殿下と強制的にお友達になりました(過去)
まあ、そんな感じで、私のお茶会初参加は大失敗に終わったのだが、何故かその後王太子殿下から直々に王宮のお茶会に呼ばれるようになってしまった。
私が逃亡しないように、わざわざ迎えの馬車と王太子近衛隊に所属する騎士付きで招待されるという厚待遇っぷりである。
何度か仮病を使ってみたのだが、『王家の専属医師を遣わせましょう』といい笑顔で言われてしまったので、すぐに『治りました』と撤回するはめになった。
なにゆえそんなに私をお茶に呼びたいのかと思ったが、王太子殿下はどうやらあの時、彼も私と同じく蛾を見て『あれ?蛾って可愛いかも』と思っていたらしい。
私が蛾を傷つけないようにしてあの場から片づけたのを見て、『コイツとだったら話が合うかも!』と妙な仲間意識をもってしまったことが原因らしい。
最初の頃こそ、他の令嬢や令息も呼ばれ同席していたのだが、殿下と私の話題が昆虫やら植物やら動物ばかりで皆ドン引きしてしまったようでいつの間にか誰もいなくなった。
いや、どう考えてもおかしい。
割と多忙であらせられる殿下が何のとりえもない、将来出世もしそうにない私と交流を深めてどうする。
迎えに来てくれる騎士は殿下の側近の方らしく、いつもお茶の席でもすぐ後ろに控えて無表情で立っている。
王太子殿下の側近である彼はどう思っているのか、この状況を疑問に思わないのかと不思議だったのである日問いかけてみたことがある。
「このお茶会はいつまで開催されるのでしょうか?本来は殿下とお歳の近い子女との交流を目的としていた、と伺っていたのに、気が付けば私しか残っておりませんよ?変わり者の私と親睦を深めたところで殿下にとってなにひとつプラスにはならないと思うのです」
はなはだ疑問だとため息をつきながら話すと、護衛の騎士は驚いたように目を瞠って、それから優しそうに微笑んだ。騎士というのは常に無表情で動く銅像のようだと思っていたので、微笑む彼の顔を見て思わず心臓が跳ねた。
「ヴィヴィアナ様は聡明で薬学の知識も豊富でいらっしゃいます。殿下は知識欲が旺盛ですので、あなたとお話することは純粋に楽しいのでしょう。確かにあのお茶会は貴族のご子息、ご令嬢方との交流会でしたが、これは違います。殿下が個人的に親しい友人とお話がしたくてお招きしているのです。プラスかマイナスかで言えば、殿下のお心が満たされるのでプラスですね」
はあ、そうですか……と相槌を打つがいまいち納得がいかない。私は爵位を継ぐことも無いし、国政に関わる有力な貴族に縁付くこともまず有りえない。変な知識は持っていても、将来的に私は何者にもならないのだ。変人と懇意にしていると、殿下も変人扱いされてしまうだけでやっぱりマイナスにしかならないと思う。
変人の私と楽しそうに話してくれる心優しい殿下の評判を下げることになってはいけない。
護衛の騎士が迎えに来るたびそういった懸念を相談し、殿下に進言してくださるよう何度も申しあげたのだが、騎士殿はのれんに腕押し柳に風といった様子で、ほほ笑みながら軽く私の心配を軽く受け流してくる。相談を流した挙句『ヴィヴィアナ様のそういった優しい心根は非常に得難い美徳ですね』などと褒め殺してくるので非常にやりづらい。そういうのは要らないんだというとまた彼は面白そうに笑う。
騎士の男はオリヴァーと名乗った。
いい名前だと褒めると少し照れたように下を向く彼に、オリーブは実は美味しいし油も取れるし葉も薬茶に出来るしとても素晴らしい植物なので、その名を冠しているあなたは幸運だ、羨ましい、なんなら私もオリヴァーという名前がよかったと言うとブハッと噴き出した。そしてひとしきりゲラゲラ笑って、『あなたはそんな妖精のような外見をされているのに口をひらくと本当に残念ですよね』とさりげなく貶してきた。
いつしか私は、迎えに来たオリヴァーと話すことが楽しみなり、この付き合いが殿下のためにはならないと思いながらも二人だけのお茶会を続けていた。
恐縮しっぱなしのお茶会も回数と重ねるうちにだんだんと私も腹が据わってきて、もっと友達のように話してくれという殿下の要求にも慣れてきた。口調を崩す事は無いが、お互い声を上げて笑い合うくらいの間柄にはなっていたと思う。
殿下は次期王として帝王学をたたき込まれていたが、本当は一日中好きな本を読んで引きこもっていたいのだ、とぽつりと本音をこぼしたことがある。でも王族としての責務を忘れることはない、とも言っていた。そして私に『貴族令嬢であるくせに引きこもって好きな事ばかりしているお前はずるい!』といって笑っていた。
「ヴィヴィアナはずっと屋敷の庭と森で過ごしているのか? 貴族の友人が本当に一人も居ないなんて、こんな変な貴族令嬢ほかにみたことないぞ。考え方がずれていて予想がつかない。まあそれがまた面白いんだけれどね。虫や動物としか触れ合ってこなかったからかな? こんなに変わった子に育ってしまって、将来やっていけるのかい?」
殿下もだんだん遠慮が無くなってきて、悪戯っ子のように私をからかう事が多くなった。オリヴァーや身近な側近以外が傍に居る時は余所行きの表情を崩さないが、殿下の本質はこんな普通の少年なのだろう。
「恐れ入ります。どうせ大人になったら貴族籍から抜ける所存ですし、変でいいんです。知識だけはありますから町の薬屋にでも雇ってもらいますかね。農家になって野菜を作って生活するのもいいですね。この国は土地が肥沃だからどこでも暮らして行けます」
「自分の口を養う分だけを作って細々暮らすか。ヴィヴィアナらしいなあ。ドレスも宝石も権力にも興味がないんだな」
「綺麗に実ったトマトやナスは宝石のようにつやつやして綺麗ですよ」
「ははっ、そういうとこだよ、ヴィヴィアナ。ほらオリヴァーも笑いをこらえている。じゃあ君が育てたその宝石のように綺麗な野菜が収穫出来たら私に持ってきてくれないか? きっととても美味しいんだろうな」
「はあ、お持ちすることは可能ですが、素人が作ったものですから別にそんなに美味しいことはないです、普通です。あーでも、もいだトマトを井戸水で冷やして食べると最高に美味しく感じますね」
収穫したその場で食べるのか、いいなあ、とどこか遠くを見るように殿下は呟いていた。この時の殿下は、選ぶことのできない将来を少しだけ重く感じていたように見えた。しがらみにとらわれない変人の私に『有りえない未来の自分』を重ねていたのかもしれない。私と話す時の殿下は年相応の普通の少年に見えた。
だから私は忘れていたのだ。目の前で無邪気に笑う少年はこの国の次期王で、誰よりも尊ばれる存在であることを。
その尊いお方の周りに私のような変人がまとわりついていることを快く思わない人間がいるということを、この頃の私は既に失念していた。
殿下に近づきすぎるには、私は人脈も権力も無さ過ぎた。殿下についた害虫を排除せんと誰かが動き出していたことに、友人もいない私は気が付くことができなかった。