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私はこうして薬屋さんになりました(過去)



 私とてこれまでただ茫洋と、流されオオカミ生活を送っていたわけではない。

 この日のために出来得るかぎりの準備をコツコツしてきた。

 動物の歯を加工して小さなナイフを造り、皮を加工してバッグや水筒のようなものも準備した。バッグに乾燥させた果物や干し肉を詰め、私は住み慣れた巣穴を出た。


 お世話になりました! と意気揚々と旅立とうとする私に、ニイ兄さんとサン兄さんは『お前そんなに弱いうえにアホなの? 死にたいの? 独りでとか無理でしょ?』と最後まで呆れ顔だったが、それでも私の意志は固いのだ、と言うと残念な子を見る目でしぶしぶ送り出してくれた。

 お母さんとイチ兄さんはその後ろで黙って見送ってくれた。


 

 偉そうな事を言って巣立ちを決めたが、何かアテがある訳ではない。

 だけどお母さんや兄弟たちと狩りで森をまわることで危険な個所や穏やかな動植物の群生地がどこにあるのか地理が頭に入っている。危険な植物や動物から見つからないように身を隠して生きれば何とかなるんじゃないかと思って、まずは安全な土地に居住まいを構えようと決めた。


 

 以前から南の地に気になる場所があったので、調査のためにそこへ行きたいと思っていたのだ。


 魔の森の中心部には魔界につながる泉ある。以前イチ兄さんの背中に乗りながら森を駆けている時、木々の隙間からその泉の近くで家のようなものが見えたことがある。


 こんなところに家???


 魔の森のなかで、人間界でみるような建築物なんて一度も見た事がなかったので驚いたのを覚えている。

 イチ兄さんに『家!? 兄さん、赤い煉瓦の家があるよ!』とその場で叫んだが、『そんなもん無いぞ』と言われてしまった。目の良い兄さんが見落とすわけが無いし、何度も確認したのに兄さんにはそれが見えないようだった。

 なんで兄さんには見えないんだろう?なにか目くらましの術がかかっているのだろうか……? ということは魔人さんが住んでいるのかもしれない。

 


 ……だったら会ってみたい!!!


 そりゃそう思うよね? 私は思いました。そういうわけで巣立ちしたら真っ先に訊ねて行ってみようと決めていた。

 危険な生き物が居ない道を慎重に進んで森の中心部を目指す。以前は自分の足で歩いてきたわけじゃないので場所は確かじゃないし、二、三日はかかることを覚悟して進んできたのだが、それは意外なほどあっさり見つかってしまった。むしろ歩きやすい道を選んで来たらほぼ一本道で到着した。



 砂利で整備された細い道が突然目の前に拓けて、その先に木造の簡素な門が建っており『くすりや』の看板が掲げてあるのが見えた。

 

 薬屋……さん、のようだ。


「こんにちは~……」


 そっと門をくぐり敷地内に入ると、以前遠くから見えた赤い煉瓦の家がそこにあった。薬屋さんならお店のはずだし、私が入って来たからっていきなり殺されたりしないはず……と、恐る恐る扉を開いたが、こじんまりした店内には誰の姿も無かった。


 カウンターの向こうはガラス瓶が棚に所狭しと並んでいて、分銅を使う年季の入った大きな秤が置かれている。店の奥に内扉があるので、店舗の向こうに居住スペースがあってそこに店主がいるのかもしれない。私は声を上げて店の奥に呼びかけた。


「すいませーん!お邪魔してまーす!どなたかいらっしゃいませんか~」


 何度も呼びかけたが、誰も出てこないし誰か居る気配もない。留守のようだが施錠もせず不用心だなと心配になる。

 薄暗い店内にはランプがひとつ灯ったままになっているので、店主はほんのちょっと席を外しているだけなのかもしれない。カウンターにあるスツールにちょっと腰掛けさせてもらって、しばらく待つ事にする。



 しばらく腰かけたままぼんやりと店内を眺めて過ごすが、一向に店主は帰ってこない。


 出直すか、と考えていると『カランカラン』とドアベルが鳴り響き誰かがはいってきた。

 ようやく店主が帰ってきた! と笑顔で振り向くと、そこにいたのはパリッとした詰襟のジャケットに深緑のマントを羽織った、すらっと背の高い何とも上品な紳士が立っていた。

 わあ、いけめん。でも顔は鳥……! 嘴の大きい鳥……!


「……ハシビロコウ……さん……?」


 図鑑でしかみたことのない幻の鳥、嘴が特徴的なハシビロコウという鳥にそっくりのお顔をしていらっしゃるヒト型の魔人さんが堂々とした姿勢で立っておられた。

 呆然とする私に構うことなく、ハシビロコウの紳士はゆったりとした動作でマントの金ボタンを外して脱いで、壁のコート掛けに美しい所作でかけた。

 そしてぐるっと店内を見渡し、最後に固まったままの私に視線を合わせると渋い声で話しかけてきた。

 

「ああ、やっと『薬屋』が開店してくれた。前の店主が居なくなってからずっと休業で困っていたんだよ。君は新しい薬屋の主だね? さっそくで悪いが、胃薬を処方してくれないか?」


 わあ、声までいけめんですね……じゃなくて、なんか訳の分からないこと言われたぞ。


「あの、いえ、私、ただの通りすがりでして、誤解させてしまってごめんなさい、私はお店の者じゃないんです」


 薬屋の主と言われた気がするのでアワアワと挙動不審気味に否定する。誰も店に居ない状態で私だけが居たらそりゃ誤解するだろうが、そもそも開けっ放しで席を外す店主も悪いと思う。

 違う、と言われてもハシビロコウさんは可愛らしく小首を傾げ、観察するように私を見てこう言った。


「いや、君が『薬屋の店主』になったから、薬屋が開店したんだろう? 店主が居ないとこの薬屋は店が閉まったままどこかに行ってしまうんだから、君が『店主』で間違いない。この店がそう決めたんだから君が店主なんだよ。ああもう薬を早く頼むよ。胃薬だ。食べ過ぎに効くのがいい。食い意地の張った子でね……困ったものだ」


「えっ??? はい???」


 ほら早く、と急かされてカウンターの内側に追いやられる。ハシビロコウさんはカツカツと足を踏み鳴らし若干苛立っている。これ以上無理だのなんだの言って待たせると殺されそうな気がする。鋭い眼光で私を睨んでいるし。

 私は腹を括って棚に並ぶ瓶のラベルにざっと目を通す。


「あの、お薬を飲まれる方はお子さんですか?」


「いや、違う。成人女性だ。昨日食べ過ぎたのか、もたれて若干胃が痛いそうだ。ああ、魔物用じゃなく人間用の処方でいい。弱い子なんでね、穏やかな効き目のものにしてほしい」


 棚を見ると薬となる植物などを乾燥させたものが瓶に詰められている。庭師のおじいさんは医者から薬を買うとべらぼうに高いからと言って大概の不調はその辺の野草で全て治していた。ここはもうその知識でなんとか乗り切るしかない。

 


 私は棚から乾燥生姜とリコリス、柑橘の皮、シナモンが入った瓶を取り出し、シナモン以外は刻んで混ぜる。それを小さな袋に移したものをハシビロコウさんに恐る恐る渡してみた。


「穏やかに効く薬茶にしてみました。……ポットにこの中身を入れて頂いて、熱湯を注いで蒸らしたあとお茶としてお飲みになってください。食べ過ぎということですから、これで多少スッキリすると思います、けど……痛みが取れないのならお医者さんにかかっていただくことをお勧めします」


「おお、そうか。ありがとう。支払いはいくらになる?」


「支払い……! えっと、どうしましょう? ど、どうしたらいいですか……?」


 お金の事を全く考えていなかった。おろおろしているとハシビロコウさんは『やれやれ』と言いこう提案してくれた。


「前の店主は物々交換でも薬を売ってくれたな。値段を決めていないなら物で払ってもいいぞ」


「物……ですか。では何か食料を頂けると助かりますが……穀物ですとか、果物とか野菜とか……」


「なるほど。では後程こちらに届けさせよう。では、薬をありがとう」


 ハシビロコウさんはそう言うと扉を開けて艶のある美しい緑のマントをはためかせあっという間に飛び去ってしまった。


 断りきれなかったとはいえ、勝手に店の物を使った上にその代金をせしめたりしてしまった……本物の店主が現れたら絶対に殺される気がする。


「……お店の人帰ってきたら、謝ろう」


 やってしまったものは仕方がない。自分が悪いのだから諦めて叱られるなり殺されるなりしよう。そう腹を括って店の椅子に座ってじ―――っと待ったが、やはりいつまでたっても店主は帰ってこない。窓の外を見るともうとっくに日が暮れて月が高い位置に上っている。もう帰ってこないんじゃなかろうか……。



 でもそういえばさっき、あの魔人さんが変な事を言っていたなとふと思い出す。


 私が『薬屋の店主になったから店が開店した』とかなんとか……。そう言えばこの店に入って来たときに、ランプに火が入った気がした。見間違いかと思ったが、この『家そのもの』が魔物だったりする可能性を全く考えていなかった。

 ここは人の常識が通用しないと分かっていたはずなのに、うっかりしていた。慌てて立ち上がり店から出ようと扉に手をかけたが、ドアノブが回らない。


 家から出られないとか、ひょっとしてウツボカズラの魔物とか……?


 ……これ絶対逃がさないぞ、と家に言われている気がする。これはやっぱり捕食されたんじゃなかろうか。このまま消化されるんじゃないかと恐ろしいイメージが浮かんで冷たい汗が背中を伝う。

 その時、『キイッ』と扉がきしむ音がしたので音のしたほうへ振り向くと、店の奥にある居住スペースへと続く扉が開いている。そして灯りがついている。怖い、怖いから。


 恐る恐る居住スペースへ入ると、そこにはこじんまりしたキッチンがあり、二人掛けのダイニングテーブルが置いてある。奥には暖炉がありその近くには二人掛けくらいの小さなソファ。狭いけれど居心地が良さそうな部屋だった。


 ふと見ると、台所のパントリーの前にかけられた黒板に文字が書き込まれている。


“初めまして、新しい『薬屋のあるじ』さん”


 ……怖い怖い! 誰が書いたのコレ。完全に誰か居るこの家。


 恐ろしくてキョロキョロとあたりを見回す。ふと黒板を再度見ると先ほど書かれている言葉と変わっていることに気が付いてヒエッとなった。黒板にはこう書かれていた。

 

“先ほどの薬の代金が玄関に届いています”


 あっハイ。分かりました。ダメだもうコレ。『魔の森あるある』の不思議現象くらいに思わないとメンタルが死んでしまう。誰かいるとかそういうレベルじゃなく、もうこの家そのものが意志を持った『なにか』なのだ。


 黒板の指示通りに玄関の外を見ると、大きな籠と麻袋が置いてある。籠には大きなオレンジとブドウが入っていた。麻袋の中身を見てみると中身は挽いてある小麦だった。さっきのお客さんが本当に代金としてもってくれたようだ。有難く部屋に運び込むと黒板にまた文字が更新されている。


“明日は十時に開店です”

“おやすみなさい”


「はい……おやすみなさい。また明日……」


とりあえず捕食されたわけではないらしい。じゃあ……まあいいかぁ。

 独り言のように返事をつぶやき、頂いたブドウをとりあえず食べた。おいしかった。




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