人命救助ではない
「えい、よっこいしょ」
溶けかけた男を担いでえっちらおっちらと森を歩いて家の『薬屋』とかかげてある門をくぐる。
お客じゃないこの男を持ちこんで、家に『拒否』されるかなともおもったが、なんてことなく入ることができた。
この家は私が建てたものでもなければ、私のものですらない。紆余曲折を経て魔の森で定住する場所を探していた時に、この家の敷地に迷い込んでしまった。そしたら私は勝手に『薬屋のあるじ』として任命されてしまったらしく、流されるままにここに薬師として住みついている。今思うと、迷い込んだことすらもこの家に仕組まれたのじゃないかと疑うほど、とんとん拍子にここへ囲い込まれた。
どうやらこの家は意志があるようで、『お客』や、私への『訪問者』以外、敷地に入れてくれない。薬屋に害を及ぼすような輩は、最初からここを見つけることすら出来ないのだ。短くない期間この魔の森に棲んでいるが、未だに不思議で謎に満ち溢れている。
居住スペースに男を運び込み、溶けかけの衣服を全て取り去って状態を診る。
死んではいないけれど下半身はだいぶ消化されて色々足りなくなっている。このままではいずれ死んでしまうだろう。
「とりあえず全身に薬をぶっかけとこう」
私は薬棚から、ヤケドや傷跡に使う薬を取り出す。それを男に頭から水薬をまんべんなくかけた。この薬は人間界に居た頃の知識で作ったものだが、魔の森にある材料を使って作ったら傷を治すどころか、とれた腕すら簡単にくっついてしまうような効果百倍みたいな薬になってしまった。魔の森すごい。
時間はかかるが、時間をかけて治療すれば溶けた部分も再生して元通りになるだろう。私はガーゼと包帯を取り出し、ガーゼに薬をしみ込ませて体の全体に張り付けていく。その上から包帯でぐるぐる巻きにしたら男はちょっとした蓑虫のようになってしまった。
処置を終え、男をベッドに横たえて、ようやく一息つくことが出来た。
意識の無い男から定期的な呼吸音が聞こえる。
死にかけとは思えないくらい穏やかそうにすやすやと眠る男になんだかむかついてきたので、包帯ぐるぐる巻きの頭をピシピシとデコピンする。
私は別に慈悲の心や人助けの精神で男を助けたわけではない。
十年前、私は無実の罪で捕まり、反証の機会も弁明の時間も与えられずもっとも重い処刑方法を科せられ魔の森に崖から放り捨てられた。
当時私はまだたったの十四歳。もう一度いうが、たったの十四歳だ。まだ成人もしていないような子どもに、なんの陰謀か知らないが無実の罪をかぶせて挙句証拠隠滅とでも言わんばかりに遺体も残らないようは方法で処分したのだ。これを理不尽と言わずになんという。
遺体を埋葬させてもらえず供養することも出来ないこの刑罰は斬首よりも厳しいものとされる。残された家族はあの後どうしたのだろう。私をあんな目に遭わせた人間界に未練など無いが、家族のことだけは心残りだ。
魔の森に落ちてからいろんなことがありすぎて、生きるのに必死で、正直その辺の事を忘れていたのだが、この男をみて当時の事を思いだして今更ながら怒りが湧いてきた。
別にこの男が刑罰を決めたわけではないのは分かっているが、コイツはいたいけな少女だった私を抱え上げて無慈悲に無表情のまま崖の上から放り捨てたのだ。
そんなわけで、ここで会ったが百年目。せっかくの機会だし出来る事ならこやつに恨み言のひとつもいってやりたい。ただの人間だった私がこの魔の森に捨てられてどんな目に遭ったのか、その全てを語って聞かせて、投げ捨ててごめんなさいと無理やりにでも言わせてやりたい。どう考えても私にはその権利がある。ていうかあの断罪劇はいったいなんだったのか聞いてみたい気もするので、こうしてわざわざ死にかけのコイツを拾ってきたのだ。
とはいえ話せるくらいにまで治らないとどうにもならない。
蓑虫のような男を見下ろして、すっかり忘却の彼方だった昔の自分を思い出す。親の庇護下で、呑気に自分の興味あることだけを見て、世の中は平和に満ちていると信じていた愚かで無知な子どもだった私。
色々思い出すと嫌な気持ちになってきたので、頭を振って頭を切り替えこれからの治療方針を考えることにした。