表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/34

平和な薬屋生活……から、現在

***


 台所の床に寝転がり一夜を明かすと、黒板には新しい文字が書かれていた。


“おはようございます”

“傷薬を十本作って用意しておいてください”


 はい、もう驚かない。とりあえず顔を洗おうと思い、外にある井戸へ向かう。裏庭には整備された畑があり、そこには多種多様の薬草が植えられていた。


 この薬屋の敷地は石を積み上げた石垣で囲まれている。石垣の向こう側にいる危険な植物は何か見えない壁があるかのように隔てられていた。

 やはり結界があるのだ。だから以前、兄さんにはこの家が見えなかったのだろう。


 改めて魔の森というのは不思議な場所だと実感する。

 この家もまるで私が来ることが分かっていたようだった。

 薬屋は『あるじ』を亡くしてから後任の『あるじ』を待っていた。

 そこに偶然私が訪れた。そして私には偶然、人間だった頃に学んだ薬学の知識があった。

 この薬屋にあった薬種は私がよく扱っていたものが多く揃っていたので、昨日突然薬を出してくれと言われても対応できた。

 

 これは……偶然、なのだろうか。


 なんだか全ての事が出来過ぎているような気がする。

 私がここに来るように、最初から仕組まれていたかのようだ。

 よく考えると、ただの人間だった私がこんな魔の森で上手い事生き延びた事も不自然に思える。

 この森そのものが誰かの作った箱庭で、私はその中で上から動かされているんじゃないだろうか?

 

 

 私は、自分が人間だった頃に家にあった温室を思い出していた。

 温室には私が集めた多種多様な植物が所狭しと並べられ、そこでたくさんの生き物が飼われていた。生き物に合わせ育てる植物を変え、生き物はそれぞれがケンカしないように隔てて作られたあの温室は、私の都合で詰め込まれたまさに箱庭だった。

 

 この魔の森も、まるでそんな風に誰かが作って管理しているみたいに感じる。



 ただの人間だった私が魔の森で生き延びたのも、独り立ちしてここへ訪れたのも、森を作った誰かが駒を動かすように私を操作して、導いたのだろうか。

 自分の意志で動いていると思っていたが、全ては誰かの掌の上なのかもしれない。

 

 

「だったらもう、悩んでもしょうがないな……」


 私が誰かの駒ならば、悩もうが抗おうが全ては無駄だ。もう諦めて与えられた世界で、与えられた命を日々を精一杯生きればいいじゃないか。そう思うと気が楽になった。


 顔を洗って部屋へと戻る。また黒板の文字は更新されていた。


 “開店時間にお客様が薬を受け取りに来ます”


 先ほどの作るよう指示があった傷薬のことだ。私は朝ごはんに昨日もらったオレンジを食べ、店へと向かう。




 これが私の日常になるのだと思いながら薬棚を開いた。








***



『薬屋のあるじ』になってしまうと、ずっと昔からここでこうして住んでいたかのように、ここでの暮らしに私は馴染んだ。

 毎日決まった時間に起きて、食事を作り家と店を掃除し、発注があれば薬を作る。それ以外は薬草を乾燥させたり加工したり、食料を探しに森へ行ったりと、忙しくも穏やかで平和な日々だ。

 

 

 薬を買いに来るのはヒト型の魔人で、この森のどこにそんなに魔人さんが住んでいたのかと面食らうばかりだった。

 だが何度か会ううちに、顔見知りになった魔人さんに聞いてみると、彼らはわざわざ魔界から泉を抜けて買いにきてくれているそうだ。魔界にある薬屋や魔女の店よりもここのほうが近いし安いしマトモな商品が売っていると言っていた。


 代金は、魔界のお金をもらっても仕方がないので、薬の代金として食料や衣服などをもらうことにしている。魔人さん達は『そんなものだけでいいのか?』と言ってこちらが望んだもの以外に石鹸や菓子など色々おまけをつけてくれる。

『薬屋』は薬を求めるお客さん以外は足を踏み入れることができないので、危ない目に合う事も無い。私の『薬屋のあるじ』としての生活は、とても恵まれていて穏やかな日々だった。




 そう、私を殺したあの男が魔の森に現れるまでは。





***

 

 ひさびさに昔の夢を見てしまって、ずいぶん魘されたみたいで起きた時は寝汗でべしょべしょだった。


「もう十年も前のことなのにね……」


 今でこそ思い出すことも少なくなっていたけれど、オオカミの巣穴で暮らしていた頃は、断罪され崖から落とされるまでの出来事を追体験するように鮮明な夢をみて、恐怖で飛び起きることもしょっちゅうだった。

 そんな時は必ずイチ兄さんがそばにいてくれて、ガッチリと抱き込んで私の涙が止まるまで頬を舐めてくれた。そうやってそばにいてくれる家族が居たから、私はあの体験を乗り越えられた。

 

 だから、昔の悪夢をみても今はもう泣いたりしない。

 

 私は起き上がって顔を洗い、汗でぬれた寝巻を脱ぐ。


 そういえば、昔の夢をみたおかげでようやく男の名前が思い出せた。

 

 なんだっけかなーと昨日思い出せなかったのだが、あの男はオリヴァーと言う名だった。


 そう、あのオリヴァーに投げ捨てられ、オオカミに拾われ、いつの間にか薬屋のあるじに任命され、図らずも家と仕事を確保できて、今ここに至る。


 ……思い返してみると随分遠くまで来たものだ……。

 すっごく苦労して辛酸を舐めたんだ! とでも言ってやりたいとこだが、よくよく考えると全然苦労してないな私。オオカミのお母さんには散々甘やかされていたし。



 

 支度を整えリビングに向かうと、朝日が差し込む部屋ですやすやと眠る蓑虫……もとい、オリヴァーが気持ちよさそうに寝ていた。

 なんかちょっとイラッとして、頭をつんつんとつついて遊んでいると、目が覚めたようでカッ!と目を見開いた。

 そしてそのまま私を見上げて硬直しているのでとりあえず朝の挨拶をする。


「おはようございます。昨日から飲まず食わずですし、とりあえず何か食べましょう。まずはスープだけで、食べられるようなら少しずつ固形物にしていきましょう」


 更に目を見開いて驚くオリヴァーは何か言いたそうであったが、構わずよっこいせと抱き起こし背中にクッションを入れる。パックンちゃんの消化液で内臓もやられているかもしれないと思ったので、野菜スープを濾したものを用意してみた。

 

 「あっ……あの、君は、ムグッ」


 木のスプーンをオリヴァーの口に突っ込む。

 んぐ、と飲み込んだのを確認してもうひと匙すくって口に持っていく。


「はい、あーん」


「あ、イヤ自分で……ムグ」


 匙を差し込むと条件反射でごっくんするオリヴァー。自分で、と今言いかけていたようだが、彼の手は包帯ぐるぐる巻きでちょっとした棍棒のようになっている。どうやったって匙が持てないのだが気づいているのだろうか。

 指摘するのも面倒なので問答無用で匙を口に差し込む。

 

 ひょい、ぱく、ごっくん。ひょい、ぱく、ごっくん。

 

 どうやら口にあったようで、積極的に口を開けて匙を待っている。なんだろう、昔、巣から落ちた子を保護して育てた雛鳥を鮮明に思い出す。

 野生の雛鳥が人の手から餌を食べてくれるか不安だったが、すぐに慣れてちいちいと鳴いて餌をねだるようになったあの子は可愛かったな……。

 馴れさせすぎてしまって、巣立たないという事態になってしまい、結局あの子は家のペットになった。

 こうして匙で食べさせているとオリヴァーも雛鳥に見えてくるから不思議だ。



 あっという間にカップ一杯のスープはすぐ飲み干してしまった。ちょっと物足りないのか、空になったカップをみて若干しゅんとしている。その様子がますます雛鳥に似ていてちょっと笑ってしまう。


「もっとスープ飲みますか?胃が大丈夫そうなら、パンもちょっと食べてみます?」


「ああ……何から何まで世話をかけて申し訳ない。もう少し頂けるだろうか」


 スープに少しのパンを浸したものを持ってくると、嬉しそうな顔になり、もうためらいなく口を開けて待っている。ちょっと素直すぎやしないだろうか。まあ私の事は魔人だと思っているだろうし、傷ついた体で逆らうだけ無駄と諦めているのかもしれない。


 パクッと匙をほおばる姿は完全に雛鳥。スープを吸って柔らかくなったパンは割と食べごたえがあるはずなのにこれもぺろりと平らげてしまった。


 胃腸も大丈夫そうだし、この分なら早く回復するだろう。おかわりしてもスープ二杯ではまだ物足りないようだったが、あまり食べ過ぎても傷んだ体には負担になる。もう無いよ、と首を振るとなんとも物悲しそうな顔になる。きゅ~ん、て空耳が聞こえてきそう。


 そういや飼っていた犬も、食べ終わった器をいつまでも未練がましく見ていたなあ……と思いながら、よしよしと頭を撫でてやるとオリヴァーはなんとも不思議そうな顔で私を見上げた。

 ぱちっと目が合うと、何かを考えるように私の顔をまじまじとみつめて、ためらいがちに問いかけてきた。


「君は……魔物、なんだよな?人間と変わらない姿の魔物がいるんだな……いや、でも銀色の髪に金の瞳を持つ人間なんていやしないか。でも君の顔が俺の知り合いによく似ている……なあ、君は……」


「さて、薬の時間ですよ。経口摂取すると足の再生が早まりますので、まずいですけど我慢ですよ」


オリヴァーの言葉を遮って私は薬を取り出す。


「あ、すまない。ありが、ムグッ!……おごっ……!うげえっ」


 傷の再生を促す水薬は殺人レベルでまずい。抵抗されることを想定していたので後ろから羽交い絞めして口に押し込む。オリヴァーは青くなったり赤くなったりしてもがき苦しんでいたが口をふさぐといやいや飲み下した。



「はい、お薬飲めましたね。いい子いい子」


「オエェ……いやあのいい子って、そういうのちょっとあの……も、申し訳ないが少し離れてもらえると……」


 わしゃわしゃと頭を撫でているとオリヴァーが苦情を言ってきた。しまった、そういえば羽交い絞めしたままだった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ