第4章 20話 再戦
「……行ったな」
「うむ」
「一人で行かせてよかったのか?爺さんの弟子なんだろうが」
「ワシら程度が同行しても邪魔にしかならんよ」
「随分と彼を買っているんだな」
「シモンの実力はワシらよりも遥かに上じゃよ。お主も思い知ったであろうが」
「まあな」
気が無さげに短く答えると、ジークフリードは立ち上がった。
「爺さん、俺は行ってくるぜ」
「どこに行くつもりじゃ?」
「勿論、古竜を見に行く」
「お主、それは約束が違うじゃろうが!」
バルタザールは色をなしてジークフリードに詰め寄った。
リーデン王家と繋がりがあるジークフリードにここでの古竜とのやり取りを見せるのは、決して喜ばしいことではなかった。
「爺さんはリーデンに情報が漏れるのを心配しているんだろう?それなら大丈夫だ。俺はもうリーデンには戻らんからな」
「どういうことじゃ?」
「この件が片付いたら、俺はこの大陸を離れるつもりだ」
「なんと……」
バルタザールは驚きに目を見張った。
外海を渡った先には、この大陸の他にもいくつかの大きな大陸があるという。しかし、荒れ狂う外海を渡れるような船は大陸全土を見渡しても数えるほどしかない。自由に大陸間を行き来できるのは、渡り鳥くらいのものであろう。
「パナシエでエルダートレントを狩っていたのは、自分の船を造るためか」
「その通りだ」
「何故じゃ?この大陸にいれば、お主なら金も地位も思いのままじゃろうが」
「そんな物に興味は無い。俺の望みは、誰も見たことのないものを見ることと、誰も行ったことのない場所に行くことだ」
「やれやれ、お主は若い頃から変わらんの。根っからの冒険者という奴じゃ」
「最高の誉め言葉だな」
ジークフリードは楽しそうに笑って頷いた。
「ここに来たのも好奇心を満たすためか」
「ああ。流石の俺も、竜の巣にはまだ潜ったことがなかったからな」
「当たり前じゃ。普段なら王族以外立ち入れない聖域じゃぞ」
「折角二度と来られない場所に来ているんだ。ここまで来たら、その主である古竜を見てみたい。そのためなら命を失っても構わん」
「ほんに冒険バカじゃな」
バルタザールは呆れたように肩をすくめた。
ただ、彼も好奇心に駆られて魔術の研究に没頭してきた男。ジークフリードの気持ちは十分すぎるほど理解できた。
そして、遂にバルタザールも腰を上げた。
「ふむ、ならばワシも付き合うとするかの。お主を一人で先に行かせるのは少々危なっかしいからのう」
「もう子守がいるような歳でもないんだがな」
金級冒険者の二人はシニカルな笑みを見せあうと、シモンの後を追って竜の巣の最深部へと進んでいった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
師匠とジークさんの二人と別れてから10分ほど歩いただろうか。僕は古竜が待ち受ける大広間に足を踏み入れていた。広々とした空間の中央に古竜ユリシーズが佇んでいる。僕の訪れを待ち受けていたかのように、その眼はしっかりとこちらを見据えており、周囲に圧倒的な威圧感をまき散らしている。
《やはり戻ってきたか、当代の聖人よ》
僕の頭の中に重々しい声が響いてくる。古竜の念話だ。
《哀れなことよ。善なる心を持つが故に、聖人は我から逃れることができぬ》
「哀れなのは、聖人殺しに利用されている貴方のほうです」
《…………!》
「確かに貴方はこれまで何人もの聖人を殺めてきのたかもしれない。でも、それは貴方の意思ではなかったのでしょう?」
《…………》
「でも、それもここまでです。僕が必ず貴方を救ってみせる!」
僕は身体強化を一気に最大レベルに引き上げて、僕は猛然と古竜に向かって突進した。
それに対し、古竜は口を大きく開けて息を吸い込み始める。古竜の喉の奥が青白く輝くと、僕に向かって超高熱の息が放射される。
「爆発!」
古竜が放った灼熱の息が僕の身体に届こうとしたまさにその瞬間、僕は自分の真横に向かって爆発の魔法を発動させた。空中の一点に高密度の魔力が集中して弾け、轟音と共に衝撃と爆風が巻き起こる。
「ぐっ……!」
爆発の衝撃で僕の身体は少なからぬダメージを負い、体ごと真横に吹き飛ばされる。そしてその一瞬後、直前まで僕の身体があった場所を青白く輝く死の光線が通り過ぎていった。
古竜に近づく上で最大の壁になるのは超高速で射出される古竜の息。これを躱すには、超高速の移動と急激な方向転換とを両立させる必要があった。それには、魔法の爆発で自分自身を吹き飛ばす他に手がなかったのだ。
「もう一発!爆発!」
今度は僕の真後ろで爆発が起こる。その爆風に乗った僕は、古竜との距離を超高速で詰めていく。
「ごぼっ……!」
喉の奥から赤黒い血の塊がせり上がってくる。爆風の衝撃で折れた肋骨が、どうやら肺に突き刺さったらしい。左の上腕と右の太腿の骨も折れたようで、力が入らない。
(でも、一瞬でいい!直接触りさえすれば……!)
しかし、古竜は慌てる素振りもみせず、再び息を撃つ構えに入っている。くそっ、ならばもう一度躱してやる!
「爆発!」
青白い閃光が放たれると同時に、僕は再び自ら起こした爆風に吹き飛ばされる。至近距離での爆発に晒された全身に激痛が走るが、どうにか息は躱し切った。あと1歩で古竜の懐に飛び込める!
しかし、その時僕が目にしたのは信じられない光景だった。
いま息を放ったばかりの古竜の口が、まだ青白く輝いていたのだ。
まさか──息を連続で放てるのか!?
(駄目だ、間に合わない!)
もはや爆発を発動するような暇など無い。次の息は避けられない。
諦めかかったその時──
(カッ!)
『ギャオオオオオオオオム!!』
いまにも息を放とうとしていたはずの古竜が、急に叫び声をあげてのたうち回りだした。
何が起こったのか分からずにいる僕に、後ろから声がかけられる。
「おい、随分と苦戦してるじゃないか」
声のした方を振り返ると、かなり離れた場所に人影がふたつ。後方に置いてきたはずのジークさんと師匠だ。ジークさんは剣ではなく弓を持っており、その横では師匠が杖を構えている。
どうやら、僕に向かってブレスを放つ直前に、古竜の口の中をジークさんが矢で射抜いたらしい。僕のような馬鹿げたステータスの持ち主でもないのに、あんなに遠くから動いている的を狙って見事に射抜くなんて、とんでもない弓の腕前だ。師匠が魔法でサポートしてるんだろうか。
「……ジークさん!それに師匠まで!なんでここに!?」
「手助けが必要かと思ってな」
「駄目です、危険すぎますよ!!」
しかし、僕の叫びはさらりと無視された。
師匠は魔法の詠唱を始め、それを見たジークさんは弓に矢をつがえる。
「確かに危険だろうな。だが、あえてその危険を冒すのが冒険者という生き物だ!」
ジークさんはその言葉と同時に矢を放った。師匠によって何らかの魔法を施された矢が、激しく輝きながら古竜に向かって飛んでいく。
『グアアアァァァァァァ!!』
古竜が咆哮をあげて翼を羽ばたくと猛烈な風が巻き起こり、矢は古竜の巨体を逸れていった。
しかし、その矢は空中で軌道を変えると、再び古竜に向かって一筋に飛んでいき、その左目に突き立った。そうか、師匠は魔法で矢に追尾能力を付与したのか!
『シギャアアァァァァl!!』
目を潰された苦痛に古竜は地面をのたうち回り、その巨体で竜の巣全体が激しく揺れる。
古竜にとってはとんだ伏兵の登場だった。目の前にいる聖人シモンを斃すことに意識の殆どを割いていた古竜にとって、遅れてやって来た人間ごときは眼中になかった。しかし、まさかその人間からこれほど手痛い打撃を喰らうとは!
「今じゃ、シモン!」
「はい!」
僕はまだ自由に動く右腕と左足で大地を蹴り、大きく前方に跳躍した。
「爆発!」
自分の背後で魔法の爆発を起こし、その爆風でさらに加速。肉眼では捉えられないほどの速度で、一気に古竜との距離を詰めていく。
もちろん、僕の接近に気付かないような相手ではない。古竜は瞬時にこちらへと向き直り、再びブレスを吐く構えに入る。
しかし、その半瞬前にジークさんが再び矢を放っていた。魔法の輝きを帯びた追尾矢が、古竜のまだ潰れていない右目を狙って飛んでいく。
僕を息で焼き払うか、それとも矢から右目を庇うか。竜は一瞬だけ逡巡した。このほんの僅かな時間が僕に味方した。
『ゴアアアアアアアア!』
竜は息を放った。但し、僕にではなく矢に向けて。
息に撃たれた矢はあっというまに燃え尽き、煤一つ残さずに消滅した。そして、竜は息を吐き続けながらこちらに頭を向けてくる。ブレスの一撃で矢と僕の両方を始末しようということだろう。でも──
「おおおおおおおお!」
息の高熱に焼かれるより早く、僕と古竜との間にあった距離はなくなっていた。
僕は爆風に吹き飛ばされた勢いのまま、古竜の強靭な肉体に体当たりするような格好になる。
(ドチャッ!)
古竜と僕がぶつかり合った瞬間、肉と肉がぶつかり合うくぐもった音が響く。
全身の骨が悲鳴を上げている。恐らく内臓もぐちゃぐちゃだろう。もともと折れていた左腕を見ると、折れた骨が皮膚を突き破って露出している。まさに瀕死の大ダメージだ。
でも、これでいい。漸く……漸く古竜に触ったぞ!
「今こそ貴方にかけられた呪いを解く!〝聖人の奇跡〟!」
僕が祝福の力を発動すると、古竜の巨体は淡い輝きに包まれていった。




