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聖人シモンと星の銀貨  作者: 日比野暮
第4章 聖人シモンと竜王国の謎
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第4章 07話 語られる真実

 僕たちは小さな家の中に入っていく。中は外見と同じくこじんまりとしており、たったひとつの部屋には質素な椅子とテーブル、粗末なベッドなどが並んでいる。ここに住んでいるのが一国の王女とその近衛騎士だなんて誰も想像すらできないだろう。



「お久しぶりです、シモン様」


「ロデリック様もお変わり無く」



 出迎えてくれたロデリック様と挨拶を交わす。彼はその辺りの街人と変わらない質素な服に身を包んでおり、武器も携帯していない。鍛え上げられた肉体を除けば、彼が王国の騎士であることを匂わすものは何もない。


 僕は単刀直入に切り出した。



「ロデリック様、なぜこのような場所に隠れ暮らしているんですか?」


「それは……」


「オーレリア姫もご一緒なんですよね?事と次第によっては大逆罪になります。とにかく、事情を聞かせてもらえますか」


「……」


「誰か来ているのですか?」



 声のした方に振り向くと、家の入り口から一人の女性が入ってきたところだった。

 年の頃は18歳前後だろうか。グウェンに勝るとも劣らない美貌の持ち主だ。

 そして、国王リチャードⅡ世陛下と同じく、栗色の髪と青い瞳。



「……貴女はもしや、オーレリア姫では?」


「まあ、私のことをご存知ですの?」



 いつの間にかロデリック様は床に片膝をつき、オーレリア姫に頭を垂れていた。僕たちも慌ててそれに倣う。



「初めてお目にかかります。冒険者のシモンと申します」


「同じくグウェンと申します」


「お二人の噂は私の耳にも入っていますわ。どうか楽になさってくださいませ」



 姫に促され、僕たちは顔を上げる。


 この人がオーレリア姫か……。そういう目で見てしまうせいか、街娘風の質素な服を着ているというのに、全身から高貴なオーラが迸っているように感じられる。でも、冷たい感じはまったくせず、暖かくて柔らかい雰囲気をその身に纏っている。

 いずれ結婚でもすれば、その相手はリチャードⅡ世陛下の後を継いでこの国を治めることになるのだろう。まさに、エルム竜王国の超重要人物だ。



「どうかロデリックを責めぬよう。彼は私の身を案じて匿ってくれたのです」


「匿った?つまり、姫の身に危険が迫っていたということでしょうか。しかし、そういうことであれば王宮以上に安全な場所など──」



 そこまで言ったところで、僕はハッとなって口を噤んだ。安全のために王宮を出ざるを得なかったのであれば、姫にとって()()()()()()()()()ってことじゃないのか?



「まさか……王宮の誰かが謀反の企てでも?」


「いえ、そういう訳ではありません。家臣の皆は国のためによく尽くしてくれています」



 姫はそう言って頭を振った。

 でも、それが本当だとしたら一体何が起こってるっていうんだろう。謀反の恐れがないのであれば、王宮以上に安全な場所なんて無いだろうに。



「我々はロデリック様の父君から依頼を受けてお二人を探しておりましたが、無理矢理に連れ帰るつもりはありません。どうか我々を信じて、事情を話していただけませんか」


「ロデリックの父というと、グローヴ子爵ですね」



 オーレリア姫はロデリック様の方に振り返り、何かを決心したかのようにひとつ頷いた。



「わかりました、お話しましょう。但し、ここで聞いたことは他言無用に願います」


「秘密は必ず守ります」


「全ては──全ては我が国の成り立ちに関わっているのです」



 そう言って姫が語りだしたのは、エルム竜王国建国の真実だった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 今から数百年もの昔。魔法文明で栄華の限りを尽くした古代レムリア王国が滅びた直後の時代。

 その当時、霊峰ヘルラト山の周辺には荒れ果てた大地が広がっていた。ヘルラト山に住まうという凶暴な古竜ユリシーズを恐れ、人が寄り付かなかったからだ。


 しかし、その不毛の大への移民を試みる集団がいた。レムリア王国が消滅した後の混乱期において勢力争いに敗れ、生まれ育った土地からはじき出されて行き場をなくした者たちだ。


 その人々を束ねるリーダーこそ、後に建国王エルムⅠ世として知られることになる男だった。


 移民者達の開拓作業は困難を極めた。荒れ果てた土地には数多くの魔物たちが巣食っており、人々はその襲撃によって度々被害を被った。しかし、何より恐れられたのは暴竜ユリシーズの来襲だ。移民たちが開拓を進めている入植地に数年に一度程度の頻度で現れては、多くの人を喰らい大地を焼き尽くしたという。


 このままでは我々に未来はない──入植地の行く末を憂慮したエルムは、遂に暴竜ユリシーズの討伐を決意。移民たちの中から屈強な男たち12人を選び、彼らとともに霊峰ヘルラト山にあるという怨敵の棲家を目指して旅立った。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「それって『建国王と十二勇士の討伐行』ですよね。先日、大神殿のタペストリーで見たばかりです」


「そうです。この討伐行において、12人の勇士達は魔物との戦いの中で尽く生命を落としました」


「でも、建国王エルムⅠ世陛下はたった一人でユリシーズの許に辿り着き、強大な竜を相手に守護の盟約を交わした──流石に僕も知ってますよ。建国伝説の中でも最も有名な場面ですから」



 しかし、なぜ今さらこんな誰でも知ってるような話を?

 僕が不思議そうな顔をしていると、オーレリア姫は悲しげに微笑んだ。



「シモン様はその話を聞いてどう思いました?」


「え……?ええと、建国王は凄い人だったんだなあって思いましたけど」


「そういう事ではなく、何かおかしいとは思いませんでしたか?」


「〝何かおかしい〟って……この伝説の内容が、ですか?」



 それは思いもよらぬ発言だった。王家の姫ともあろう方が、まさか建国伝説の内容に疑いを差し挟むとは。

 意外な話に戸惑う僕に代わって王女の質問に答えたのはグウェンだった。



「言われてみれば、盟約の内容が一方的過ぎないかしら」


「一方的って、どういうこと?」


「盟約によって建国王は竜の守護を得た。でも、その代わりに竜は何を得たの?」


「あっ……」



 言われてみればその通りだ。竜が一方的に王国を守護するなんて、それはもう〝盟約〟じゃなくて〝隷属〟だ。

 神にも近しい存在とされる古竜が、只の人間を相手にそんな関係を結ぶとは考えられない。盟約を結ぶ際、建国王の側も何かを差し出している筈だ。



「グウェン様の推察された通りです。この時、建国王エルムⅠ世は守護龍ユリシーズに代償を支払うことを約定したのです」


「その代償って、一体何なんですか?」


「〝建国王の血を引く者の生命〟です」


「…………!?」



 建国王の血を引くものって……エルム竜王国の王家の者ってことじゃないか!

 待てよ、ということはオーレリア姫も当然その代償の対象となり得るということに……!?



「驚かれたようですね」


「これで驚くなという方が無理ですよ……。でも、建国当時からそんな代償を払い続けていたとしたら、とっくに王家が絶えてしまっていたのではないですか?」


「犠牲の贄として竜に差し出されるのは『王の直子のうちの一人』という決まりなのです。少なくとも王に二人以上の子がいれば、王家は存続できます」



 王が代替わりするごとに1人の生命が犠牲になる、ということか。

 それと引き換えに竜の守護を受けられるとはいえ、いくらなんでも代償が大き過ぎやしないか?



「ひょっとして、先代王の次男レイモンド王子が若くして生命を落としたのも……?」


「はい。私にとっては叔父にあたる方ですが、かの御仁も竜の贄として生命を落とされました。先々代王の長女アンジェリーナ王女も同じ運命を辿った一人です」


「なんてことだ……」


「贄に選ばれた子は、18歳の誕生日を迎えたその日に単身ヘルラト山の竜の巣に入る──それがエルム竜王国の王家に代々受け継がれてきた習わしです。そして、当代の贄であるこの私も、あと1ヶ月後に18歳になります」


「なっ……!!?」



 姫の話が真実であれば、当代の王も自らの子を贄として竜に差し出さなければならない筈だ。

 でも、そうだとすると別の問題が生じてしまう。



「恐れながら姫様……貴女にはご兄弟がいらっしゃいませんよね。いま貴女が贄になれば、王家が絶えてしまうのでは?」



 僕の指摘に姫は苦しげな表情を浮かべた。


 現国王リチャードⅡ世陛下の直子は長男のマクシミリアン王子と長女のオーレリア姫の二人のみ。しかし、マクシミリアン王子は流行り病によって昨年薨御されてしまった。つまり、現国王の直子はオーレリア姫しかいないのだ。



「でも、それなら盟約を終わらせるしかないでしょう。国を守るための盟約で王家が絶えるなんて本末転倒ですよ」


「私もそう思います。竜の守護がなくとも、ロデリックを始めとする騎士団の皆さんが立派に国を守ってくれるでしょう」



 僕とグウェンの言葉に、ロデリック様は我が意を得たりという表情で、顔を紅潮させて拳を強く握りしめる。

 しかし、姫はただ悲しげに頭を振った。



「確かに、今のエルム王国には竜の守護など必要ないのかもしれません。でも……盟約を終わらせることはできないのです」


「そんな……!何故なんですか!?」



 僕たちの必死の問いかけに、姫は表情を変えることなく静かに言葉を紡いだ。





──盟約を違えた時、災厄が国を覆い尽くし全ての民が死に絶えるであろう──





「これが、建国王エルムⅠ世の遺言として代々王家に伝えられてきた言葉です」

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