表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/34

謎の不審死



 殿下は数日間意識朦朧としたままだったが、一週間ほどで会話ができるほどに回復した。

 ヴィヴィアナの事を伝えるのは心苦しかったが、この不自然な断罪劇の裏に糸を引いている本当の犯人がいるはずだ。ヴィヴィアナを殺しても殿下の暗殺の可能性はまだあるのだ。


 ヴィヴィアナの死を聞くと、殿下は声を出さずに泣き続けた。そして涙が乾いた時には、殿下の瞳には激しい怒りの炎が灯っていた。


「オリヴァー。私はこの事件を企てヴィヴィアナを陥れた者を必ず捕まえる。恐らく私が罷免しようとしていた貴族院の者たちだろうが、これだけ周到にことを進めているということは、この件に関わっている者は相当数いるだろう。こちらの動きが完全に読まれていた。間者は身内にもいる。いま下手に動けば、今度こそ口封じに殺されるかもしれない。しばらくは療養が必要で政務に復帰できないということにして、私が無害な存在になったと思わせておいて、反撃の機会を窺う」


 恐らくヴィヴィアナが犯人であると証拠もねつ造されている。

 今回の処刑も王命を得てのことだ。再調査をおこなったところでヴィヴィアナの冤罪をひっくり返せるような証拠は全て潰されているはずだ。

 殿下の動きが読まれていていた以上、誰が敵か分からない。もどかしいが、時間をかけて確実に証拠を探さねばならない。


「ヴィヴィアナに罪をかぶせた者を見つけ出し、そいつにこそ凌遅刑にしてやろうじゃないか」


「はい、殿下。必ずや」



 俺は殿下と硬く誓いを交わす。どれだけ時間がかかろうとも、この件に関わった者は一人残らず見つけ出し罪を償わせる。これが俺と殿下が交わした約束だ。

 

 とはいえ、まずは殿下の回復が先だ。命の危機は脱したが、ようやく起き上がれるようになったばかりだ。


 表向き、俺は大人しく殿下の療養にのみ専念し、捜査には関わらないよう過ごしていた。

 カレン家は大罪人を出したとしてお取り潰しとなるはずだったが、殿下が娘の死をもって罪は償われたのだからカレン家は温情を与えよと声明を出したので、カレン家は父親が責任と取る形で当主の座を降り王都から離れ、家督は息子に譲ることで決着がついた。




 そういえばヴィヴィアナがとても大切にしていた温室とペットたちはどうなったのだろうとふと気になり、当時家令を務めていた男を訪ねてみると、不思議な話をきかせてくれた。


 ヴィヴィアナが連行されたあと、捜査と称して騎士団が温室に踏み込んできたのだが、その時にはたくさんいるはずの生き物たちが全て姿を消していた。


 ヴィヴィアナと一緒に生き物の世話をしていた老年の庭師も居なくなっていたので、彼がペットたちをつれてどこかへ逃げたのだろうと結論付けられ、屋敷の中が混乱していたこともあり、居なくなったペットのことなど留めるものは居なかった。

 


 その後、捜査で荒らされていた温室は世話をする人もいなくなり放置されていたのだが、ある時ふと気づくと、ジャングルのようだった温室の中が空っぽになっていたのだ。


 捜査はとっくに終了し顧みる者もいなかったので、いつ誰が運び出したのか分からないが、運び出すには相当な人数が必要なはずなのに、誰もその様子を目撃していない。まるで魔法のように消えてしまったということで皆驚いたが、管理する者も居なくてどうせ枯れてしまうものだったし、盗難にも当たらないとカレン家の人々も届け出をせず放置したという。


 ヴィヴィアナが飼っていたペットたちが殺されていないと知って少しだけホッとした。どうやったのか不思議ではあるが、消えた庭師がなんとかしたのだろうとしかこの時は思わなかった。


 だが、不思議なことはこのことだけにとどまらなかった。

 この事件に関わる者に不可解な出来事が起こり始めたのだ。




 貴族院議長が病に倒れたと聞かされたのは、ヴィヴィアナが処刑されてからひと月ほど経った時だった。


 その頃議長を含む一部の議員たちが、革新派の若い議員たちが不正を働いていたとして次々と断罪していた。明らかに、以前殿下とともに議会に改革をもたらそうと協力していた面々ばかりで、殿下が動けないうちに危険分子は全て排除してしまおうという議長らの意図が透けて見えていた。

 まさに議長らの独壇場となっていて、まだ身動きのとれない殿下は歯がゆい思いをしていた。




 そんな時に中心人物の議長が病で倒れたとあって、これで時間稼ぎができると殿下と話し合っていた矢先だった。

 それでもまさかその議長が死ぬとは俺も殿下も思っていなかった。



 議長は何かから逃げるように屋敷の窓から飛び出し首の骨を折って死んだ。

 病に倒れた、という話だったがどうやら少し前から精神に異常をきたしていたようで、夜中に何度も叫んで飛び起きては暴れ出すという状態だったとのちに知った。



「病気だったというが、あれは何か悪いものに憑りつかれたとしか思えないともっぱらの噂だ。まさか議長が死んでしまうとはな。私の手で処刑してやりたいと思っていたのに」


「罪を暴く前に死なれてしまったのは悔しいですが、これで古参のメンバーたちの独壇場となっていた貴族院の勢いが削がれるでしょう。こちらの体制が整うまでの時間が稼げたので良かったと俺は思います」


 殿下と二人でそんな会話を交わす。

 この時はまだ、議長の死が単なる不幸な事故だとして誰も気に留めていなかった。


 だがこの議長の死は始まりにすぎなかったと、誰もが思い知ることになる。


 第三騎士団の団長が獣に食い散らかされた状態で見つかったのは、議長の死からちょうど半年後のことだった。


 王宮近くの森で、大型の肉食獣など生息していないはずなのに、原型をとどめないほど体はバラバラになっていて、持ち物と嵌めていた腕章でようやく団長だと判明した。大きなかぎ爪で引き裂かれたような傷が見られ、かなり大型の肉食獣に殺されたのだと誰もが思った。

 森に恐ろしい獣がいるのではないかと大騒ぎになり騎士団や自警団が総出で山狩りをしたが、せいぜい狐か山犬くらいしか見つからなかった。


 議長に続きあの事件の捜査の指揮を執った団長までが間を置かずに亡くなって、当初これはカレン家による敵討ちなのではないかと疑われたが、カレン家はヴィヴィアナの処刑にショックを受けた母親があの後すぐ亡くなり、父親は憔悴しきっていて、息子に家督を譲ったあとは王都を離れひっそりと療養している。

 息子も今僻地での仕事に回されて王都からは遠く離れているので、彼らが監視の包囲網をかいくぐってあのような殺し方をするのは不可能だ。

 やはり不幸な偶然が重なっただけだと話が落ち着いたが、恐らくあの事件に関わっていた者は戦々恐々としていたことだろう。




 各方面に多大な影響力を持つ議長と第三の団長が亡くなったことで、こちらも随分と動きやすくなった。あちらの派閥はトップ二人を失って混乱していた。このままこの派閥を支持していても先が見えないと不安に感じた者達が造反してきて、ヴィヴィアナを陥れた事情がようやく見えてきた。


 口を割った者たちの話を総合すると、やはり殿下が貴族院の変革を進めようとしたことがお歴々の逆鱗に触れたことがきっかけのようだった。



 殿下はいずれこの国は立憲君主制に変革していくと語ったが、民の間でも他国の民主化の影響を受け参政権を求める声が商工会などから上がるようになっていた。

 民主化となれば、貴族たちも平民と変わらぬ立場になってしまうとして、一部の貴族はかなりその動きを危険視していたところに、殿下が立憲君主制について、良い制度だと口にしたのを聞いた貴族らが、殿下が貴族制度を廃止するべくうごいている、という誤った形の情報が出回ることになる。

 そしてちょうど殿下が、古参の血統至上主義の議員たちを罷免しようと動いていたことで、貴族制度廃止の話が現実味を帯びて、それを恐れた一部の貴族らが殿下暗殺の計画を性急に押し進めた、と考えられる。



 ヴィヴィアナが犯人にされたのは、何の後ろ盾もなくスケープゴートにするにはちょうどいい人物だったというだけだ。

 それにもう一つ、議長は自分の孫娘を王太子の婚約者に推薦して本人もそれを熱望したが断られたという過去があった。


 ヴィヴィアナが初めて訪れたお茶会にも孫娘は参加しており、あの虫騒ぎで大騒ぎして醜態を晒してしまい、それをヴィヴィアナのせいだと苦情を申し立てていた。

 そのうえ、自分はすげなくされていたというのに、突然殿下と近しくなったヴィヴィアナを、議長の孫娘は目の仇にしていたらしく、どうにか貶めてやれないものかと憚ることなく口にしていた。

 取り巻きを使って彼女の悪い噂を流していたのは有名な話で、近しい者には『消えない傷でもつけてやれば身の程を弁えるだろう』などと、危険な発言を繰り返していた。


 そう言った孫娘の思惑が議長の計画に合致して、ヴィヴィアナが生贄に選ばれたのかもしれない。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ