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飼ってみると可愛く見えてくる不思議





「なあ、あの薬はただの人間の俺が飲んでもいいものなんだろうか? あ、いや治療してもらっているのに文句をいうわけじゃないんだが、あまりにも刺激が強い飲み物だったから、逆に死ぬかと思って驚いたんだ」


「人で試すのは初めてなんで確かな事は言えませんが、まあ人間界にもある薬草で作っているので大丈夫なんじゃないですかね? はい、じゃあ包帯も換えましょう。欠損した手足を見るとショックが大きいでしょうから目隠ししときますね」


「えっ!? ちょ、そういや気付かなかったけど、俺包帯の下裸じゃないのか? ちょ、ちょっと待って、君は見た目通りの性別と考えていいのだろうか!? あの、俺は男なんで……! 魔物とはいえ婦女子に着替えをムグッ」



 ごちゃごちゃうるさいので目隠しのついでに猿轡をして口も塞いでおいた。オリヴァーは手足の自由がきかないので私の力でも簡単に抑え込める。むーむー唸るのを無視して包帯をしゅるしゅるとほどいていく。


 右手はほとんど食われていなかったので欠損はない。左手は少し欠けているがすぐ使えるようになるだろう。足は……まあだいぶ足りないけど。といってもすでに新しい組織が再生を始めているので、新しい足が生えてリハビリをすれば半年くらいで歩けるようになるんじゃないだろうか。

 そういえばアレは……。ちらっと股間をみるが、正直完成図が分からないので、どの程度欠損しているか想像がつかない。オオカミの兄弟のしか見た事がないけど、それと比較してもだいぶ足りないような気がする。うーん。


 ……ま、いっか。たぶんそれなりに再生するだろう。


 ソコの部分については深く考えない事にして、薬を含ませた布を傷口に張り付け新しい包帯を巻いていく。綺麗な蓑虫が完成したらまた簡易ベッドに横たえて寝かせてやる。


「はい、終わりました。食事もすませましたし、ねんね……じゃなかった少し寝ましょう。大丈夫、すぐ良くなりますよ。あ、おしっこ大丈夫です?」


「っ……! っ……!」


 他人に裸に剥かれたのがよっぽど恥ずかしかったのか、オリヴァーはこっちを向いてくれない。何か声にならない叫びが聞こえる。無理に抑えつけたからさすがに怒ったようだ。



 そういえば昔保護した動物たちも、嫌がる動物を保定して傷を治療すると最初はものすごく憎まれ嫌われた。


 治療しなければ死んでしまうから、君のためなんだなどというのは私の身勝手なエゴに過ぎない。噛まれて引っかかれて、それでも一生懸命世話を続けていると、だんだん撫でさせてくれるようになったり、私を信頼して体を預けてくれるようになったりする。その瞬間はやっぱり堪らなく嬉しかった。


 このオリヴァーも治療と世話を続けるうちにもしかしたら魔物だと思っている私にも心を開いたりするのかな……。仇のオリヴァーが懐いたら、私はそれを嬉しいと感じてしまうのかな……。




 急に黙ってしまった私を不審に思ったのか、オリヴァーがおずおずと話しかけてきた。機嫌は直ったらしい。



「あの……すまないが俺は薬代を支払えないんだ。動けるようになったら仕事をさせてもらえないか? 働いて返すしか今の俺にはできなくて」


「あ、ああ。薬代は気にしなくていいですよ」


「いや、そんなわけには……」


「保護した動物に、助けてやったんだから恩を返せなんて言います? あなたが助けを求めたわけでもないですし、これは私の自己満足なんですから、あなたは大人しく私に飼われていればいいんです」


「か、飼う? 動物? 俺は君にとってペットか何かなのか……?」


「うーん、そうですね。たまには変わった毛色の生き物を飼うのもいいかな。元気になったら帰してあげますけど、それまではあなたは私のペットです」


「ペット……そうか……俺、君にとってはペットなのか……あーそうか……だからか……」


 あ、オリヴァーが死んだ魚みたいな目になってしまった。誇り高き騎士様がペット扱いされてショックだったんだろう。ちょっといい気味だ。落ち込む姿が叱られて耳がぺしょーんとなった犬のようでちょっとかわいいと思いながら、短い髪をカシカシと掻いてやる。するとさらに落ち込んだようでうなだれてしまったが、手を振り払うことはしなかった。


 顔は見えないが、オリヴァーの耳はトマトように真っ赤だった。




***



 それから数日は同じ事の繰り返しで、オリヴァーに食事を食べさせ、薬を飲ませ、傷を消毒し包帯を取り換える。


 オリヴァーは私に色々質問したがったが、適当にはぐらかしているうちに何も訊かなくなった。魔物である私の機嫌を損ねることはまずいと思ったのか、包帯を取り換える時も抵抗はしないが何かに耐えるようにプルプルしていた。

 風呂に入れられた犬みたいだ。諦めきった様子が可愛く思えてつい笑ってしまう。


 食事もオリヴァーの回復に合わせてだんだん固形食になってきたが、何を出しても皿の前で嬉しそうにして、食べると『オイシイ!』という顔をするのでこちらも嬉しくなってしまう。なんだかもうオリヴァーのぶんぶん振る尻尾のまぼろしが見える。

 


 どうも私の悪い癖だが、最初は怪我の治療だけ、元気になるまでと保護した生き物に餌付けして毎日世話をしているうちに、苦手だと思っていた生き物でも可愛くてしょうがなくなってしまうことがある。


 私は幼い頃ネズミにかじられたことがあったので、ずっとあの姿形すらも苦手だったのだが、ある時死にかけた子ネズミを放っておけなくて恐々保護した。

 餌付けして、怪我の手当てをしてやって顔を突き合わせているといつの間にかネズミの事が大好きになっていた。あの毛のない尻尾も、最初気持ち悪いと思っていたはずなのに『このにゅるんとした感触が好き……』と思っている自分に気が付いて愕然としたことがある。


 まあ、とにかく自分の庇護下にあるものを嫌い続けることは、私にとっては難しいようだ。

 


 嬉しそうに私の作ったご飯を食べるオリヴァーを見ていると、どうにも可愛く思えてしまう。

 コイツは私を殺した男だ。いずれネタ晴らしをして恨みつらみをぶつけてやるつもりだったのに、こんなに可愛いとなんだかそれもやりにくくなってきた。



 もう今更じゃない? 十年も前のことだし実際忘れていたくらいだし、オリヴァーにあの時の恨みをぶつけても別にすっきりしなそうじゃない?

 むしろ濡れた犬みたいにぺしゃんこになって落ち込むオリヴァーを見たらコッチが悪者みたいじゃない? ホントに復讐とかするの? 止めとけば? と頭の中で、面倒くさがりの自分が囁いてくる。

 

 でも、死んでしまった人間のヴィヴィアナが、『本当にそれでいいの? あの時の辛さを無かったことにしていいの?』と心の中で叫んでいる。


 冤罪をかぶせられ、無残に殺された可哀想なヴィヴィアナ。生きることに必死で恨みや悲しみは置いてけぼりだったけれど、忘れたわけじゃない。あの時の事を無かったことにしてしまったら、死んでしまったヴィヴィアナの悲しみはどこにいけばいいの?


 相反する自分が心の中でぶつかり合う。

 

 そっとリビングの扉を開けてオリヴァーを見ると、毛布をぎゅっと抱いて、すやぁ……と子どものような顔で眠っている。とてもつい先日死にかけていた騎士様とは思えない。非常に呑気そうな寝顔だ。

 


 ……なんで被害者の私がこんなに悩まなきゃいけないのかしら……。



 軽い復讐でもしてやろう、なんて簡単に考えていたけれど、誰かを憎んで相手を傷つけようとするのって、すごく気力と体力が必要で大変なことなんだなあ……。


 深く考えずに、その場のノリみたいにオリヴァーを拾ってきてしまった事をちょっと後悔した。





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