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まずい、死ぬかもしれない



 オリヴァーはなんの装備もせず無防備に森に出ている。杖を渡したせいだ。立てるようになって、歩く練習を始めたばかりだったから、外に出られるほど歩けるとは思っていなかった。

危ないって言ったのに! とオリヴァーを責めたい気持ちが湧き上がるが、これはそういう事態を想定していなかった、飼い主である私の責任だ、と思い直す。


……鎖で繋いでおくべきだった!


 もしここで獣にでも襲われたらひとたまりもない。




 私は慌てて森を走りオリヴァーの元へ必死で駆ける。藪をかき分ける音が響き、オリヴァーがこちらに気が付いた。

 

「オリヴァーさんっ! 敷地から出てはダメですっ! 敷地の外は結界が無いので森の生き物に襲われます……っ」


 私が叫ぶとオリヴァーの表情が凍りつき、さあっと顔色を失った。


 よろけるように後ずさって、後ろにある木に音を立ててぶつかる。

 そのぶつかった木が、今年蜂が巣をかけた場所だったと気が付いた時にはもう遅かった。




 巣を揺らされたことで戦闘蜂が飛び出してきてしまった。蜂は中型犬くらいの大きさがあり、巣を守る戦闘蜂は特に凶暴で、一度怒らせたら手がつけられない。

 今はまだ斥候が出てきただけで戦闘態勢に入ってはいない。探るように蜂は木の周囲を飛び交っているだけだ。とにかく身を低くし刺激しないように巣から離れてって……。



「……うわあっなんだっ!? バケモノ……蜂なのかっ? これは!?」



 ……遅かった。


 巨大な蜂に驚いたオリヴァーが大声で叫んでしまった。すかさず蜂が警戒音を出して仲間に敵が来たと知らせる。巣から次々と蜂が飛び出してきてしまい、もう穏便には済ませられない状況になってしまった。


 戦闘蜂が針を出しながらオリヴァーへと襲い掛かる。

 私は腰にぶら下げていた殺虫液の袋を掴み、蜂へ向かって投げつけた。


「ギチギチギチッ!」


 袋は蜂に命中し殺虫液が周囲に飛び散った。オリヴァーの周りにいた蜂達も殺虫液の匂いに怯んで一旦彼の近くから離れた。


「オリヴァーさん! 今すぐ門の内側へ全力で走ってください! 早く!」


 私がそう叫ぶとオリヴァーは足を引きずりながらも必死に敷地へと急いだ。なんとか無事に門の中に入ったのを見届けると私も藪に紛れるようにして走り出した。一匹殺してしまったので蜂の標的は私に移ってしまった。追いつかれる前に逃げなければ。


 藪をかき分け身を隠しながら逃げるが、空からの追跡を撒くのは難しいかもしれない。家に解毒剤はあっただろうか? 二、三匹刺されるのは避けられないかもしれない。刺されて意識を失ってしまったら蜂に食われてしまう。なんとかして敷地に逃げ込まないと。



 ガチッ! ガチッ! と大顎を鳴らしながらすぐ側まで蜂が迫ってくる。

 背中から食いつかれて押さえつけられたら勝ち目がない。すぐ後ろにいるのとは戦うしかない。


 走りながら採取用のナイフを手に取り、さっと振り返る。真後ろにいる蜂は避けられずに私にぶつかってきたので、体当たりしながらナイフを突き刺した。


「ギギギギギッ!」


 一発で仕留められず、瀕死の蜂は私に向かって針を伸ばしてくる。

 足で蹴り飛ばしてナイフを引き抜き、身をひるがえして、さらに襲い掛かってくる蜂へナイフを突き刺した。だが刃先は蜂の体をかすめただけで致命傷は与えられず、蜂は私の首筋めがけて食いついた。


「あああ!!!」


 とっさに腕を間に入れ、手甲を噛ませ首を守るが、大顎で噛みつかれ地面に倒れてしまう。そのまま上に乗られて私は動きを封じられてしまった。


 蜂は捕まえた私に毒針を突き刺そうと針を伸ばしてくる。ここで刺されてしまえば動けなくなってしまう。必死に足で蹴り飛ばし刺されるのを防ぐが、押さえこまれたまま周りを見ると多数の蜂達が頭上を飛び交ってこちらに向かってきている。



 これは……かなりの危機的状況かもしれない。あれだけの数に襲い掛かられたら、さすがに死ぬかも。

 自分が死ぬ未来図が見えて冷や汗がどっと噴き出す。なんとか拘束を逃れようとナイフを振り回すが抑え込まれているため蜂の体まで刃先が届かない。蜂達は私に群がり今にも集団で襲い掛かってこようとしている。


 まずいまずいまずい、本当にまずい。もう突破方法が思いつかない。ここでこんなふうに死ぬのか私は。死が目前に迫り私はパニックに陥った。


「いや……っいやあああああっ!」


 ただ叫ぶだけしかできない自分に絶望しながら、恐怖で思わず目をギュッと瞑る。




「ギシャアアアアアア!」


 突然体が浮いて、蜂から解放された私は地面を転がった。何が起きたのかと驚いて見上げると、赤と白の水玉の食人花が蜂と次々と捕食していた。


「パックンちゃんっ!」


 友達の食人花、パックンちゃんがむしゃむしゃと私に群がる蜂達を、よく噛まずに飲み込んでいく。蜂達は突然現れた天敵に慌てふためいて、もう私そっちのけで我先にと逃げ出している。



 パックンちゃんが私の周囲にいた蜂をあらかた食べ終わった頃には、追いかけてきていた他の蜂は全て巣に逃げ帰っていた。


 パックンちゃんはお腹いっぱいなのか、ゲフッと大きなげっぷをした。私はぜえぜえと息を吐きながらパックンちゃんに声をかける。


「あ、ありがとう……パックンちゃんが助けてくれなかったら、本当に死んでた……」


『ベツニ助ケテナイ。蜂ヲタベタカッタダケ』


「パックンちゃん虫あんまり好きじゃないじゃない。よく噛まないで飲み込むと消化に悪いよ」


 素直じゃないなあ。パックンちゃんは口ではツンな事を言うくせに、怪我をした私を気遣って葉っぱの腕で抱き起こしてくれる。優しい。毒針はほとんど刺されていないけれど、噛まれた傷が思ったより深いみたいだ。

 倒された時に腰を打ったみたいで、立ち上がるのに苦労していると、パックンちゃんがひょいと私を咥えて歩き出した。


「え、もしかして家まで送ってくれる?の?」


『オヤツモライニキタ。ハヤク家ニ帰ッテケーキヨコセ』


「優しいなあ、もう……」


 パックンちゃんはそんな事を言いながらも、私に歯が当たらないように気を遣って優しく運んでくれる。



 彼女と出会った時は、パックンちゃんと私の関係は捕食者とエサだった。


 けれどちょっとしたきっかけで共存関係を築くことができて、それから会うたびにちょっと話をしたりおやつを分け合ったりするようになった。

 パックンちゃんは食人花にしてはグルメで、甘い果物や野菜をよく好み、虫は食感がキモいから好きじゃなくて、肉は野鼠を時々食べるくらい。彼女について知っているのはそれくらい。

 パックンちゃんにとって私は、多少利用価値がある、場合によっては餌くらいの存在なのかと思っていた。友達だと思っているのは私だけだと思っていた。


 でもこうして私を助けてくれたってことは、パックンちゃんも友達だと思っていてくれたのかな? そう訊ねてみたい気がしたが、きっと聞いても『チガウ』っていうだろうなと思ってやめておいた。





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