第4章 10話 足手まとい
「…………んっ」
身を起こしたグウェンの目に映ったのは、見慣れた自分の寝室だった。
私はどうしてここに?……そうだ、霊峰の精霊力にあてられて倒れて、シモンに運ばれて……。
慌てて家の中の気配を探るが、誰もいないようだ。ということは、シモンは一人で霊峰に戻ったのだろうか。
(結局、置いていかれちゃったのね……)
グウェンは少し不貞腐れたようにベッドに倒れ込むと、再び目を瞑った。
《目が覚めたの?》
「!?」
いきなり聞こえた声に驚いて跳ね起きると、目の前にステラが浮かんでいた。
「シモンと一緒じゃなかったの?」
《ここに残ってグウェンを見ていてくれって頼まれたの。シモン様ってば心配性なの》
そう言ってベッドの端にちょこんと座るステラをなんとなしに見やりながら、グウェンは胸の奥のわだかまりがさらに膨らむのを感じていた。
シモンに置いていかれただけでなく、心配された……それも、自らの守護天使を看病に残すほどに。
《やっぱりグウェンは一緒にいけないの》
「そうね、今回は自分でも無茶だったと思う。もう霊峰には近づかないわ」
《ううん、霊峰に限った話じゃないの。ハッキリ言って、シモン様と一緒に冒険するのはもう無理だと思うの》
「!!……理由を教えてもらえるかしら」
《それは自分が一番よく分かっている筈なの。端的にいって実力不足。これ以上一緒にいても、シモン様を助けるどころか足手まといになるの》
思わずグウェンは唇を噛み締めた。
(言われてしまった……)
ステラの指摘は、グウェンの不安を見事に言い当てていた。
前回戦った悪魔といい今回の古竜といい、シモンが立ち向かおうとする敵は強くなっていく一方だ。それでも聖人であるシモンは〝星の銀貨〟の力で対抗できているが、自分は殆ど役に立てていない。今回の件だってそうだ。強大な古竜を相手に、今の自分に一体何ができるというのか。古竜の精霊力に圧倒され、近づくことすらできなかった私に……。
「──分かったわ。少し休んだら、荷物をまとめてここを出ていく」
《何も出ていくことはないの》
「冒険者としてパーティを組めない以上、一緒に暮らす理由がないもの」
《なんならシモン様と結婚しちゃえば、夫婦として堂々と一緒にいられるの》
グウェンは一瞬、シモンの妻になった自分を想像した。
多分、私はそれなりに幸せになれるのだろう。シモンは今やエルム王国全域に名を轟かせつつある英雄。そして何より、あのエルマー兄さんの生まれ変わりだ。自分は長寿のエルフだしシモンも仙術使い。お互いが愛情を育むための時間もたっぷりある。
しかし、妻となった私は冒険者として共に歩むことも叶わず、夫の帰りをひたすら家で待ち続けるだけ──。
グウェンは頭を振って想像を振り払った。
駄目、これは自分の望む未来じゃない。私にはまだやるべき事がある。
「悪いけど、そんな気にはなれいわ」
《そう、残念なの》
思いの外あっさり引き下がったステラに、グウェンは少し拍子抜けした。
でも、気持ちは変わらない。足手まといになってまでシモンの傍に居座ることはできない。
ここでの暮らしに名残惜しさは感じるけれど、なにも一生の別れというわけでもないだろう。シモンとは同じ街を拠点とする冒険者同士、今後も顔を合わせる機会はいくらでもある筈だ。
そう……分かっている筈なのに……。
グウェンの目から一筋の涙が零れた。涙は次から次へと溢れ出し、白い頬を濡らしていく。
《寂しいの?》
寂しい?
違う。これは寂しさなんかじゃない。
シモンの冒険についていけなくなった弱い自分に対する、どうしようもない悔しさだ。
《悔しいなら強くなればいいの》
「簡単に言ってくれるわね。私は只のエルフよ?聖人のシモンと違って、祝福の力もなにも無いんだから」
《何言ってるの。グウェンは只のエルフじゃないの》
「──!?」
《このエルム王国のずっと西にあった精霊の森。そこに住んでいたのは〝守り人〟と呼ばれるエルフ達──》
「それ以上言わないで!」
グウェンは少し取り乱したように、ステラの言葉を遮った。
二人の間に微妙な沈黙が漂う。
《……ごめんなさいなの。でも、グウェンには力を得る手段がある筈なの。それだけは忘れないでほしいの》
「……」
《それに──ステラも、グウェンとこのまま別れるのはイヤなの》
そう言って溶けるように消えていくステラの姿を見送ったグウェンは、暫く固まっていた。
まだシモンにも明かしていないが、彼女には生涯をかけてでも果たさなければならない〝守り人〟としての使命がある。
それを果たすことが出来れば、ステラの言う通り、祖先から伝わる大いなる力がグウェンの身に宿るだろう。
しかし──
(でも……今の私じゃどうにもならない……)
すぐに家を出ていくのは思い止まったものの、グウェンの表情が晴れることはなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
単独行となったシモンは、どこまでも続く森の中をひたすら進んでいた。木々の間をすり抜けながら、足場の悪い森の中を目にも留まらぬ速度で突き進んでいく。森に住む獣がシモンの姿を見たとしても、一陣の風が通り抜けた程度にしか感じられないだろう。
「このペースでいけば、今日中に竜の巣の入り口まで辿り着けそうだな」
《流石シモン様。人間離れしたペースなのー》
「うわああああ!?」
高速で移動している最中、目の前の何もない空間からいきなりステラが現れ、驚いた僕はもんどり打って転びそうになった。
「何でステラがここに?グウェンの看病は?」
《あっちはもう落ち着いたから、今度はシモン様の面倒をみにきたの。ステラは働き者なの》
「神出鬼没過ぎない!?」
守護天使には聖人の居場所を感知する能力でも備わってるんだろうか?
《もちろん備わってるの。さらにシモン様のいる場所ならいつでも何処からでも瞬間移動できるの》
「まるっきりストーカーじゃないか!ていうか心を読むんじゃない!」
なんてタチの悪い能力だ!僕にプライバシーは無いのか!?
まあ心を読まれてる時点でその辺は今さらって気もするけど!
……しかしまあ、来てしまったものは仕方ない。
グウェンの容態が落ち着いたという良い知らせもあり、殊更にステラとやり合う気にはならなかった。
「ひょっとして僕についてくる気?あ、もしかして古竜と戦いになったら手助けしてくれるとか?」
《残念だけど、古竜と戦うことになったらどうやっても助からないの。守護天使として、せめて死に水くらいは取ってあげるの》
「これっぽっちも有り難みがないな……」
まあ言ってはみたってだけで、実際は最初から期待してないけどね。
ステラは守護天使っていうけど、あまり戦いで頼りになる感じじゃないもんな。
あれ?そもそも聖人になってからこっち、守護してもらったことなんかあったっけ……?
《さあさあ、余計なことを考えずにキリキリ進軍するのー》
「いま思いっきり誤魔化したろ……ていうか、心を読むなって何度言えば分かるんだ?」
ステラが加わったことで一気に騒がしい雰囲気になったものの、僕たちは足を止めること無く森の奥深くへと進んでいく。
エルム竜王国の象徴にして守護者たる古竜が棲むという竜の巣まで、あと少し──。




