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平和な日常はいつまで?





「なあ、手の包帯も取れたし何か俺にもできることないかな? ずっと世話になっているばかりじゃ申し訳ないし」


「うーんじゃあそのソラマメととうもろこしを網の上で焼いてもらえます? ソラマメは鞘が黒くなってじゅうじゅう泡が出てきたら火からおろしてください。それ今日のおやつです」


「わ、わかった。え、まるごと焼くの? でかいなーなんだこれ。俺の知っているソラマメととうもろこしじゃないな……」


 手の傷が良くなるとオリヴァーは暇を持て余したのか料理の下ごしらえを手伝ってくれるようになった。食事が野菜と穀物中心だからすぐお腹が空いて早く食べたいだけかもしれないが。

 魔の森の植物はどれもこれも人間界にあるものより三倍くらい大きい。巨大な野菜を見るたびオリヴァーは子どものように驚いて笑っている。昔より多少老けたが、こうして屈託なく笑う顔はむしろあの頃よりも幼く見える。



 王太子の護衛騎士でエリート中のエリートだったオリヴァーが何故魔の森に落ちたのか、十年のあいだに人間界で何か人生がひっくり返るような出来事に見舞われたのだろうか。

 記憶にあるより頬がやつれたオリヴァーの横顔を盗み見ながらふと物思いにふける。


「なあ、焦げ目がついてきたけど、もう焼けたのかな?食べていいか?」


「ああ、いいですけど、マグマのように熱いですよ。ソラマメはサヤを剥いて中身を食べてください。とうもろこしはこのままでも美味しいけど、バターを少し塗ってもいいです」


「ああ、わかった! いただきま……あっつ!!!」


「いわんこっちゃない。舌やけどしました?ほらべーして」


「いや、ダイジョウブだ。ソラマメ美味いな! ホクホクでとろっとしている。いくらでも食べられそうだ。あ、アンタこそ熱いだろ? 俺が剥くよ」


 オリヴァーは私を『アンタ』とか、『君』と呼ぶ。何故なら私が名前を教えないからだ。私もまた、彼に名前を尋ねていない。お互い名無しの関係のまま今まで来ている。


彼はすっかりこの状況に適応しているが、これまでの事もこれからの事も何も語らない。そもそも私は彼を助けたが、その後の約束は何もしていない。もし傷が治ったら彼はどうするつもりなんだろう。


 足の再生は順調に進んでいる。すっかり元通りになった時、私は本当に自分の素性を明かしてあの時の恨みをオリヴァーにぶつけるのだろうか。

 



 あちあち、と言いながらソラマメを食べるオリヴァーの隣に座り、私はヘラを使って焼いたとうもろこしを芯からほぐす。大きい粒を口に放り込むと、ぷちっとはじけて香ばしい香りと甘い汁が口に広がった。


 うまい。ものすごくうまい。夢中で食べているとオリヴァーも『俺も食べたい』と言って手を伸ばしてきた。塩とバターをからめたほうは甘じょっぱくてこれもまたたまらなく美味しい。


 仲良く焼き網を囲んでアツアツを食べていると、昔のことが全て嘘みたいに思える。


 オリヴァーは夢中でソラマメととうもろこしを食べている。私と目が合うと『うまいな!』と言ってにかっと笑った。出会った頃はもっと硬い表情ばかりだったので、そんなあけっぴろげな顔をされてしまうと、どうしたらいいか分からなくなる。



 なんだか無性に泣きたいような気持になって、誤魔化すように横を向く。そんな私に彼は気づくことなくまだソラマメのサヤと格闘していた。

 

 そんな彼の姿をみて、この顔が苦しみでゆがむのを見たくはないなと思ってしまう私がいる。


 でもそれじゃ何のために助けたのか、私を殺した事をそんなに簡単に無かったことにしていいのか、あの時の悲しみを忘れることができるのかと、いつも気持ちは堂々巡りだ。



 どうして答えが出せないんだろう?

 復讐するか、しないか。

 二つに一つじゃないか。どちらかを選ぶだけなのに、どうして私は決められないの?

 

 ……自分がこんなに優柔不断だなんて、知らなかったわ。



 いずれにせよ、傷が完治した時こそは、選ばなければならないのだ。

 

 だから…………うん、その時に考えよう。


 




***



 その日、薬屋の黒板に久しぶりに大量の発注が入った。

 回復薬、五十本を明日までに納品、と恐ろしい数に私はヒエッと叫び声をあげてのけぞった。


“どうしても急ぎだと言うので、なんとか頑張って作ってください”


 黒板には無情にもそう書かれていて、絶対に明日が納期らしい。普段それほど無理な注文を家が入れてくる事は無いのだが、なにか注文主に事情があったのかもしれない。

 明日までに作る場合の時間を逆算し手順を脳内で組み立てる。

 あ、ダメだ今すぐフル稼働で取り掛からないと間に合わない。





「というわけで私は材料集めと薬の作成で明日まで居住スペースに戻りません。食料庫から自分で適当に食べてください」


 徹夜になるかもしれないんで、とオリヴァーに告げると、彼は困ったようにこう言ってきた。


「俺はもう自分のことは自分でできるし気にしないでくれ。それより、何か手伝えることはないか? 俺だけのんびり過ごすなんて申し訳無いし、なにかあれば言ってほしい」


「うーん……じゃあ私が材料集めに行っているあいだ店番していてください。まあたぶん誰も来ないでしょうけど、お客様きたら名前と注文を聞いておいてください」


「そんなことでいいのか?分かった」


 事前に発注もなく突然お客がくることはめったにないけれど、もし来た場合、無駄足にさせてしまうと申し訳ない。

 ただ、お客様はみな魔物なのでオリヴァーが人間だと知れないほうがいいだろうから、顔を隠して接客するようにと言い聞かせた。

 オリヴァーは少し前から歩く練習をしている。足は完全に再生しているが、筋力が衰えているのでまだ支えが必要だ。店番するのなら、居住スペースを行き来できるように杖を渡しておく。



「じゃ、いってきます」



 開店中の札を下げ、薬屋の門をくぐって私は森へと入っていく。

 敷地を出れば家の結界の外なので、危険な生き物に遭遇しても家に守ってもらえない。そのために私は森に入る際は様々な対策を常に講じている。

 まず獣対策として、イチ兄さんの抜け毛で作った尻尾をぶら下げている。森の食物連鎖の頂点にいるオオカミの匂いをさせていればまず襲われることはない。


 そして獣と同じくらい危険なのが昆虫たち。この森では蟻ですら子犬くらいの大きさをしているので、集団で襲われたらひとたまりもない。幸い虫の生態には詳しいので、巣がありそうな場所はなるべく近寄らないようにして、靴や上着には虫よけの香を焚き染めてある。


 それでも襲われた時のために腰に殺虫液をぶら下げているが、わざわざ刺激しなければ襲われたりしないのでそれは一度も使った事が無い。そのほか、腰にぶら下げているバッグには、眠り薬や麻痺薬、傷薬などいざというときのために携帯している。




 回復薬はもともとただの栄養ドリンクのつもりで作ったのが、例によってとんでもない効果を発揮してしまった。

 死ぬ病が治ったぞと、サンプルをあげたお客様がお礼を言ってきて、それ以来口コミで知れたのか取扱いリストに載せてないのに注文が入るようになったので正式に商品にした。


 

 回復薬につかうものの中に、一つ厄介な材料がある。人間界では幻の植物と言われた高麗人参だ。


 森で偶然、図鑑でしか見た事がないそれを見かけて感動した。

 実物を見たこと無いので、それが本物なのかいまひとつ確信がもてなかったが、葉の形や花で高麗人参のはずだと思い採取することにした。

 動き出す様子も無いので力いっぱい引っこ抜いたら突然叫んでびったんびったん暴れ出した。意思の疎通もできないのでしょうがなく鉈でぶっ叩いてだまらせた。


 随分エキセントリックな人参だなーと思って持って帰り素材として使ってしまったのだが、それを使って作った栄養ドリンクはとんでもない効果を発揮してしまった。


 高麗人参が生えていそうな木の根元を中心に森を巡ると、すぐに見つかった。もっと時間がかかると思っていたから、今日は運がいい。


 高麗人参はこうして地面に生えている時は普通の植物のようで、他の動く植物のように喋ることも攻撃してくることはない。ただ引っこ抜いたときにメチャクチャ叫んで暴れまわる。

 獣を呼び寄せてしまったりして厄介なので、これまで色々試してみたが酒で酔わせるのが一番安上がりで簡単だと気が付いた。

 酒の入った瓶を取り出し葉の上からまんべんなく振りかける。

 しばらく待ってから引っこ抜くと、高麗人参はべろべろに酔っぱらってしまっているので『きゃぁ~……』と小さく鳴くだけだ。酔いがさめる前に鉈で叩いてとどめを刺しておけばもう叫びだすことはない。


 他の材料も無事採取できたので私は休憩もすることなく急いで家に戻ることにした。

 歩きっぱなしで疲れていたが、時間も無いし、なにより店番に置いてきたオリヴァーが心配だった。


 家の近くまで戻るとなんだか森がざわざわと騒がしい。

 


 なんだか嫌な予感がして走って戻ると、なんとオリヴァーが家の敷地から出て杖を突いて歩いていた。




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