楽しい食料採集
「あ、私はちょっとこれから外出しますけど、お昼には戻ります」
食料庫の在庫が心もとなくなってきたので、そろそろ森の遠くまで回って色々食材を調達したい。薬屋のほうは滅多にお客がこないので在庫切れの心配はないが、念のため薬草の調達もしておきたい。
オリヴァーの足はだいぶ再生がすすんでいる。手の包帯はそろそろ取れそうだ。
元通りになるのもそう遠くは無い。治ってからの事を考えなくてはならない時期にきているのに、私は考えることから逃げている。
口数の少ない私に、オリヴァーが物問いたげな表情を浮かべる。その視線から逃げるように、私は立ち上がって出かける準備を始めた。彼の表情を見たくなくて、振り向かず玄関に向かう。
上着を羽織って薬草採取用の籠を背負って、ふと玄関にある鏡に映った自分を見た。
銀の髪にオオカミを思わせる金色の瞳。
あまり鏡を見る習慣が無いから、たまに自分の姿が目に入るとギョッとする。
はちみつ色の髪に灰色の瞳だった、人間のヴィヴィアナはもういない。
ただ必死で毎日を生きていたら、いつの間にか人間を辞めていて、髪は銀色に変わり、瞳もいつの間にか金色に変化していた。肌も色が抜けてしまって今は真っ白になっている。親であっても今の姿では私と気づかないだろう。
実際、オリヴァーも私がヴィヴィアナだったとは気付いていない。
実は私が魔物になったヴィヴィアナだと告げたら、彼はどんな反応をするのだろう。
仇にどう思われようと構わないはずなのに、それを気にしている自分に嫌気がさす。
……また考え込んでしまった。うん、とりあえず先の事は置いといて、まずは食料調達に集中しよう。
食い扶持が増えたから、食料も多めに調達しなくちゃいけない。エンドウマメは今が旬だし今年は豊作だからたくさん分けてもらえそうだから、まずそこからまわろう。
「すいません、豆ちょっとわけてもらっていいですかー?」
巨大なエンドウマメの生息地で、声をかけてからサヤを間引くように摘み取っていく。エンドウマメはくすぐったそうにツルをウゾウゾと動かしている。
昔は食うか食われるかの命がけで食料採集をしていたのだが、ある時立ち枯れ病に見舞われているエンドウマメに出会った事がきっかけで、この辺り一帯に生息している食べられる植物たちと取引をして、私が食べる分を平和的に分けてもらえることになった。
「エンドウさん、そろそろ土地を移動しましょうか。次はモロコシさんの土地に引っ越しましょう」
「ワカッタ」
エンドウマメ達は本来気性が荒く、昔は豆を取ろうと近づくとを容赦なくツルで引っ叩かれたものだ。だが、この地域一帯に住むエンドウたちと出会った時、彼らは病気に見舞われ全滅寸前だった。見るに見かねて私は恐る恐る彼らに話しかけたのが、出会いのきっかけだ。
『あのー僭越ながら、エンドウマメさん達立ち枯れ病にかかっておられますよ。このままじゃ全部枯れちゃいますよ』
『ビョウキ。ナカマカレタ。ミンナカレル。モウダメダ』
『土地を移動して植え直せばまた元通りになりますよ。みたかぎり、連作障害です。エンドウさんずっとここに生息していたんでしょう? 恐らくそれによる弊害です。この場所がいいのなら、土地を改良してまた住めるようにしますけど、いったん移動しないと全部枯れてしまいます』
『ホントカ?モトドオリナルカ?』
『なります。あの、そこで提案というか交渉なんですが、エンドウさん達の治療のお手伝いをする代わりに、たくさん実ったら私が食べる分だけ、エンドウマメとかサヤを分けてもらいたいんですけど……』
『ホントウニ治療シテクレルナラ、ソレクライワケテヤル』
『交渉成立ですね。じゃ無事な個体と豆さんだけ移動しましょう。トウモロコシとか、ナスとか、他の野菜とも同じく契約できたらいいんですけどねえ』
『オマエガ病気ナオシタラ、クチヲキイテヤッテモイイ』
『ほんとですか、それは助かります。なら、トウモロコシさんの生息地と交代出来たりしませんか?他の野菜とも順繰りに土地を回っていけばお互いにとって利益になるはずなんです』
『ワカッタ』
そうして私はエンドウマメさんの口利きでここらへん一帯の野菜と契約する事が出来た。
平和的に食料が調達できるに越したことはない。有難いことに今のところ食料に困ったことはない。
「ちょっと多めに頂いてもいいですか?サヤだけじゃなく熟した豆も欲しいんですけど」
「イイゾ、ヴィーノオカゲデナカマタクサンフエタ」
昔、庭師のおじいさんについて農園を手伝ったことが役に立った。本の知識ももちろんあるが、立ち枯れ病など実際目にして病変を確認していたからそのほかの野菜たちに起きる病気や障害についても正しくアドバイスすることができた。昔の自分が肯定された気がして、満たされた気持ちになる。
無事マメを貰えた私は他の野菜たちの様子を見に足を延ばす。私のアドバイスや手伝いを必要としている植物ばかりではないが、エンドウさんをはじめ、病気から回復した方々が『アイツ、割と使えるやつだぞ』と口コミを広めてくれたおかげでここらへん一帯はみんな私に友好的だ。攻撃されることはまずないし、実りが多い時は沢山野菜をわけてくれる。
「ニンジンさん、お変わりないですかー?」
「ミンナノビテキテチョットセマイカラ、マビイテイイゾ」
「もろこしさん、美味しそうに育ちましたねえ」
「シカタネエカラソノチイサイノ一本モッテイケ」
「ソラマメさんも次は別の土地に移動しましょうかー」
「豆ワケテヤルカラ移動ヲテツダエ」
野菜を貰えない時もあるけれど、今日は沢山もらえて籠がいっぱいになった。余所を回る余裕はもうないのでこのまま家に帰ることにした。食い扶持が増えたから助かるなあと思いながら重い籠を背負って家路を急ぐ。
家のそばまで来たとき、誰かが門の前に立っているのが見えた。
「―――兄さん!」
「ヴィー、元気にしていたか。最近顔をみていないから心配になって寄ったんだ」
そこに居たのは銀色オオカミの魔人で、魔の森で私にとっての義理の兄であるイチ兄さんだった。