第4章 14話 精霊姫との別離
目が覚めると、いつの間にか僕は自宅のベッドに寝かされていた。
「あれ?確か僕は、古竜の息を喰らった筈じゃ……」
よく見ると、身体の至る所には生々しい火傷の跡が残っており、そこに濡れた布巾があてがわれている。誰かが火傷の手当をしてくれたのだろうか。
上半身を起こしてみる。まだ全身が痛むが、動けない程ではない。〝聖人の奇跡〟による治癒が進んでいるようだ。
横に目をやると、椅子に腰かけたグウェンが僕のベッドに突っ伏すようにして眠っていた。グウェンの傍らには水が張られた桶があり、そこに真新しい布巾が浸かっている。
「ん……」
僕が起き上がった気配を感じたのか、グウェンが目を覚ました。
「気が付いたのね、シモン」
「うん。手当てをしてくれたのはグウェンだよね。ありがとう」
「どういたしまして。でも、手当なんか必要なかったかも。聖人ってすごいのね。みるみる回復していくんだもの」
〝聖人の奇跡〟の効果のほどを直に目の当たりにしたグウェンは、少々引き気味だ。
その気持ちはちょっと分かる。致命傷と思われた重傷すら一晩で完治したくらいだからなあ。
「でも、どうして僕はここに?」
「ステラと一緒に、家の中にいきなり現れてきたのよ。貴方の転移魔法じゃないの?」
「いや、僕の転移魔法は古竜に封じられて使えなかった筈なんだけど……あれ、そういえばステラはどこに行った?」
「あの子なら天界に戻ったわよ」
「天界に!?ど、どういうこと?」
ステラが帰ったと聞いた僕は、自分でもびっくりするくらい動揺した。
これまで僕が行くところにはそれが風呂だろうとトイレだろうと必ずついてきたし、これからもずっと一緒にいるもんだとばかり思ってたのに。
「落ち着いて。あの子は『回復するまで』って言ってたから、じきに戻ってくるわよ」
「回復……って、まさか怪我でも!?」
「目に見える怪我は無かったわね。でも、あの子がかなり弱ってたのは確かよ。身体が透けてたもの」
「あのステラがそんなことに……」
僕は上体をベッドにどさりと投げ出した。
あの瞬間の記憶はおぼろげだ。僕が死を覚悟したその時、ステラが何かを叫んでいたような気がする。そして僕は今、かろうじて助かってここにいる。
多分……いや、間違いなく、ステラは僕を助けるために相当な無茶をしたんだろう。力を失って天界に戻らざるを得なくなったのはきっとそのせいだ。
それもこれも、全部僕の責任だ。古竜を話し合いが通じる相手だと思い込み、霊峰に乗り込んでいった結果、自分だけでなくステラまでもが危険に晒された。いや、ステラだけじゃない。グウェンだって竜熱に罹って倒れたじゃないか。
自分自身への怒りが沸々と湧いてくる。
ひょっとして、僕は聖人として大きな力を得たことで、少し思い上がっていたんじゃないか?
そもそも、最初の息を転移門で避けたあの時、転移先をもっと遠くに設定していれば安全に逃げられた筈だ。「古竜と戦いになったら勝ち目はないから逃げろ」って、ステラから散々警告されていたのに……!
僕は自分の頬を力いっぱい殴りつけた。
「ちょっとシモン、何してるの!?」
「ごめん、僕の責任だ。こんな大怪我をして、グウェンにもステラにも凄く迷惑をかけて……それなのに、結局なに一つ得るものがなかった」
「……どういう事?」
「話し合いが通じるような相手じゃなかったんだよ。できれば贄を差し出すことなく事を収めたかったのに、向こうには聞く耳なんてまるで無かった。そして、僕を聖人と知った途端に襲いかかってきたんだ……まさか〝神に最も近い生物〟があんな分からず屋だったなんて」
思い切り殴打した自分の口から血が流れ出る。
でも、その痛みすら〝聖人の奇跡〟ですぐに消えていってしまう。僕はそんな自分に無性に腹がたった。
「いいえシモン、きっと貴方は何かを得ているはずよ」
「そんな筈ないよ。交渉どころか、話すら聞いてもらえなかったんだから」
「ステラは天界に戻る前にこう言い残していったわ。『古龍の言葉に全ての答えがある』って」
「古竜の言葉に……?」
「きっと貴方は何か核心に近い情報を聞き出している。よく思い返してみることね」
そう言ってグウェンは立ち上がった。
「──さて、と。シモン、私はしばらく貴方の許を離れるわ」
「えっ……ななな、何で!?僕に何か至らないところでもあった!?」
唐突に別れの言葉を告げられて激しく動転している僕に、グウェンは苦笑する。
「違うわ、これは私の問題。貴方には以前話したでしょう、私にはやらきゃならない事が二つあるって」
「うん。そのうち一つはエルマーさんの敵討ちだったよね?」
グウェンは黙って頷いた。
エルマーさんを殺した犯罪組織ディアボロは既に壊滅しているし、その首領だった悪魔ダンテも激しい戦いの末に滅んでいる。こちらの使命には片が付いている筈だ。
「つまり、もう一つの使命を果たしに行く……ってこと?」
「その通りよ」
きっぱりとそう言い切ったグウェンの顔には悲愴な表情が浮かんでいる。
僕は以前、彼女のこの表情を見たことがある。彼女が心底恐怖していたディアボロの拠点。そこに侵入することを決断したときと同じ顔だ。だとしたら──
「グウェン、駄目だ。僕も一緒に行くよ」
「えっ」
「だって、これから行く場所はすごく危険なところなんでしょ?」
「……なんでそう思うの?」
「顔を見れば分かるよ。水臭いな、お互いが危険な時こそ助け合うのが〝仲間〟じゃないか」
グウェンは返事をせずに目を伏せた。
「……ありがとう、貴方のその気持ちは嬉しい。でも、だからこそ私は一人で行かなきゃならないの。今の私は貴方に一方的に守られてるだけ。そんな関係を〝仲間〟と呼べるかしら?」
「それは……」
「大丈夫、心配は要らないわ。私は必ず生きて戻ってくる。今よりももっと強く──そう、貴方を守れるくらいに強くなってね。それまで、少しの間お別れよ」
「ちょ、ちょっと待って!……痛っ……!」
グウェンは身を翻して部屋から出ていった。
その後を追おうとした僕は慌ててベッドから身を起こしたけど、治りかけの火傷の痛みに邪魔されて立ち上がれず……そして、僕は一人になった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
こうして一人ぼっちになるのは随分と久しぶりな気がする。
がらんとした広い家の中が妙に寂しく感じられた。
なんか変だな。両親を亡くしてからステラが現れるまでの間は、一人でいるのが当たり前だったのに。
(古竜の言葉に全ての答えがある……か)
ベッドに身体を横たえたまま、僕はステラが言い残していったという言葉を思い出す。
あの短い邂逅の間、古竜は何を語っていたっけ?
『国を滅ぼされたくなければ、エルムの末裔から贄を出さねばならぬ』
『エルムの末裔が滅びれば、国もまた絶える』
『聖人は殺さなければならない』
古竜との話で思い出せるのはこれだけ。ここから読み取れるのは人間に対する底しれぬ悪意くらいのものだ。
しかし、古竜ともあろうものが、人間ごときをここまで目の敵にするものだろうか。
いや、それよりも不可解なのは、僕を〝聖人〟だと知った途端に古竜の態度が豹変したことだ。
古竜と聖人の間に、何らかの因縁があるということなのか?
(……駄目だ、いくら考えてもさっぱり分からないや)
思考の迷路にはまり込んだ僕は、考えるのをやめて頭から毛布をかぶった。
考え疲れたせいか、それとも火傷のせいなのか、目を閉じるとすぐに睡魔が襲ってくる。
(ステラ、グウェン、二人ともどうか無事で……)
意識を手放す寸前、僕は心の中で神様に祈った。
投稿に間が空いてしまってすみません。
残念ながら、本業の修羅場はまだまだ続きそうです。
来年の春くらいには少し余裕ができる……といいなあ。




