第4章 09話 入山
王都で旅の準備を整えた僕たちは、飛翔の魔法で霊峰ヘルラト山の麓にやってきた。周辺は鬱蒼とした森に覆い尽くされている。人の気配はないが、獣とも魔物ともとれぬ吠え声だけが遠くから響いてくる。
霊峰ヘルラト山は国の直轄地であり、王家以外の者は立ち入りを固く禁じられている。山の全ては神秘のヴェールに包まれており、地図もなければ道もない。ここから先は森の中を徒歩で探索し、竜の巣の入り口を探し回らなければならないのだ。
「入り口を探すだけでも一苦労だな。贄になった王家の人たちは、どうやって竜の巣に辿り着いたんだろう?」
《贄が山に入ると、古竜の眷属が巣まで連れて行くの》
「眷属?古竜には仲間がいるってこと?」
《仲間というより下僕みたいなものなの。建国王の仲間を全滅させたのもこの眷属どもなの》
「ふーん、古竜ともなると、その下僕も強いんだな」
《蜥蜴人数千匹に、下位種の竜も10匹以上はいるの》
ステラが挙げた数字に驚き、思わず僕とグウェンの足が止まる。
「……この山ひとつに収まる数とは思えないんだけど」
「ひょっとして、この山には地下迷宮でもあるのかしら?」
地下迷宮とは古代レムリア王国時代に各地に作られた人工の空間だ。その内部は入り組んだ作りになっており、古代の貴重な宝物が発見されることも多いが、それらはほぼ例外なく凶悪な罠や魔物によって守られている。この大陸では既に数十箇所もの迷宮が発見されており、その一部は一攫千金を狙う冒険者達の稼ぎ場として賑わっている。しかし、それらの迷宮が何を目的として作られたのかは未だに謎のまま。何故なら、迷宮を最終階層まで踏破した者などただの一人もいないからだ。
《地下迷宮ではないけど、似たようなものなの。この山の地下には複雑に入り組んだ巨大な自然の洞窟があるの》
「古竜の棲家になるほどの洞窟かあ……」
「さぞかし大きいんでしょうね……」
これは体力勝負になりそうだ。
僕は両手で自分の頬を叩いて気合を入れ直すと、森の奥深くに向けて一歩を踏み出した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
森の中を歩き始めてから3時間ほど経ったが、行けども行けども洞窟の入り口らしきものは見当たらなかった。
僕は異常なステータスのお陰か疲れを感じることはなかったけど、グウェンの様子が少しおかしいのが気になる。疲れのせいだろうか、森の奥へと進むごとに足取りがふらつくようになり、青い顔で息を切らしている。
「グウェン、体調でも悪いの?少し休憩しようか」
「……ううん、大丈夫。まだ歩けるわ」
彼女はそう強がってみせたが、僕が半ば強引に休憩の支度を始めると、渋々ながらすぐに従った。やっぱり相当無理していたらしい。
それにしてもおかしいな。僕よりもずっと長いこと冒険者として活動していた彼女が、森の中を3時間ほど歩いたくらいでこんなに衰弱するなんて。
木々の間から見える霊峰の山容は歩き始めた時とまったく変わらず、僕たちの遙か前方に聳え立っている。まだまだ先は長そうだ。
僕とグウェンは倒木を椅子代わりにして腰掛け、収納の指輪から取り出した水筒の水を口に含んで一息つく。ステラはというと、僕が収納の指輪から取り出したドーナツにかぶりついている。ステラの強い主張により、収納の指輪の中には食事だけでなく果物やおやつの類が山のように収納されているのだ。危険に満ちた霊峰に入り込んでるっていうのに、これじゃまるでピクニックだ。
「シモン、洞窟の入り口はまだ遠いの?」
「場所がわからないから何とも言えないけど、かなり遠いんじゃないかな。まだそんなに歩いてないし」
「そう……」
グウェンは怠そうな様子で目を伏せた。
そもそも僕らは洞窟の入り口がどこにあるのかを知らないんだから、遠いも近いも知りようがない。
洞窟の入り口に行き当たるまで、あとどれくらい歩き回ればいいんだろう。グウェンの身体がキツいようなら、一旦引き上げることも考えなきゃならないな。
《(もぐもぐ)シモン様、気配探知を(もぐもぐ)使うといいの》
「食べながら喋るなってば。気配探知なら今も使ってるけど、僕らの近くには魔物はいないよ」
《違うの、もっと感覚を広げるの。シモン様のステータスがあれば、洞窟の奥深くにいる古竜やその眷属どもの気配をキャッチできる筈なの》
「……あ、そうか!その気配を辿れば入り口に辿り着ける!」
すぐに気配探知の範囲を広げていくと、程なくして途方もなく巨大な気配を探り当てることができた。恐らくこれが古竜の気配だろう。こいつに向かってまっすぐ進んでいけば、そこに洞窟の入り口がある筈だ。
しかし、前から薄々思ってたけど、気配探知って優秀過ぎない?
「グウェン、古竜の気配を見つけたよ。これで竜の巣の入り口までは迷わずに行けそうだ」
「分かったわ。どうする、すぐに出発する?」
「そうしたいけど、今すぐには無理だな。満腹になるまでステラが動きそうにない」
山のように出してやったドーナツが既に無くなりかかっている。この勢いで食いまくられたら、守護竜のところに辿り着く前に食糧が尽きるんじゃなかろうか。
《……どのみち辿り着けないから問題ないの》
「え?何か言った?」
《なんでもないのー》
出したドーナツをステラが全て平らげたところで、僕たちは再び出発した。
一休みしたお陰か、それとも目的地が明確になったせいだろうか、さっきよりも足が軽く感じる。
でも、グウェンは相変わらずキツそうだった。顔色は優れず歩調も乱れに乱れ、もはや息も絶え絶えといった感じだ。
遂に見かねた僕は、グウェンの前に背中を向けてしゃがみ込んだ。
「……何のつもり?」
「体調が悪いんだよね?僕が背負うから、一旦家に戻ろう」
「大丈夫よ」
「どうみても大丈夫には見えないよ。その身体でさらに先に進むなんて無茶だ」
「平気だってば。私はこの通り何とも無い……あっ」
「危ない!」
意地を張って飛び跳ねてみせたグウェンの足元がふらつき、倒れかかったところを慌てて受け止めた。
その時、彼女の身体が異様な熱を帯びていることに驚いた。
「酷い熱じゃないか!待ってて、今すぐ治すから!」
しかし、〝聖人の奇跡〟を使ってみても、グウェンの熱が下がる気配はなかった。
「あれ、何で治らないんだ!?」
《それは病気じゃないの》
「これが病気じゃないなら一体何なんだよ」
《話は後なの。早くこの山から離れないと危険なの》
珍しく切迫したステラの表情に漸く事態の重大さを悟った僕は、自宅直通の転移門を開くと、有無を言わさずグウェンを抱きかかえて急ぎ門をくぐり抜けた。
僕の背後で転移門が閉じると同時に、グウェンは緊張の糸が切れたのか、僕に抱えられたまま意識を失ってしまう。
《ふう、これでひと安心なの》
「安心してる場合じゃないだろ、まだグウェンの熱が……あれ?もう引いてる?」
リビングのソファに寝かせたグウェンの額に手をやると、驚いたことにあれほどの高熱がすっかり引いている。
まだ〝聖人の奇跡〟も使ってないのに……?なんだか狐につままれたような気分だ。
「一体どういう事?グウェンの身体に何が起こってたの?」
《〝竜熱〟なの》
「竜熱?そんな病気、初めて聞いたよ」
《ううん、さっきも言ったけど病気じゃないの。強い精霊力が集まっている場所では、体内の精霊力のバランスが狂ってしまうことがあるの。それによって生じる症状のことを竜熱と呼ぶの》
「精霊力のバランス……?」
ステラの説明によると、この世のありとあらゆる生物は様々な精霊の影響のもとに生きているんだそうだ。そして、その精霊力のバランスが崩れると、その身体や精神に著しい影響が出るという。さっきのグウェンの高熱は、体内で火の精霊力が強くなりすぎたことに拠るものだそうだ。
「でも、その症状に竜の名前が付いてるのは何故?」
《それは〝竜に近づいたものが罹る病気〟だからなの》
高熱に体力を根こそぎ奪われたせいか、グウェンの意識はまだ戻らない。
その横でステラが説明を続ける。
《竜は強大な精霊力の持ち主なの。炎竜ならば火の精霊力、土竜ならば土の精霊力、雷竜ならば風の精霊力といった具合に、その属性に応じた精霊力を常に周辺へ撒き散らしてるの》
「なるほど、その影響で竜熱に罹るのか」
《そういうことなの。聖人として神様の加護を受けているシモン様はなんともなかったけど、精霊使いのグウェンは精霊力に対する感受性が高いせいで、人一倍影響を受けてしまったみたいなの》
「そうだったのか……」
《過去には竜熱で生命を失う人もいたけど、決して病気ではないの。精霊力の強い場所から離れれば、すぐに回復するの》
「それを聞いて安心したよ。でも……グウェンを連れて霊峰に入るのは止めといたほうがよさそうだな」
僕らは古竜と話ができるほどの距離まで近づかなきゃならない。
でも、彼女が古竜の精霊力をそんな至近距離で浴びたら、下手をしたら死んでしまうかもしれない。
「ステラ、悪いけどグウェンの看病を任せてもいいかな?」
《それは構わないけど、シモン様はどうするの?》
僕はステラに背を向け、再び転移門を開く。
門の向こうには、ついさっきまでいた霊峰の景色が広がっている。
「僕一人で、今度こそ霊峰の古竜に会ってくるよ」
予想通り投稿ペースが落ちてしまいました。
炎上案件2件の管理と新規案件1件の立ち上げを並行してるところに、軽減税率対応で振り回されるという地獄の日々。
まだ当面は落ち着きそうにありません…。




