今でも分からない謎の冤罪事件(過去)
ある日、いつものように家の庭で畑の手入れや動物たちの世話にいそしんでいた時、オリヴァーさんが訪ねてきたと侍女がよびに来た。
訪問の予定は無かったのでなんだろうと思いながら玄関に向かうと、厳しい表情の騎士達が大勢現れ突然私は拘束された。縄を打たれていると後方に青い顔をしたオリヴァーさんがいることに気が付いて、私は助けを求めるように彼に向かって叫んだ。
「な、なんですか?オリヴァーさん、これは一体……」
「昨日王太子殿下が食事に毒を盛られお倒れになられた。ヴィヴィアナ・カレン。お前には王太子殿下を毒殺しようとした容疑がかかっている。王命を受け、我ら第三騎士団がお前を捕縛する」
「えっ……?毒!?で、殿下はご無事なのですかっ?ま、待って!何故私が!?」
すぐに口を塞がれ手足を拘束されたので何が起きたのか尋ねることも出来なかった。その光景をみて抗議の声を上げた家令は乱暴に押し倒され同じく拘束されてしまった。母は数日前から床に臥せたままで父は仕事でしばらく地方へ遠征している最中だ。
どうする事も出来ず私は荷物のように馬車に押し込まれ、王宮へと連れて行かれた。
毒を盛られたと言っていたが殿下は無事なのだろうか。そしてなぜ私がその実行犯と目されたのか全く分からない。殿下に会うのは月に二回ほどあるお茶会の時だけだ。私が昨日の殿下の食事に毒を盛るなど物理的に不可能なのに、どうして。
(なにかの間違いだもの。きっとすぐに誤解が解けるはず……)
私が殿下を害する動機もないし、そもそも殿下はお茶や菓子にいたるまで、毒見役が先に確かめてからでないと口にすることはできないはずだ。よほど近しいものでも殿下に毒を飲ませることは難しいのに、たまにお会いする機会を頂いているだけの私が犯人と目された理由が分からない。
きっとなにか誤解が誤解を招いて間違った情報が出回ってしまったのだ。きっとそうに違いない。
私が無関係であることは少し調べれば分かる事だ。明日には取り調べがおこなわれるだろうから、その事を訴えればいい。
疑いをかけられたとはいえまだ成人もしていない子どもの私を問答無用で縛り上げ拘束も解かないまま牢に放り込むことの異常さを、この時私は気づくべきだった。
気づいたところでどうにもならなかっただろうが、まさかという思いが強くて最後までなんの抵抗もしなかった事が今でも悔やまれる。
せめて私を蹴り飛ばした偉そうな騎士に頭突きでもしれやればよかった。牢屋で食事どころか飲み水も与えられず干からびていた私の目の前で見せつけるように美味しそうに肉をほおばっていた牢番を罵ってやればよかった。まあそうしたところで倍返しで仕置きをされそうな雰囲気ではあったが。
私は拘束されてから翌朝にはもう王太子暗殺を目論んだ罪で処刑する、と見たことの無い政務官が淡々と死刑宣告を告げ、嘘だろうと驚く事しかできなかった。
取り調べも裁判もなくいきなり処刑だなんてとても信じられない。悪夢のような冗談としか思えなくて、現実味がないまま私は牢から出された。
荷馬車に乗せられると黒いマントを羽織った数名の騎士が馬で先導して私をどこかへと連れて行く。その騎士の中に、いつも私の送迎をしてくれていた騎士のオリヴァーがいた。見知らぬ怖い顔をした人たちに乱暴に扱われ怯えきっていた私は、よく知った顔のオリヴァーが居てくれることで少しだけ安心してしまった。
めったに笑ってはくれなかったけれど、オリヴァーが私に向ける顔はいつも穏やかで優しかった。決して悪い関係ではなかったはずだ。お茶会の時も傍に立って私たちの様子を見ていたのだから、私が殿下に毒を盛るような動機もないしそんな大それたことをする人間じゃないと、オリヴァーなら言ってくれるんじゃないかと期待して彼のほうを見るが、オリヴァーは硬い表情のまま私のほうを見る事は無かった。
それでもまだ、愚かだった私はオリヴァーが助けてくれるんじゃないかと希望を捨てられず自分が処刑される事実を信じられずにいた。
そして半日かけてたどり着いたところは、魔の森が見下ろせる崖の上だった。そこへきてようやく私は自分に科せられた刑罰を理解したのだ。
魔の森へ崖の上から突き落とされるという処刑方法としてもっとも屈辱的で残酷だとされる処刑方法だ。
遺体が残らないため墓をつくることもできない。死してなおその魂を弔うことすら許されない、屈辱的で最も重いと言われる刑罰だ。
嘘でしょう? どうしてこんな? と震えながら周りに居る騎士を見渡すが、誰もが私と目を合わせることなく私の疑問に答えてくれる人物はいない。
一番年嵩の騎士がオリヴァーに指示を出した。彼は一瞬だけ目を見開いてひるんだように見えたが、すぐに無表情のまま私に近づいてきた。
オリヴァーが刑の執行役を任命されたと気が付いたのは、彼が私を抱え上げ崖へと近づいていく時だった。
抱え上げる手が少しだけ優しいように思えたのは、私の願望だったのだろう。
最後の瞬間まで、どうしても彼が私を処刑するために投げ捨てるような真似をするとは思えずにいた。いつも彼は鳶色の瞳を細めて優しい表情を私に向けてくれていたじゃないか。そんな相手をこのまま処刑するはずがない、と期待を込めてオリヴァーのほうを見るが、彼はまったく歩みを緩めることなく崖の前まで歩いて行く。
そしてオリヴァーは、何のためらいもなく私を崖の上から投げ捨てた。