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訪れる変化の時





「できた……間に合ってよかった……」


 傷の手当てをして、水薬をがぶ飲みして、フル稼働で回復薬の作成に挑んだら色々とタイムロスがあったにも拘らず予定よりも早く仕上げることができた。


 薬でドーピングして体を酷使したため、気力が尽きるともう立ち上がるのもしんどい。


「疲れた……もう、人生で一番疲れたかもしれない……」


 オリヴァーのことも、人間界のことも、もう何も考えたくない。

 薬を詰めた木箱の上に突っ伏してうとうとしていると、店の鐘が鳴って扉が開いて誰かが入ってくる気配がした。


「こんにちは~回復薬五十本を注文した者ですが……」


「あっ! はい、できています! ご確認をお願いします」


 店に入って来たのは大きな体の二人のオークさんだった。

 二人ともあちこち怪我をしていて、包帯や痣のあとが痛々しい。回復薬が早急に必要だった理由を物語っているようだった。


「ああ! ありがとうございます。無理な注文をお願いして申し訳なかったです。でも助かりました……実は我々の村が襲撃されて壊滅状態になりまして、怪我の治療もままならなくて……こちらの回復薬があれば多くの命が助かります。本当にありがとう」


 年嵩のオークさんが私に向かって頭を下げる。そんな大変な事情があったとは。色々あってきつい作業だったが、彼の感謝の言葉で全て報われた気がした。


「いえ、大変な目に遭われたのですね。皆さまがご回復なさるようお祈り申し上げます」


 心を込めて私が言うと、もう一人のオークさんが顔を真っ赤にして私の手を取った。


「あっ! ありがとう! あなたは見た目だけでなく心も美しいんですね! 実は回復薬だけでなく傷薬も看護人も足りていないのです! もしよければ店主さんが村に来て治療してくれないでしょうか?! オークはオスしかいないので、あなたのような方が来てくれれば皆あっという間に元気になると思うのです! なんなら減ってしまった仲間の繁殖も手伝っていただけると更に助かるのですがっ! 俺とか! 俺とかどうですか!」


「は? え? 繁殖? あの、私魔界に出張できるのか分からないので……ちょ、あのなんでお尻を揉むんです? まずは早く薬を届けたほうがいいんじゃ……?!」


 若いオークさんが薬の確認そっちのけで私のお尻を揉んでくる。オークさんが来店するのは初めてなので彼らの習性が分からないのだが、オーク流の挨拶なのだろうか。戸惑っていると、店の扉が勝手にバタン! と開いて、若いオークさんが『あああぁぁ~……』と叫び、すごい勢いで吹っ飛んで店から出て行った。


 家が怒ってつまみ出したのだ。

 やっぱりあれは何か不埒な行いだったということか。

 オークさん、仲間が死にかけているんじゃなかったのかな……こんなことしてる場合じゃないのに、と思いながら彼が吹っ飛んで行った方向を若干呆れて見ていると、年嵩のオークさんがペコペコと頭を下げながら謝罪してくれた。


「す、すみませんウチの若いのが……オークは基本オスしかいないもんで、店主さんのように綺麗な女性と話す機会なんてほとんどないから、頭のネジが吹っ飛んでしまったんです。今回村が襲撃されたのも、元はと言えば若いのが嫁さん欲しさに無茶な人集めをして、魔王様の怒りを買ったのが原因でして……」


「はあ……(薬の確認はいいのかしら……)」


「自業自得とはいえ、仲間は減る一方で困っているんです。ところで店主さんはみたところ独身のようですが……恋人とかいらっしゃるんですかね? オークとかガチムチな感じのオスは好みじゃないですか? 本当に人手が足りなくて困っているんです」


「??? あの、申し訳ないんですけど、私、ここの雇われ店主でして、店を空けるわけにいかないんです。それに私魔人でもないですし、魔界に渡れないと思いますし」


「ほんの少しでもダメですか……? このままでは我々オークは絶滅してしまうかもしれないんです。あの、数日手伝いだけでも来ていただけないでしょうか? いい村なんですよ、林檎などの果物が特産品なんですが、襲撃で畑が燃えてしまって、そちらの復旧にも時間がかかりますし……店主さんは植物の生態にもお詳しいと評判です。どうかアドバイスだけでも……」


 生き残った者も怪我人ばかりで、畑の管理を任していた者も死んでしまってどうしたらいいのかわからない、と言ってうなだれるオークさんを見て、心が痛くなる。


 ひ弱な私一人が手伝いにいったところで何の助けにもならないだろうが、畑のことだけなら少しアドバイスできるかもしれない。家の許可がでるなら、少しだけでも手伝いに行くべきか……。


 そう思って逡巡していると、どうにも薬棚がガタガタうるさい。なにか家が訴えているのかと、黒板を確認しようかと思っていると、オークさんが私の肩に両手を置いて、正面から真剣な顔で訴えかけるように言う。


「我々の境遇を哀れと思ってくださるのなら、少しだけあなたの力を貸してください。魔界へは私が先導すれば初めてでも渡れますよ。雇われ店主といっても、あなたは奴隷じゃないんだ。もっと自由意思が認められていいはずです。理不尽にあなたを閉じ込め独占しようとするのは許されることじゃない」


 オークさんの手は優しいけれどがっちり握られていて振りほどくことができない。さあさあ、と言っていつの間にか店外に連れ出されそうになる。え? 家は許可を出しているの? 後ろを振り返るけど、薬棚がガタガタいうだけでオークさんを放り出す気配はない。


 畑の手伝いと怪我人の治療だけなら、と思うが、先ほどなにやらよく分からないことを言っていた気がする。詐欺だったらどうしようとちょっと不安になってくる。


「あの、ちょっと待ってください。店と相談してからお返事しますんで……っ」


 オークさんが私の呼びかけを無視して抱き上げた瞬間、ドゴオォン! と音を立てて扉が吹っ飛び、兄さんが飛び込んできた。そしてそのままオークさんから私を取り返した。


「こいつは俺のです! 俺のツガイに手を出さないでいただきたい!」


「にいさ……ムグッ」


 兄さんが私の口を片手でふさぎながらオークさんと対峙する。二人の覇気が渦巻いてぶつかりあっているようで、私の目には見えないが強烈な圧を感じて息苦しくなる。


「……店主さんお相手がいらしたんですか? ツガイがいらっしゃるのでしたら最初にそう言ってくださればよかったのに。……でも本当にその方がツガイなんですか? そんな雰囲気ではなさそうですが? 店主さん、実は意に添わないとかでしたら私がお助けしますよ?」


 ぶんぶんと首を振って『ダイジョウブ! 問題ないです!』とジェスチャーすると、オークさんはしばらく私の様子を観察していたが、私が兄さんの懐に隠れるようにオークさんの視線から逃げると、ガックリと肩を落として、ようやく薬箱を手に取った。


「店主さんは我々を嫌悪なさらないようでしたし、こんな綺麗な方が村に来てくれたらなあと期待してしまったのですが、ツガイがおられるなら仕方がないですね。薬をありがとうございます。無理な注文を受けてくださって感謝しています……あの、でももし気が変わったら」


「気が変わることはないのでお引き取りを。薬屋は魔王様から『いかなる制約も受けない』権利を与えられています。薬屋を力で抑えつけようとしたあなたの行為はそれを侵害しています。そもそも女性問題で魔王様に制裁を加えられたというのに、あなたたちオークは再び同じ過ちを犯すのですか?」


「そんな! とんでもない! 薬屋の結界外へ出ないと店主さんが本音を言えないのではないかと思っただけです。店が力ずくでか弱い店主さんを中に閉じ込めているように見えたので、お助けすべきかと思っただけです。でも、あなたのように強いツガイがおられるなら安心ですね。それでは仲間が待っているので失礼します」


 兄さんの口から魔王様の名が出るとオークさんは一気に顔色を悪くしてそそくさと帰って行った。


 私は『まおうさまとかって本当に実在するんだ……』と驚いてただポカンとしていた。

 二人の会話の内容が私の知らないことばかりで、兄さんは本当に魔人になったんだなあと感心する。昔、巣穴でじゃれ合っていた頃の兄さんとは違うんだな、と思ってなんだか兄さんが遠く感じて寂しさを覚えた。




このあともう一話更新します。それで完結となります。

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[一言] オーク滅んだほうがいいのでは?
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