気が付いたようです
「ア"ア”アアアーーーッ!」
真夜中に野太い叫び声が聞こえて驚きのあまりベッドから飛び起きた。
一瞬なにがなんだか分からなかったが、死にかけの男が意識を取り戻したのだろうとすぐ思い至る。無視して二度寝しようかとも思ったが、男はパニックになっているらしく絶え間なく叫び続けるので、観念して起き上がって上着を羽織る。
居間の隅っこに適当にこしらえた簡易ベッドの上で男は蓑虫さながらジタバタと転げまわっていた。だが、私の姿を見ると驚いたのかビクッと体を震わせて固まってしまった。
優しくしてやる義理はないのだが、死にかけの人間に鞭打つような真似はさすがに出来ないので大人の対応で穏やかに話しかける。
「気が付きましたか。あなたは魔の森で食人花に襲われていて、食べられかけていたところを私が保護しました。そのまま放っておけば死んでしまう状態だったので、勝手に治療させてもらいました。足は……今はちょっと溶けて短くなっていますけど、二、三ヶ月もすれば元通りになるでしょう。だから心配しなくていいですよ」
「は……食べ……られ、溶けて……? も、元に戻る? う、嘘だろ? 俺、おれの足……こんな……あっ、アンタ……人間……じゃないな、魔物か?」
男は混乱の極みにあるようで、私の言葉も良く理解出来ていないらしい。まあ別に静かにしてくれればなんでもいいんだが。
「私は魔の森の薬屋さんです。確かに魔物ですけど別に人間を食べたりしないんでご安心を。
まーあなたの足は、今は見るも無残な状態ですけど、適切な治療でちゃんと治りますよ。拾ってきてしまった以上、治るまで面倒見ますからそこは安心してください。とりあえず水でも飲みます? あ、要らない? じゃ、私また寝てもいいですかね? まだ真夜中なんですよ、叫んでも騒いでも別に傷が良くなるわけじゃないんでちょっと静かにしていてもらっていいですかね? なんか質問があるなら明日の朝聞くんで、訊ねたいことでもまとめといてください。じゃ、おやすみなさい」
「え……? あ……? ハイ、すいません……」
男は恐らく何一つ理解出来てはいないのだろうけれど、とりあえず静かになったので私は二度寝することにした。
どさっとベッドに倒れ込むとすぐに睡魔が襲ってくる。
うとうととまどろみながら、そういえばさっき久しぶりにあの男の瞳を見たな、とぼんやり思う。
昔は、彼の鳶色の瞳が好きだと思っていた。温かみのあるその瞳が、時折優しく細められるのを見ると嬉しいような切ないような不思議な気持ちになったものだ。
だからこそ崖から突き落とされた時、無実の罪を着せられたことよりもこれから死ぬだろうということよりも、私を見下ろす彼の冷たい瞳がなにより悲しかった。
うっかり昔の事を思いだして感傷的な気分になってしまった……。あの頃のヴィヴィアナは死んだのだと思い直し、余計な記憶にまたしっかりと蓋をして私は眠りについた。
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