ヴィヴィアナの呪い
あの事件の黒幕と経緯がようやく見えてきたが、まだ証言から推測しただけにすぎない。彼らを断罪するには動かぬ証拠が必要だ。殿下は決して焦らず慎重に協力者を増やしいつか彼らを告発するために水面下で行動し続けた。
だが、不審な死は議長、団長にとどまらず、一人、また一人と議員や第三騎士団の者が異常な形で死んでいった。
ある者は突然泡を吹いて死に、ある者は自ら目に刃を突き立てて死に、またある者は朝使用人が起こしに行くとネズミの大群にかじられて死んでいたという。
議長の孫娘は、社交界にも姿を見せなくなっていて、友人らが屋敷を訪れても門前払いにされてしまうという話だった。
そのうち、彼女が顔中に奇妙なイボができてしまう奇病にかかっていると噂が流れ始める。
噂は事実のようで、国中の高名な医師が何人も屋敷に呼ばれ、治療を依頼されていたようだが、原因も分からず誰も治すことができなかった。
孫娘は、醜くなってしまった己の姿に絶望したのか、議長と同じように、窓を突き破り飛び降りて死んだ。
あまりにも続く異常な死に方に、これはなにかの呪いなのではないかと噂されるようになったが、その噂に震えあがったのが事件に関わった者たちだ。
我々もまだあの事件に関わった者の全員を把握できていたわけではなかったが、当事者たちはあの事件の首謀者がどんどん死んでいくのを目の当たりにして、これは冤罪を着せて処刑したヴィヴィアナの呪いなのではと恐れるようになった。
呪いを解いてほしい、悪霊を祓ってほしいと、身に覚えのある者たちが呪術師などに頼るようになり、それはもう自ら事件の当事者だと自白しているようなものだった。
俺はその人々に接触し、本当に呪いだと思うのならば真実を話してヴィヴィアナの汚名をそそがなければ呪いから逃れられるわけがないと言って聞かせた。もちろん、真相を彼らの口から語らせ罪を償わせるためだ。
何も知らない、としらを切り続ける者もいたが、そういう者が先に死んでいくのを見て、多くの者は震え上がり促されるままに全てを白状した。
事件の首謀者たちが自らの罪を自白したことで、ヴィヴィアナが完全に冤罪であったと証明する事ができた。やはりヴィヴィアナが野菜に毒を仕込んだなどという事実はなく、あの毒見役もまた議長の手の者だったと判明した。
裁判を経ずヴィヴィアナを処刑したのは、彼女はあの歳で薬師の免状を持っていたので、下手に証言をされると計画のほころびを見つけられてしまうかもしれないと危惧したのも理由の一つだという。
ヴィヴィアナは年齢にそぐわない聡明さを持っていて、なおかつ人を惹きつける魅力がある。裁判などして彼女に証言をする機会を与えれば、彼女に味方する者も必ず出てくるはずだと考えた議長は、王宮が混乱しているうちに彼女を処分する計画だったらしい。
陛下が暗殺未遂のショックで冷静な判断力を失っている時に付けこんで、やや強引にことを進めたようだ。
処刑してしまえば、今更違ったと誰もが言いだせなくなる。もう犯人は処刑されたのだからこれ以上調べる必要もないとして、事件はそれで収束するというのが議長の描いた筋書だった。それは実際、議長の思い描いた通りに最初は上手くいっていたのだ。
カレン家は議会と第三騎士団に立ち向かえるほどの力を持っていなかったし、殿下も暗殺の危険があり動きを制限されていて表だって異を唱えることもできずにいた。
他の貴族は特に付き合いもない変人の少女が死んだところで、それほど気に留める者もおらず、他の話題に埋もれていつの間にか忘れさられてしまうところだった。
殿下が助かったのは、使われた毒がヴィヴィアナにも作成可能なものという前提で用意された植物毒だったので、思ったような効果が得られず、殿下を死に至らしめる事ができなかっただけだった。
彼らは本当に殿下を暗殺するつもりだったのだ。
関係者の自白によって事件の真相が全て明るみになり、計画を知って手を貸していた者は皆逮捕された。今度こそ、王太子暗殺と国家転覆をはかった謀反人を捕える事ができ、彼らは裁判にかけられてそれぞれ罪を償うことになった。
ヴィヴィアナの冤罪も晴らされ、王家は正式にカレン家に謝罪をし、彼女の魂を弔うための墓もたてられた。これで彼女の魂は天に召され呪いは解かれたに違いないと誰もが思った。
俺はもとより、ヴィヴィアナがいくら非業の死を遂げたとはいえ、誰かを呪ったりするような人間じゃないと思っていたので、異常な死に方が続いたのは単なる偶然か、ほかにも恨みを買っていただけではないかと思っていた。
暗殺の危険は去ったが、改革を望まない貴族は大勢いて、議長ら旧体制派以外にも殿下の敵は多かった。彼らも直接的ではないものの、議長らが殿下に王位を継がせまいとする考えに賛同していて、ヴィヴィアナの冤罪、殿下の暗殺に関して都合の悪い事は口を噤んでいたのだ。
示し合わせて知らないふりをしただけだとしても、それは殿下に対する反逆だ。そんな彼らを国政に加えるなど許せるはずもなく、俺は殿下とともに彼らを中央から遠ざけるために東奔西走していた。
既に逮捕投獄された人々がどうしているかなど気にも留めていなかったのだが、ある時、収監されていた牢獄の刑務官が殿下に報告をあげてきて、衝撃を受けることになる。
それによると、あの事件の首謀者たちは独房の中でほとんどが病死し、生きている者も精神に異常をきたして意思の疎通もままならない状態だという。
この事実はあっという間に貴族の間に広まり、ヴィヴィアナの復讐は終わっていなかったと、再び人々を震え上がらせた。
情報を聞きつけた町の新聞屋が、おどろおどろしい挿絵を添えた新聞を街で売り出したため、ヴィヴィアナの呪いの話は国中に広まることになった。
「本当に、ヴィヴィアナが悪霊になって復讐していると思うか?」
噂が出回るようになって、殿下はヴィヴィアナの名が悪霊の代名詞として使われていることに心を痛めていた。
「あの少女が悪霊になど……ありえません。あんな穏やかで優しい少女が悪霊になるなど考えられません。そもそも悪霊が人を殺すなど非現実的です」
「そうだな。私もそう思う。だがあの異常な死に方をどう説明する? 誰かが巧妙に仕組んだことだとしても、どうやって殺したのか全く解明されないで死者ばかり増えていく。人知を超えた悪霊か魔物でもなければ不可能だ。私は悪霊説を否定できない」
「では……殿下は本当に、あのヴィヴィアナ嬢が悪霊になって復讐していると?」
「私の知っているヴィヴィアナならば、たとえ霊になっても、冤罪の証拠をもって理路整然と抗議してきそうだと思うがな。だがなあ……憎しみは人を変えるものじゃないか? あんな仕打ちをうけて、憎まない人間がいるだろうか? どんな善人であっても、闇に堕ちてしまうものじゃないか?
……本当にヴィヴィアナの復讐ならば、私も殺されて然るべきだ。私が彼女を巻き込まなければ、彼女は今でも家で野菜を作り、たくさんの生き物に囲まれて幸せに過ごしていただろうに。
……私にもっと力があれば、彼女をあんな目に遭わせることなどなかったのに。誰よりも罪深いのは私だ。呪いが本当にあるというのなら、私の元に来てくれればいいのに」
「直接彼女を殺したのは俺です……。ならば、誰よりも呪われるべきは俺ですよ」
一番恨まれているのは、彼女の信頼を裏切って彼女を投げ落とし殺した俺のはずだ。
それなのにいつまで経っても俺の元にヴィヴィアナの霊は現れず、俺も殿下も死ぬことはなかった。
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