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絶望的にすれ違う




 薬屋の門がみえてくると、敷地の境界線でオリヴァーが不安そうにこちらを見て立っていた。

 

 良かった、無事だった……。

 

 人間界に残してきてしまったペットたちへの罪の意識は消えないけれど、今度はちゃんと、飼い主の役目を果たせた。そう思うと、少しだけ救われた気持ちになった。



 オリヴァーは私が戻ってこないので心配してくれていたのかもしれない。私の姿をみとめるとホッと緊張を緩めたが、急にギリッと目を鋭くさせこちらを睨んできた。


 なんか怒ってる……? と思ったが、よく考えたら私がパックンちゃんに咥えられているからだ、と気が付いた。

 

 忘れていたけどオリヴァーはパックンちゃんに捕食されて死にかけたのだ。

 消化されかけて途中から意識はなかっただろうが、まるごと食われた記憶はあるのだろう。青い顔で小刻みに震えている。

 パックンちゃんはオリヴァーの存在は無視し、門のそばまで来るとそっと地面に降ろしてくれた。


「パックンちゃん、運んでくれてありがとう。今ケーキは作り置きがないんだ。ナッツのクッキーならあるから今とってくるね」


『イラナイ、早クキズノ手当ヲシロ。ナオッタラ今度ケーキモッテコイ』


「うん……おいしいのたくさん持っていくね」


 パックンちゃんはさっきケーキを貰いに来た~とか言っていたくせに、私を降ろすとさっさと森へ帰って行った。本当に優しいんだから……。


 振り返るとオリヴァーはまだ青い顔をしていたが、あちこち傷だらけでボロボロの姿を見てハッと息を飲んだ。私は彼を安心させようと声をかける。


「大丈夫ですよ、ちょっと蜂に噛まれただけですから薬を塗ればすぐ治ります。それよりも、どうして敷地から出たんですか? 森は危険だと言ったはずです」


 そう言ったがオリヴァーはまだ表情を緩めない。拳を握りしめなにか逡巡するように目線を彷徨わせ唇を震わせている。


「……どうしたんですか?」


「あの食人花は俺を襲ったヤツだ……この森に落ちてすぐにあれが現れて、ほとんど抵抗もできずに背後から食いつかれそのまま丸のみにされた。その後は君に助けられるまで全く記憶がない。

なあ、あれは人を食う危険な生き物だろう? 何故あれが君を運んできたんだ? 何故君は食われないんだ? まさか……食人花は君の使い魔なのか?」


「使い魔? いえ、彼女は友人です。失礼な言い方しないでください」


 私がパックンちゃんを従えているような言い方は止めてもらいたい。私を助けてくれたのも彼女の純粋な優しさからだ。主従でもないし、損得勘定でもない。私の返答を聞くとオリヴァーは青い顔をさらに青くして、苦しそうに顔をゆがめた。


「友人……か。あれは人間を食う生き物なのに、魔物である君にとっては仲間なんだな……。じゃああの食人花が俺を食ったのも、君が指示したことなのか? なあ、どうして俺を助けたんだ? どうして憎い相手をあんな風に優しく手当なんかするんだ……」


「? 今、なんの話をしているんですか? 私とパックンちゃんは対等な関係です。私が何か彼女に指示するなんて有り得ません。何故私がそんな事をしなくちゃいけないんですか……憎い相手ってなんですか? どうして……そんなこと言うんです?」



 オリヴァーの様子がおかしい。どうしてこんなことを言いだしたのかわからない。

 ただ、オリヴァーを手当てしたのは元気になったら恨み言をいってやろうと思ってした事なのは事実だ。純粋な親切心ではなかったと、後ろめたい気持ちがあって、私はすこし言いよどんでしまう。


 その少しの動揺から私の言葉を嘘と受け取ったらしく、オリヴァーは絶望したように膝をついた。


「君はさっき……俺の名前を呼んだだろう。俺は君に名乗っていないのに、君は俺の名を知っていた。ずっと君が誰かに似ていると思っていたけれど、まさかという気持ちが強くて信じられなかった。でもさっき、君が俺の名を呼ぶ声で確信が持てたよ」


 オリヴァーは一度口を閉じて、ごくりと唾を飲み込んだ。緊張からか肩がぶるぶると震えている。


「君は……ヴィヴィアナだろう。十年前、魔の森に落とされ処刑されたはずの、ヴィヴィアナ・カレンだ。俺が君の処刑を執行したんだ。君がヴィヴィアナなら俺を恨んでいないはずがない」


 そう言われてハッと思い出す。森にいるオリヴァーを見て焦った私は思わず彼の名を口走ってしまった。だがたかがそれだけのことで、彼が気づくとは思わなかった。


「私は……人間じゃありません。あなたが言ったんじゃないですか。こんな銀の髪と金色の瞳をした人間はいないって」


「そうだ。ヴィヴィアナは、はちみつ色の髪に灰色の瞳の少女だった。普通の……人間だった。まだたった十四歳の、世間知らずで純粋な子どもだった。そんな子を俺は魔の森に投げ落としたんだ。

魔物がはびこるこの森に落とされて生きて帰った人間はいない。昔、魔界とつながる穴が開いてこの魔の森が出現した時に調査に行った先遣隊が全員肉片となって帰ってきたのは有名な話だ……。それから何度も勇敢な戦士や冒険家が森に向かったが、無事に戻った者はいない。だからなんの力も無い少女が生きているわけがないと思っていた。

いや、やっぱりヴィヴィアナは一度死んだんだろうな……君は確かに魔物だ。陥れた人間達に恨みを晴らすために魔物に成り果てたのか? 俺を……恨んでいるのなら、わざわざ手当なんぞしなくてもよかっただろう! なんで……あんな……」



 魔物に成り果てた? 恨みを晴らすため?


 違う。私がこうなったのは、ただ与えられた命を、ただ必死に生きただけの結果だ。



 確かに恨んでいないといえば嘘になるが、それよりも毎日を生きるので精一杯で、人間界でのことなどほとんどわすれていた。オリヴァーを助けたのも、恨み言をきかせるためと自分に言い聞かせていたが、結局は彼に死んでほしくなかったからだ。

 手当をして、毎日食事を与え世話をすればどうしたって愛着がわいてしまう。憎しみの対象だったはずの相手だと分かっていても、手ずから食事を与え美味しそうに食べる姿を見てしまえば憎み続ける事は難しい。


 私はとっくにオリヴァーの事を許していた。

 彼と向かいあって食事を食べて笑い合うと、胸がじんわりと温かくなった。少し伸びてきたアッシュブラウンの髪をわしゃわしゃと撫でるのが好きだった。ボロボロで死にかけていたオリヴァーの体がだんだん回復して元気になっていくのを見ると満たされた気持ちになった。


 どんな生き物でも飼ってしまうと結局大好きになってしまうのが私の悪いクセだ。そんな相手を傷つけるなんて私には無理だった。

 

 こんな瞬間に、自分の本当の気持ちを自覚してしまうなんて、なんて私は愚かなのか。



「確かに私は、かつて人間で、ヴィヴィアナという名前でした。いわれのない罪を着せられあなたに崖から投げ捨てられた、あの少女です。あなたを助けたのも、あの時私がどれだけ辛かったかあなたに聞かせてやりたいと思ったからで……でも私が魔物になったのは……」


 別に恨みや憎しみで魔物になったわけではない。そう言おうとしたが、オリヴァーの声で遮られた。


「み、認めるのか……! そうか……そうだよな。だが、当然だよな。あんな理不尽な形で殺された人間が恨まないはずがない。……あの事件で君を陥れた者達はほとんど死んだ。生きていても正気を失っていて、いっそ死んだほうがマシだと言われるような有様だよ。

ヴィヴィアナを陥れた者達が次々と不審な死を遂げていって、最初はただの偶然だと誰も気に留めなかったが、あの事件の主犯が全員死に絶え、牢番やただ口を噤んでみぬふりをした者にいたるまで全て死ぬか正気を失うかして、ついに『あれはヴィヴィアナの呪いだ』とささやかれるようになったよ。

呪いなんてものが存在するとは思えない、誰かが巧妙なやり方でそう見せているだけだと、ずっと俺は否定し続けてきたが、やはりあれは君の復讐だったんだな……。

でも、復讐ならもうこの十年でやり尽くしたはずだ。最後に残ったのは処刑を担った俺だけだ。

俺が一番、君に恨まれていたんだな……分かっては、いたけれど……もう、でもこんな俺を生かしておく意味はないだろ? もう……終わりにしてくれよ」


「?……なにを言って……?」


 ほとんど死んだ? 誰が? オリヴァーは何の話をしているのだろう? 訳が分からなくて戸惑っているとオリヴァーが素早く動いた。

 私の腕をつかみ腰に下げているナイフを目にもとまらぬ速さで抜き取る。さすが元騎士だ、なんの抵抗も出来ずに得物を奪われてしまった。


 オリヴァーは私の右手にナイフを持たせ自分の首に当ててみせる。


「頸動脈はここだ。横に切るだけで済む。君を魔物に堕としてしまうほどの憎しみだったんだろうけど、小さな蛾の命も大切にするような優しかった君が、いたぶって人を殺すような姿をみたくないんだ。勝手なことを言うけれど、復讐は俺で終わりにしてほしい。俺の死で区切りをつけて、憎しみから解放されてほしいんだ……」


「だから何を言ってるのか……やめ、やめて! 放して! 危ないからっ……」


 怪我が完治していなくとも元騎士のオリヴァーの力は強い。

 必死に抗うがナイフの切っ先はもう首の薄皮を切って血が流れている。オリヴァーは本気だ。力を緩めれば本当に首を掻っ切るつもりだ。彼を殺してしまうかもしれないと、私は蜂に襲われた時よりも恐ろしくてガクガクと体中の震えが止まらない。

 力で負け、ナイフがさらにオリヴァーの首に埋まった時、私は泣き叫んだ。


「いや! いやああああっ! 止めて―――っ!」




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