんはそれ以上何も言わずただ大切そうに顔を舐めてくれた。
言葉のコミュニケーションが出来るようになってから思ったのだが、魔獣の知能は人と変わらないレベルで高い。そんな知恵のある生き物が、いくら髪色が似ていたからとて子オオカミと間違えるなんて有りえないように思う。
お母さんはずっと、ひょっとすると最初から、私がオオカミの子ではないと分かっていたんじゃないだろうか。そう思ったが、口にはしなかった。
巣穴に戻るとイチ兄さんが入口に座って私を待っていた。
ちなみにイチ兄さんはちょっと前に突然魔獣からヒト型の魔人へと変身してみせて、私の度肝を抜いた。
テンパる私を余所に、お母さんは『まあ立派になって』と何の驚きも見せなかったのでそれにもまた驚いた。
どうやら魔獣の中でもひときわ強く優れた個体はその上の『魔人』に進化するのが魔の森における常識らしい。
この頃の兄さんはまだ力が安定せず、魔獣の姿とヒト型を行ったり来たりしていた。個人的には獣の姿の方が枕として寝心地がいいのだが、そう言ったら超不満げにガジガジと甘噛みされた。
「ヴィー、巣に残るよう母さんから言われたんだろ?でもお前の事だから……迷惑かけるとか思って独り立ちすると言ったんじゃないか?」
「そうですね……これ以上面倒はかけられないです。私、お母さんの子じゃないですし、ここまでお世話になっていたこと自体本当なら許されないことですし」
「お前、まだそんなこと気にしていたのか?母さんが自分の子どもだって言うんだから、それでいいんだよ。……まあそれでもお前は出て行くんだろうけどな。だったら、俺と来るか?」
「兄さんと?……ううん、ダメ。一生兄さんのお荷物で生きていくわけにはいかない。それは私が嫌なの」
すぐさま断りの言葉を口にすると兄さんはちょっとだけ悲しそうに笑って私の頬を舐めた。私が断ると思っていた、と言う顔だった。
人間の世界で、私が無実の罪を着せられ処刑されたのも、結局は私に力がなかったからだ。親の庇護を当然のように享受して、誰かに守られているということが当たり前だと思って、自分の足で立つことをしなかったからだ。お前が殿下に毒を盛ったんだ!と言われ、反論の機会を与えられずに投獄された時も、本当に無実なのだからきっと誰かが冤罪を晴らしてくれるはずだと信じていた。だがけっきょく誰も私を助けることはなく、私の処刑は決行された。
だから私は、自分の力で生きられるようになりたいとずっと思っていた。
弱い私はすぐに他の生き物に捕食されてしまうかもしれないが、それでも誰かの庇護無くては生きていけない人生よりよっぽどましだ。
兄さんは私の言葉を黙ってきいてくれて、ただペロペロと私の顔を舐めてくれた。
……うん、親愛の証なのは分かるけれど兄さん舐めすぎだから。ベロが喉まで入るからいつも若干窒息しかけてるから。
結局酸欠で死にかけているところを戻ってきたお母さんに助けられ、兄は『妹を殺す気か』とボコボコにされていた。
こうして私の独り立ちが決定し、オオカミの巣穴を出て、魔の森でたった独り生きていくことになった。