こうして処刑は執行された
衝撃の言葉を告げられ驚きのあまり足元から血の気が引いていく。
ヴィヴィアナが犯人なわけがない。明日? 処刑? 取り調べは? 裁判はどうしたんだ。こんな異常なことが許されるわけがない。
俺は会議室に居る人々を見渡すが、誰も動揺することなく黙って冷静に議長の話を聞いている。一人も抗議の声を上げないので、俺はたまらず前に出て議長に向かって叫んだ。
「ヴィヴィアナが犯人だという根拠も、確かな証拠もないのに、取り調べもせず裁判もないまま処刑など! 彼女は狂人などではありません! きちんと彼女と話せばそれが皆にも分かるはずです! こんな不条理が許されるはずがありません!」
「王太子暗殺など国家転覆を目論んだも同然だ。通常の裁判を受ける権利などあろうはずがない。お前が何と言おうと決定は覆らない。明日ヴィヴィアナ・カレンを『凌遅刑』に処する」
これにはこの場に居る全員から大きなどよめきが上がった。
凌遅刑とは罪人の体を時間かけて切り刻み長い間苦痛を与えて殺す処刑方法である。
見せしめとしての意義が強く、凶悪な犯罪をおこなった罪人にのみ行われる公開処刑だが、滅多にあることではない。ましてや年端もいかない少女に行うなど正気の沙汰ではない。さすがにこれは皆動揺を隠せないのか、ざわざわと戸惑う声があちこちから聞こえてくる。
俺は議長の足元に這いつくばり懇願する。
「どっ、どうか! それだけは! あのような少女にする仕打ちではありません! お願いです! 陛下はそこまでを望まれているのですか!? 子どもの服を剥ぎ、人目に晒しながら肉を削ぎ殺すようなことを本当にやれと仰っているのですか!? たとえ暗殺を目論んだ者だとしても、子どもを拷問して殺したと民や他国が知ればどう思われるでしょうか! そのようなことは国のためにもすべきではないです! 本当に凌遅刑にするというのなら、私は抗議のためにその場で首を切ります!」
頭を床に擦りつけながら叫ぶと、周りからも同じように『他の方法をとるべきだ』と声が上がる。政務官達が『子どもに凌遅刑は残酷すぎる』と議長に言い、議長と貴族院の面々は顔を寄せしばし話し合うと、結局『処刑方法は再検討する』ということになった。
そして出された結論は『魔の森へ落とす墜落刑』と決定された。
それが最大の譲歩だと言われ、俺はもう黙るしかなかった。刑の執行人となる第三騎士団もさすがに少女の死をみるのは避けたかったようで、遺体も残らないこの方法が採用されてホッとしたようだった。
俺は無力さに打ちのめされながら会議の場を後にした。どう考えてもこれはおかしい。だが抗う術を全て抑え込まれ、どうする事もできなかった。
誰かがあらかじめ書いた筋書きをなぞって事が進んでいるように、何もかもがあっという間に決まってしまった。
会議室にいた議会のメンバーを思い出すと、以前殿下が『老害』と揶揄した者ばかりだった、とふと気づく。
殿下は貴族院の、変化を嫌い身分の低い者を政治に参加させない古い体制を変えたいと言って、そのために動いていた。ヴィヴィアナとの結婚を承諾させるため、というのはきっかけの一つに過ぎず以前から考えていたことだ。
もし、今の立場から降ろされることを察知した議員たちが目論んだことだとしたら……?
浮かんだ考えに背筋が冷たくなる。そう考えるとこの不自然さにも納得がいく。だが、そんな恐ろしい真似を国に忠誠を誓った議員たちがするだろうか? 殿下はともかく、陛下の貴族院への信頼は篤い。本当に立場に固執するのなら陛下に訴える手もある。
殿下の暗殺を目論むのはリスクが大きすぎる。だがどうしてもこのヴィヴィアナを犯人にしたい誰かが作った筋書きがあるように思えてならない。
殿下の容体。ヴィヴィアナの処刑。いくら考えても俺ひとりの力ではどうにもならない。毒の特定の手伝いなどをして駆けずり回っているうちに夜が明けてしまった。
「おい、オリヴァー。お前も執行人の一人だ。魔の森まで半日はかかるから用意をしてこい」
第三の団長に朝そう告げられた。
刑の執行人……。道中ヴィヴィアナが暴れ出さないように俺を連れて行くということか。
「バカな真似はするなよ? この処刑が失敗するようなことがあれば、今度こそ凌遅刑に処すると議長が言っていた。あんな風に殺されるより墜落死のほうがよっぽどましだろう? くれぐれも、余計なことは考えるなよ」
団長に見透かされるようにくぎを刺された。
ヴィヴィアナの舎房に向かうと、憔悴しきった様子で彼女は床に座っていた。政務官が処刑の決定を告げると信じられない、というふうに呆然と首を振る。
粗末な荷馬車にヴィヴィアナは乗せられ魔の森へ向かう。時々すがるように俺を見る以外、彼女はずっと黙って大人しいままだった。
すまない。すまない、ヴィヴィアナ。
一か八か彼女を連れて逃げるか、道中何度も考えたが、もし失敗すれば次こそ本当に凌遅刑にかけられかねない。どうにもしてやれない。どうせ死ぬなら墜落死のほうがマシだろうか。
悶々と考えているうちに魔の森が見える崖にまで到着してしまった。
「お前がやれ。仲良しだったんだろ? せめてためらわずに一思いにやってやれ」
団長が俺に刑の執行を命じてきた。じっと団長を見返すとそっと目を逸らされる。誰も少女を殺す役などやりたくないのだろう。
荷馬車に近づくと、ヴィヴィアナは真っ直ぐに俺を見つめてくる。つい先日まで笑い合ったりした俺をまだ信じてくれているのか、これから俺の手で殺されるとは思っていないという顔をしていた。
彼女の信頼をこんな形で裏切ることになるなんて、俺はなんて無力なんだ。かける言葉がみつからず俺は黙ったままヴィヴィアナを抱き上げ崖へと向かう。
腕のなかにいるヴィヴィアナは崖に近づくにつれ震えが大きくなる。抱き上げた彼女の体は驚くほど軽かった。細くて、柔らかくて、頼りない小さな体。初めて抱きしめるのが、彼女を殺す時だなんて、皮肉にもほどがある。
殿下の言葉は正しかったとここへきてようやく気付く。
俺は、この少女が、好き、だったんだ。
もう何もかも手遅れだけれど。
せめて俺も一緒に死んでやるべきか……。
独りで逝かせるよりマシだろうか、と思って心が揺れる。
いや、やはりまだ死ねない。全ての責任を投げ出して死ぬなどできるはずがない。殿下暗殺を企てた本当の犯人が必ずいるはずだ。そいつを見つけ出し、必ずその罪を償わせてやる。そしてヴィヴィアナの汚名をそそぐまでは死ぬわけにいかない。
崖の端に立つと俺はためらわずヴィヴィアナの体を放り投げた。彼女は驚いたような表情のままゆっくりと崖下へ落ちていった。
それを眺めながら俺は心の中で彼女へ語りかける。
いつか、この事件の真実を暴いて全ての犯人に罪を償わせたら……必ず俺も逝くから。
君を殺した罪を償うために、いつかこの場所から君の元へ逝くから。
届くことのない誓いの言葉を、俺は何度も心の中で繰り返した。
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