急転直下の断罪劇
第三騎士団は貴族院直轄のため、古くからの血統主義の貴族達が多く所属している。
血筋を重んじることなく改革派を積極的に取り立てる殿下に対して、彼らはあまり良い感情を持っていない。殿下が倒れられて、犯人探しに貴族院が第三騎士団を送り込んできたことに不穏なものを感じた。
急いでそちらに向かうと第三の面々となんと貴族院の議長がその場にいた。
「薬師の見立てでは、この野菜をひとつ丸ごと食すと致死量を摂取できるよう緻密に計算されて毒が塗られているらしい。ヴィヴィアナ嬢は手紙に『そのまま丸ごと食べるのがお勧めです』とご丁寧に書いて寄こしている。これは動かぬ証拠となろう。これからヴィヴィアナ・カレンの確保に向かう。王太子殿下を屠ろうとするなど恐ろしい悪魔だ。成人していない少女だからと油断するな。あの者は秘密裏に毒草を栽培し研究しているそうだ。抵抗してどんな手段に出るか分からないぞ」
すでに貴族院議長が指揮を執りヴィヴィアナを捕縛する手順を進めていた。俺は人をかき分け、無礼を承知で貴族院議長の前に飛び出た。
「議長! ヴィヴィアナ嬢はそのようなことをする人物ではありません。その野菜は殿下に供されるまで王宮の調理場に保管されていたのです。ヴィヴィアナ嬢が持ってきたものだからと彼女を犯人とするのは性急すぎます。ヴィヴィアナ嬢が持ち込んだと皆が知っているものから毒が検出されるのも作為的なものを感じます。そもそも彼女が殿下を害する動機もありません!」
「貴様、殿下の護衛騎士か。動機もなにも、あのヴィヴィアナという娘は変人だともっぱらの噂ではないか。頭がおかしいのだろう? お前は殿下の側近でありながらそんな危険人物を何故野放しにしていたのだ! そうやってあの娘をかばうのは、騎士としての無能さと、日頃の怠慢が露呈してしまうからか? それとも何か後ろめたいことでもあるのか? 保身のために余計なことを言って捜査の邪魔をするのなら、お前もいますぐ牢に放り込んでやるぞ」
議長の言葉で第三騎士団が俺の周りを取り囲む。言い返したい事は山ほどあったが、ここで逆らえば本当に投獄されてしまう。ぐっと俺が黙り込み頭を下げると、議長は顎をしゃくって取り囲んでいた男達を引かせた。
「お前が忠誠を誓うのは誰だ? 陛下はミカエル殿下が命の危機とあって、我を忘れるほどお怒りになられている。毒を盛った犯人を必ず見つけ出せと、私は陛下に直接お言葉を賜り、この捜査の全権を与えられている。
本来ならばこの事態を防げなかったお前を含む殿下の護衛どもは今すぐ騎士を辞してもらいたいところだが、側近を大事にしておられた殿下のお気持ちを汲んで、お前にも捜査に協力させてやろう。名誉挽回のチャンスだ。この者らと共にヴィヴィアナを捕縛してこい」
「…………承知、いたしました」
蚊帳の外にされるのは得策ではない。俺は議長の指示に従わざるを得ず、ヴィヴィアナ嬢の捕縛に向かうこととなった。
第三騎士団の団長が、俺の名でヴィヴィアナを呼ぶように言いつけてきたので、それに従いカレン家の表玄関に独りで向かい彼女に面会したいと申し出る。捜査の手が及んでいると気付かれて逃亡されないため、顔見知りの俺を連れてきたのだと団長が呟くのが聞こえた。
なんだか彼らには全ての事が前もって分かっているかのように思え、嫌な予感に襲われる。
俺の名を告げたからか、ヴィヴィアナは自ら玄関に現れ俺を出迎えようとしてくれた。が、彼女の姿が見えると騎士団の男達が一斉に取り囲み問答無用で抑え込み縄で縛り上げた。
突然のことで混乱し怯えるヴィヴィアナはすがるように俺を見る。いくら殿下暗殺の容疑がかかっているとはいえ、こんな少女にする仕打ちではないと怒りがこみ上げ、前に出ようとする俺の腕を団長がきつく掴んだ。
「下手にあの娘をかばうとお前も共犯だとみなされるぞ。護衛の中でお前が一番ヴィヴィアナと親しかったそうじゃないか。疑われるような真似はやめておけ。それよりもあの娘が暴れないようお前が見張りについたほうがいい。子どもであっても、抵抗するなら痛めつけて大人しくさせろと言われているんだ」
突然のことで混乱するヴィヴィアナは縄を打たれながらジタバタともがいている。心臓が締め付けられるようだったが、どうしてやることもできず俺は黙って見ているしかなかった。
両側を騎士に固められヴィヴィアナは乱暴に馬車へ乗せられた。
俺が同乗するのをみると、ヴィヴィアナはあからさまにホッとしたような顔をするので俺は罪悪感で死んでしまいそうだった。
第三騎士団は俺を監視している。下手に彼女に話しかけるわけにいかず、それでも俺がその場にいることで安心した様子をみせる彼女に申し訳なくて、顔を見ることができなかった。
早く疑いを晴らして解放してやらなくては……。
なんとか第三騎士団の捜査に加えてもらい、一日も早く彼女の潔白を証明するのだと心の中で決意し、じっとこの時間を耐えた。
ヴィヴィアナが牢に入れられたあと、殿下の容体をうかがうために治療に当たっている医師と薬師の元へ向かった。医師が言うには意識は朦朧としているが脈はしっかりとしていて呼吸も問題ないとのことだった。
それを聞いて少し安心する。だが同じく治療に当たっていた薬師が妙な事を言いだした。
「毒の種類を調べるために、毒が塗られていたという野菜を渡してもらいたいと言っているのですが、いっこうに渡してもらえんのですよ。あちらで別の薬師が調べているからと言って。ですが私は自分の検出方法でやりたいのでこっちに回してもらえませんか?」
どういうことだとそばに居た護衛の者に問う。
現在、現場の指揮は第三騎士団が執っており、殿下の護衛を担っている第二騎士団はこの事態を防げなかったとして、捜査から外されていて口出しができないらしく、この薬師の要望を第二の者が何度伝えにいっても追い払われてしまうのだ。
「なんだそれは。殿下の治療にあたっている薬師が言っているというのに、現場は何をやっているんだ。分かった、もう一度俺から頼んでみる」
もとより貴族院直轄で選民意識が高い第三と、実力主義で低い身分から殿下に取り立てられた者も多く所属する第二騎士団とは、日頃から相容れない関係で仲が悪い。
だからと言って殿下の治療の妨げになるような嫌がらせなど言語道断だ。俺は急いで第三騎士団の本部へと向かうが、その向かった先で待ち構えていたかのように第三の団長につかまった。
貴族院と政務高官が今会議を開いていて、それに俺も呼ばれているとのことだった。
その前に話を、と言っても聞き入れてもらえず俺は引きずられるように第三騎士団に政務室へ連れて行かれた。
そこには既に貴族院の議員と政務官たちが集まっていた。
執務室に揃った俺と第三騎士団に向かって議長がおもむろに話し始めた。
「我々は調査の結果、この暗殺未遂はヴィヴィアナ・カレンによる単独の犯行だと結論付けた。政治的な思想があるわけでもなく、単に頭のおかしくなった娘が起こした凶行だ。共犯者もいない。これ以上の捜査は不要だ。
殿下が倒れられて、王妃様はご心痛のあまり寝込んでしまっておられる。そのため陛下は、早急にこの事態を片づけて欲しいとのご要望だ。下手人には一切の温情を与えず最大級の苦痛を与えて処刑せよとの王命を出された。
よって異例の事ではあるが、事態終息を最優先とし、ヴィヴィアナ・カレンは明日にも処刑することを決定した」




