第4章 18話 竜の巣再び
転移門を潜った僕と師匠とジークフリードさんの3人は、竜の巣の入り口から内部に向かう。前回と同じく、中の空気はひんやりとしている。
「ここがエルム竜王国を守護するという竜の住処か」
ジークフリードさんが感慨深げに呟いた。
「なんじゃ、リーデン王国を拠点にしているお主に、ここの守護竜など関係あるまいが」
「こんな機会でもなければ訪れる機会もない場所だ。興味を持つくらい当然だろう」
リーデン王国はエルム竜王国の東側に隣接している国だ。
両国は比較的友好的な関係にあり、交易も盛んに行われている。
「ジークフリードさんは遥々リーデン王国から来たんですか?」
「ジークでいい。確かに俺の拠点はリーデンだが、ここ最近はパナシエに篭もっている」
「パナシエですか。僕もつい最近あそこの森林迷宮に潜ったばかりです。ひょっとしてジークさんも?」
「ああ。迷宮の深層に出没するエルダートレントの素材が必要でな」
樹木の魔物エルダートレント。普通の武器では傷一つ付けられないほど頑丈な身体の持ち主で、その枝の一撃には鉄の鎧ですらひしゃげる程の威力があるという。さらには、蔦を伸ばして相手の動きを封じるという搦め手まで使ってくるという、非常に凶悪な相手だ。
ただ、その頑丈な身体は木材として非常に有用であり、特に大型船の建材として珍重されているという。
「たったの半月でこっちの王都に来られた理由が分かりました」
「君の転移魔法があると知っていれば、もっと早く着いただろうがな」
「それはそうですね」
僕たちは少しだけ笑顔を見せ合った後、いよいよ竜の巣の奥へと踏み出した。
相変わらず洞窟の内部は古竜の圧倒的な存在感に満たされており、他の魔物の気配がかき消されてしまっている。
「それにしても凄まじい圧だな。これが古竜の気配か」
「ほう、分かるのか」
「分かるさ。研究にかまけていた爺さんとは踏んできた場数が違う」
どうやらジークさんも気配探知の技能を持ってるみたいだ。
流石は〝竜殺し〟と称される、大陸随一の冒険者だ。
「あ、ジークさん。少し行ったところに蜥蜴人の斥候がいますよ。数は5匹」
「……おい、ちょっと待て。何故それが分かる?」
「あ……えっと、僕も気配探知の技能を持ってまして」
「気配探知なら俺も使ってるが、古竜の気配しか感じられないぞ」
「は、ははは……」
訝しがるジークさんを誤魔化しつつ先に進むと、僕の言った通り5匹の蜥蜴人が彷徨いていた。向こうはまだこちらに気付いていないようだ。
「本当にいやがった……俺も探知には自信があったんだがな」
ジークさんはスラリと剣を抜くと、躊躇う様子もなく蜥蜴人に飛びかかっていった。
彼が剣を一振りすると、あっという間に蜥蜴人の首がひとつ飛ばされる。
「ギィ!??」
不意を討たれた蜥蜴人は慌ててジークさんから距離を取ろうとするが、それを許すほど甘い相手ではなかった。
「遅い!!」
ジークさんは転移魔法でも使ったのかと錯覚するほどの鋭い踏み込みで蜥蜴人に肉薄すると、一つまた一つとその首を落としていく。その流麗な身の捌きは、さながら舞いを見せられているかのようだった。そういえば、以前ステラが言ってたっけ。〝竜殺し〟ジークフリードは剣技の技能レベルが10を越える〝超越者〟だって。
「お前で最後だ」
「ギョエェッ!」
最後の蜥蜴人を一刀のもとに両断すると、ジークさんはゆっくり鞘に剣を収めた。それだけの仕草なのに、いちいち様になっててカッコいい。
「相変わらず、見栄えのする剣捌きじゃな。女どもが騒ぐわけじゃ」
「へぇ~、ジークさんはもてるんですね」
「有名人じゃし、実入りもいいからのう。ワシに言わせれば、こやつは〝竜殺し〟というよりも〝女殺し〟じゃな」
「もてない男の僻みはみっともないぜ、爺さん」
「なんじゃとお!?わ、ワシだって若い頃は凄かったんじゃからな!」
師匠、言うに事欠いてそれはないでしょう。貴方がそんなにモテる人だったなら、覗き目的で転移魔法の研究に勤しむ必要もなかったでしょうに。
「そんなことより、爺さんも気を引き締めろよ。竜の巣には古竜の他にも下位種の竜が生息していると聞いている。釈迦に説法だろうが、竜の強さは蜥蜴人などとは比較にならんからな」
「ふん、天下の〝竜殺し〟ともあろうものが、随分と弱気なことじゃな」
「現実主義といってくれ。俺と爺さんの二人がかりでも、竜を倒せるかどうかはいいとこ五分五分ってとこだろ」
「まあのう。しかし、竜の巣という割に、一向に竜が現れる様子がないのはどういう事じゃろうか」
実際のところ、僕らは何度か竜に遭遇しかかっていたんだけど、〝竜脅し〟である僕の気配を感じた途端、竜達は一目散に逃げ去ってしまっていた。
この分だと、古竜のもとに辿り着くまで、竜と戦うことはないんじゃなかろうか。
「しかし、竜の強さを誰よりも知るお主が、よく竜の巣行きの依頼を受けたものじゃな。それも、パナシエでの探索を中断してまでとはのう」
「ただの気まぐれだ」
「ほっほ、気まぐれか。ところでお主、リーデン国王とは昵懇の仲じゃったな」
「……何が言いたい?」
「いやなに、一国の王として、隣国の戦力というものは常に気になるもんじゃろうと思ってな。それが人知を超えた力を持つ守護竜のことともなれば尚更じゃろうて」
「……」
「まさか、ジークさんがリーデンの密偵だっていうんですか?」
エルム竜王国とその東に隣接するリーデン王国は、北方のガリウス帝国と敵対しているという点で利害関係が一致している。それ故、かなりの昔から友好的な関係を保ってきている。それなのに、こっそり密偵を送り込んでくるような真似をするだろうか。
「言っとくが俺は密偵じゃないぞ。第一、リーデン王国だって馬鹿じゃない。エルム王国を竜が守護しているなんて話が眉唾だって事くらい、とっくの昔に勘付いてるさ。なにせ、これまでガリウス帝国との間で繰り返されてきた戦争に、かの守護竜とやらが関与したことはただの一度も無いんだからな」
「どっちゃでもええ、ワシらはワシらの仕事をするだけじゃ。よいか、くれぐれもシモンの仕事の邪魔だけはするでないぞ」
「勿論、護衛の役割はきっちり果たすさ。しかし、その仕事ってのは一体何なんだ?」
「ええと、古竜に触ること……ですかね」
「触る?え……それだけなのか?」
呆気にとられた様子のジークさんから視線を反らし、僕はさっさと歩き出した。
勿論、僕の目的は竜に触るだけじゃなく、その呪いを解くことだ。でも、ジークさんがリーデン王国に繋がってるとなると、うかうかと彼を核心に近づけるわけにはいかない。かといって、国王陛下が付けてくださった護衛を途中で引き返させるわけにはいかないし……。
それに、ジークさんはそれだけと言ったけど、あの古竜に触るっていうのも相当な難題だ。転移魔法を封じられた上で至近距離からあの熱線を見舞われたら、正直いって避けられる気がしない。しかも、挑戦できるのは恐らく一度きり。もし失敗したら、その時は死あるのみだ。
「面倒なことになったなあ……」
僕の深い溜息は、洞窟の湿った空気の中へと消えていった。




