第4章 11話 新しい称号
木々が鬱蒼と生い茂る森の中を進んでいくと、急にぽっかりと開けた空間に行き当たった。
ごつごつとした岩がむき出しになった地面に、巨大な穴がぽっかりと口を開けている。
「やっと着いた。ここが〝竜の巣〟の入り口か」
穴の直径は100メートルほどあるだろうか。穴の入り口に立つと、その奥から何かとてつもないものの気配が漂ってくるのを感じる。
「大きい洞窟だな……」
《なに言ってるの。古竜が出入りするんだから、大きくて当たり前なの》
「それもそうか」
穴の中に足を踏み入れてみると、内部の空気は意外にひんやりとしている。
爬虫類は気温が低いと動きが鈍るはずだけど、そのあたり竜は大丈夫なんだろうか。
《竜は竜なの。蛇や蜥蜴みたいな爬虫類とは別の生き物なの》
「ふーん、見た目は似てるのになあ」
《竜の前でそれを言ったら殺されるの。竜にとって蜥蜴扱いされるのは最大の侮辱なの》
「……気をつけます」
洞窟の奥へと進んでいくと、すぐに陽の光が届かなくなる。でも、周囲が暗くなる様子はなかった。
よく見ると洞窟の内壁全体がぼんやりと青白く発光しており、洞窟内を明るく照らしていた。
「これ、どういう原理で光ってるんだろ」
《ここの壁には魔光石という鉱物が含まれているの》
「魔光石?」
《魔素を光に変換して蓄える性質のある鉱物なの。地下迷宮の建材にもよく使われているの》
「へえ~……地下迷宮の中がわりと明るいのも、魔光石のお陰ってことか」
竜の巣の内部はさほど入り組んでいなかったけど、とにかく広かった。
それに、古竜の圧倒的な気配にかき消されてしまっているものの、集中して気配を探ってみると他の魔物も相当数いるのが分かる。
「参ったなー。これじゃ古竜のところに辿り着くのもひと苦労だ」
《当たり前なの。古竜っていうのは、そんなに軽々しく会えるような存在じゃないの》
「建国王も竜と対峙するまでの道中で仲間を全て失ったんだっけ──っと、さっそく来たな」
複数の気配が猛然と近づいてくるのを察知した僕は、剣を抜いて身構える。
ひとつひとつの気配は小さいけれど、妙に古竜と似通った気配。
こいつはひょっとして……。
「ギィ!!」
「やっぱし蜥蜴人か!」
竜の巣に数千匹も生息しているという、古竜の眷属の代表格。建国王の一行を苦しめたという、全身を竜麟で覆われた魔物だ。
でも、今こっちに向かってきているのは5匹だけ。これくらいなら僕一人でも十分なんとかなるか。
──とか考えつつ待ち構えていたら、5匹全てが回れ右して僕から離れだした。
ひょっとして僕に気付いて逃げたのか?まあ、戦わずに済んだのなら何よりだけど。
《シモン様、早く追いかけるの》
「こっちから追いかけてまで殺さなくてもいいんじゃないの?」
《何を寝ぼけたこと言ってるの!あいつらは斥候なの。1匹でも逃がしたら大変なことになるの》
「……そりゃ大変だ」
数千匹もの蜥蜴人に一斉に襲いかかられるなんてのは、いくらなんでも御免被りたい。
僕は地面を蹴って駆け出し、離れていく気配を全速力で追いかけた。
蜥蜴人の足は速かった。しかも、この洞窟の内部を知悉しているのか、動きに淀みがない。
でも、僕はその蜥蜴人にたったの数秒で追いついた。
「まず1匹目!」
背後から踊りかかった僕が無造作に剣を振るうと、最後尾にいた蜥蜴人が頭部をすっぱりと斬り落とされて絶命する。
すると、仲間が瞬殺されるのをみた残りの4匹は、急に別々の方向へと散らばって逃げ出した。せめて1匹でも仲間のところに辿り着こうということだろう。
でも、その行動は想定内。その時、既に僕は頭の中で魔法のイメージを作り上げていた。
「四連風刃!」
魔力によって作り上げられた4枚の風の刃が飛んでいき、逃げ出した蜥蜴人の首を尽く跳ね飛ばした。
「よし、これで仲間を呼ばれる心配はないな」
《むしろ仲間を呼ばせて皆殺しにしちゃったほうが後腐れがなかったかもしれないの》
「皆殺しを勧める天使って、倫理的にどうなのかな……」
《まったく問題ないの。蜥蜴人は竜の魔力と精霊力によって生み出された仮初の生物。ただ造物主の命令に従うだけで、魂も自分の意志も存在しないの》
「つまり、ゴーレムみたいなものってことか」
驚きの事実。どう見ても爬虫類系の生き物にしか見えないんだけどな。
ステラが言うには、魔力だけでなく精霊力も練り込まれていることにより、肉体的には普通の生物とさして変わりがないとのこと
よく考えたら、精霊とか精霊力とかいったものについて、僕にはまるで知識がない。今度グウェンに教えてもらおうかな。
僕は再び竜の巣の奥へと足を進めていく。
奥に進むごとに古竜の発する強大な気配にも慣れてきて、その影に隠れていた他の魔物の気配を感じられるようになってきた。
「ステラ、この先にちょっと大きな気配があるんだけど、ひょっとして──」
《竜なの》
「やっぱりか!参ったな、迂回できるようなルートも無いし……あ、そうだ、あれがあるじゃないか!」
僕が収納の指輪から取り出したのは〝姿隠しのマント〟だ。気配すら完全に遮断するこのマントなら竜の目すら欺くことができるかもしれない。
いそいそとマントを羽織る僕を、ステラは何故かじとっとした目で見てくる。
「……えーと、ステラさん。何か問題でも?」
《こそこそせずに、正面から堂々と突破するべきなの》
「えっ!?いやだって、相手は竜だよ?古竜ほどの強さはないにしても、なるべく戦いは避けるべきじゃないかな」
竜は世界最強の生物。存命の冒険者で竜との戦いに勝利したのは、金級冒険者のジークフリードただ一人しかいない。そんな相手に立った一人で戦いを挑むなんて、自殺行為もいいところだ。
《何言ってるの。相手が下位種の竜なら、魂の位階的にはシモン様のほうが上なの》
「へ?」
《だから、シモン様が〝聖戦の衣〟を纏えば竜の攻撃は全て無効。一方的にぼこぼこにできるの》
「いやちょっと待って、竜って世界最強の生物じゃなかったの!?」
《竜と一口に言っても色々なの。例えば、こないだ戦った悪魔を10としたら、下位種の竜なんてせいぜい3くらいなの》
「えええー……」
僕の中で、竜のイメージがガラガラと音を立てて崩れていく。
いや、あのダンテと名乗った悪魔は確かに強かったけどさ。そうかあ、下位種の竜はあれの3分の1程度かあ……。
マントを脱いで〝聖戦の衣〟を発動すると、全身が光輝くオーラで包まれる。ダンテとの戦いの中で身につけた、自分より魂の位階が低い相手からの攻撃を全て無効化するという反則的な能力。ステラの言う通り僕のほうが位階が上だとすれば、これで竜の攻撃は一切通らなくなるはずだ。
そのまま意を決して前に進んでいくと、広い空間に出た。その中央には巨大な生物が鎮座している。その全身を覆うのは、まるで紅玉のような透明感のある真紅の鱗。間違いない、下位種の炎竜だ。見た感じ、瞼を閉じたまま微動だにしないけど、ひょっとして寝てるんだろうか。
僕はいつ襲いかかられても対応できるように身構えつつ、そろそろと炎竜に近づいていく。
その気配に気付いたのか、炎竜は少し瞼を開いて僕を視認した。そして、何故か僕が近づいた分だけ後ずさる。
それをみて、僕はさらに近づいていく。しかし、炎竜は僕を避けるようにして再び距離をとる。
そうこうしているうちに僕は竜の部屋を通り抜け、何事もなく出口まで辿り着いてしまった。
「……なんか素通りできちゃったんだけど、これって一体どうなってんの?」
《さっきの蜥蜴人は古竜の眷属だけど、この竜は普通の生物なの》
「それがどうしたのさ」
《生物である以上、竜だって死ぬのは怖いの。シモン様を見たこの竜は、生命の危険を感じて道を開けたの》
「……はぁ!?」
ちょっと待って。つまり、こいつは僕を恐れて逃げたってこと?下位種とはいえ竜なのに!?
よく見ると、竜は尻尾を後ろ足の間に挟み込むようにして縮こまり、その巨体を小刻みに震わせながら、僕の様子を上目遣いに伺っている。まさか……本当にステラの言う通りなのか?
「……わっ!」
(ギョイィィィエェェェェ!!?)
試しに大声を出して襲いかかるフリをしてみたら、炎竜は悲鳴のような鳴き声をあげながら部屋の反対側へと駆け転がっていき、こちらに背を向けた状態で固まってしまった。
いや、流石に怯えすぎじゃないの!?僕そんなに怖くないよ!?
「なんだか釈然としないけど……無駄な戦いをしなくて済んだのはよかったよ」
《まったく根性なしの竜なの。おかげでシモン様に余計な称号が付いちゃったの》
「ん?称号?」
《ステータスを見れば分かるの》
ステラが空中に指を滑らせると、もはや見慣れた感すらある半透明のパネルが現れ、僕のステータスが表示される。
その称号欄に目をやると──
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称 号:悪魔殺し 魂の救済者 竜脅し
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「え……この〝竜脅し〟ってのは何?」
《戦わずして竜に恐怖を与え屈服させた者に与えられる、〝竜殺し〟なんかよりもずっとレアな称号なの》
「いやあの、竜が恐怖とか屈服って……僕は普通の人間の筈なのに……」
《ちなみに、この称号を人間が獲得するのは、世界開闢以来初めてのことなの。おめでとさんなのー》
「嬉しくない!ちっとも嬉しくないよ!」




