仇を拾いました
食人花のギザギザの口元からにょっきりと人の腕が生えている。
いや、生えているんじゃないな。食人花に人が食べられているんだろうな、と思い直す。
こんな魔の森になんで人間がいるんだろうと私は首をかしげた。
人間界から見て谷底に広がるこの魔の森は、魔獣と異形の植物であふれている。人間達にとって禁忌の場所であり、一歩でも足を踏み入れれば魔獣に食い殺されると言われ恐れられている。実際魔の森から帰還した人間は私の知る限り存在しない。そんな場所に普通の人間が自分の意志で入り込むことなどまず有りえないのだ。
魔の森とはいえここもギリ人間界なのだが、大昔に森の真ん中に魔界への通り道が開いてしまい、その入口から漏れ出る魔素のせいでこの谷底に広がる森の動植物達が異形の生き物に変質してしまったらしい。
こんな魔の森になんで人間が迷い込んじゃったのかなー私みたいにポイ捨てされた罪人か何かかなーと考えながらモグモグしている食人花に話しかけてみた。
「パックンちゃん。それ、美味しい?」
『アンマリ美味シクナイ。苦イシ臭イ』
食人花のパックンちゃんは赤と白の水玉顔をしかめながら答える。
パックンちゃんと私は、以前森で私がパックンちゃんに捕食されそうになった時にパックンちゃんの虫歯を見つけて抜いてあげた事をきっかけに仲良くなった。それ以来、私はパックンちゃんの歯磨きを定期的にしてあげ、そのお礼に私はパックンちゃんの花の蜜を分けてもらっている。所謂WIN-WINの関係ってやつだ。
今日も蜜を貰いに歯ブラシと瓶をもって来たところ、パックンちゃんは食事中だった。魔の森じゃ滅多に見かけない人間を捕食中だったというわけで、私はパックンちゃんからにょっきり飛び出た腕を眺めながら、はあ、とため息をついた。
『食人花』という名は人間が勝手に名づけた呼び名だ。実際魔の森に生息する食人花はめったに人を食べない。そもそも魔の森に人が迷い込むことが滅多にないから食べる機会がない。居ないものは食えない。
普段は鳥や地ネズミといった小動物をみつけて食べたりもするが、木の実や果物なんかも食べるし、パックンちゃんはたまに私があげるおやつも食べたりしている。食人花は雑食なのだ。
しかし困った。普段木の実や果物を好んで食べるパックンちゃんの蜜は良い香りがしてとても美味しいのだが、苦いし臭いという人間なんかを食べて蜜の味は大丈夫なのだろうか。
変なものを食べて蜜がまずくなったら困る。今日はパックンちゃんの蜜をたっぷり使ったケーキを焼こうと思っていたのに。
私はまずそうに咀嚼するパックンちゃんに話しかけてみる。
「ねえ、パックンちゃん。まずいならペッ、したほうがいんじゃない? お腹壊すといけないし」
『ジャア、ペッ、スル』
やっぱりあんまり美味しくなかったのか、パックンちゃんは私の言葉に従い食べかけの人間をオエエ~と吐きだした。
口から出てきたそれはパックンちゃんの消化液で半分溶けかけていたが、良く見ると騎士の鎧を着た男性のようだった。足から食われたようで下半身はもうデロデロで見るも無残だが、上半身はまだかろうじて形を保っている。このまま放っておいてもいいのだが、なんか汚らしいし虫が湧くとイヤなので土に埋めるかと思ってその人間に近づくと、まだ溶けていない顔が目に入った。
ん……? よーくよーく見ると、なんかどっかで見た事あるような顔な気がする。昔の知り合いかなと気になったので、ひっくりかえしてじっくりと観察してみた。
年のころは三十くらいだろうか。騎士の鎧は溶けかけているものの随分立派なものを身に着けている。なんかエライ人だったのかもしれない。体が資本の騎士の割にはがりがりに痩せていて頬がこけている。髪はほとんど溶けてしまっているが、くすんだアッシュブラウンなのだろうと判別できる。顔は……顔もだいぶ溶けてるな。でも左右対称の整った造りの気がするから、溶ける前はイケメンだったのかもしれない。デロデロの顔をじーっと見て溶ける前の顔を想像する。
割とイケメン……アッシュブラウンの髪……知り合いに居たかなあ……。
「あ」
脳内で構築した顔が記憶と合致する。
見覚えがあるなんてもんじゃない、むしろなんですぐ気づかなかったのか。
忘れようにも忘れられない。崖から私を魔の森に突き落としたアイツの顔。
何の感情もこもらない瞳で私を見下ろすヤツの顔がゆっくりと遠ざかっていく光景は瞼の裏に焼き付いている(といいつつ今の今まで忘れていたが)。
「コイツ、無実の罪で断罪された私を魔の森に捨てた男だわ」
私を魔の森に突き落とした男が、十年の時を経てなんだか知らんが自分も落ちてきてしまったらしい。