第4章 06話 クレマンの街
転移門を抜けてクレマンの街に移動した途端、冷えた空気が肌を刺す。霊峰ヘルラト山の麓にあるこの街は、山から吹き下ろす風により、いつも冷たく乾いている。この地域の主な産業は牧畜で、街の中には肉屋の他にミルク、チーズ、ヨーグルトといった乳製品を取り扱う店や羊毛を使った衣類や雑貨の店が立ち並んでいる。街の周囲には高地特有の背の低い植物が自生しており、それらが家畜の主食となっている。
街の建物は巨大なテントとでもいうべき造りのものが殆どだ。冷たい風を防ぐには少々心もとないが、中に入るとこれが意外と暖かい。テントの外幕の内側に羊毛のフェルトが重ねられており、部屋の中央で焚かれている薪ストーブの熱を外に逃がさないようになっている。
「うーん、前に来た時も思ったけど、独特な雰囲気がある街だよね」
「……ちょっと寒いわ。ねえ、まずは防寒着を買いに行きましょうよ。ここの服はすごく暖かいのよ」
《ダメなの。今は防寒着なんかよりもっと大事なことがあるの》
「ああ、姫とロデリック様を探しに行くんだろ?」
《ご飯なの!ここのチーズを食べずには帰れないの!》
「食い気が最優先なの!?」
「いいわね。熱々のチーズフォンデュを食べたい気分だわ」
「グウェンまで……仕方ない、まずは腹ごしらえといきますか」
《大賛成なのー!》
僕たちは街の中心部近くにある食堂に席を取って食事を始めた。頼んだのは羊肉のソテーとチーズフォンデュと白パンだ。小さく切った羊肉やパンをとろりとしたチーズに絡めて食べると、それこそ頬が落ちそうなほどに美味い。
《んーー!美味しいのー!》
「体の芯まで温まるわ……。クレマン産のチーズに外れは無いわね」
「この羊肉も美味しいなあ。噛むごとに肉汁が溢れ出してくるよ」
クレマンの名物料理を腹いっぱい堪能した僕たちは、改めてこの後の事を話し合った。
「二人を見つけたらどうするつもり?」
「まずは失踪した理由を聞き出さなきゃならないだろうね。その上で、僕たちに何か手伝えることがないか考えてみるよ」
師匠が言い淀んだ国の機微に関わる大問題について、この二人は何か知ってるんじゃないだろうか。だからこそ逃げざるを得なかった──そう考えると一応説明はつくように思える。
「二人が戻りたくないと言ったら?」
「それは……僕たちだけじゃ判断できないな。その時は一度引き返して、伯爵様と子爵様に相談しなきゃならないだろうね」
これが国の問題とは無関係の単なる駆け落ちだったりしたら、二人が王宮に戻りたがるとは思えない。でも、もしそうなら最悪だ。
連れ戻せば当然二人の関係は引き裂かれるだろうし、ロデリック様は王女を拐かした罪で重い刑罰を受けることになるだろう。
かといって、連れ戻さなければそれもそれで問題だ。エルム王国は後継者を失い、王亡き後の実権を巡り内乱が勃発する可能性もあるだろう。──あれ、これって八方塞がりなのでは?
《くよくよ考えてても仕方ないの。ここまできたら行動あるのみなの》
「そうだな。とにかくロデリック様の居場所に行ってみよう」
僕たちは連れ立ってロデリック様の気配がある場所に向かった。
それは街の外れに近い場所で、この辺りまでくると建物もまばらになっている。その中のひとつから小さい男の子が顔を出すと、僕たちの姿を見て声をあげた。
「あれっ」
「ん?」
「エルフを連れてる黒髪の冒険者……兄ちゃんって、ひょっとして〝悪魔殺し〟のシモンか?」
「へ!?」
なんでこんな田舎(失礼)の子供までもが僕の事を知ってるの!?
しかも容姿や仲間の情報まで広まってるとか、セルマ様はどんだけ僕らの事を触れ回ってるんだ……。
「あーでも人違いか。噂だと仲間のエルフの顔にはでっかい傷があるっていうもんな」
「ははは……」
一人で納得する子供に、もはや乾いた笑いしか出てこない。
その横で、グウェンが優しく話しかけた。
「坊やに聞きたいことがあるんだけどいいかしら」
「なに?」
「私達、人を探しているの。金色の短髪の男性と、綺麗な女性の二人連れなんだけど」
「ひょっとして、セドリック兄ちゃんとレイア姉ちゃんのことかな?」
僕たちは思わず顔を見合わせた。ロデリックとセドリック。オーレリアとレイア。よく似た名前だ。
「その二人がどこにいるか教えてくれるかしら」
「……アンタ達、何者だ?」
男の子は僕たちに警戒するような視線を向けてくる。
「僕たちは怪しい人間じゃないよ。セドリックのご両親から伝言を頼まれてるんだ。頼むから、二人の居場所を教えてくれないか」
「ふーん。分かった、俺についてきなよ」
男の子の案内に従って後をついていくと、こじんまりとした一軒の民家に辿り着いた。周りの建物と比べても小さく、外装も古ぼけている。こんなところに一国の王女と近衛騎士が身を隠しているなどとは誰も思わないだろう。
男の子は建物の中に向かって大声を上げた。
「おーい、セドリック兄ちゃんとレイア姉ちゃん!お客さんだよー!」
二人からの返事はない。ただ、家の中でガタッと物音がしたのが確かに聞こえた。誰かが中にいるのは間違いない。
「不躾な訪問をお許しください。以前父君の御屋敷でお目にかかった、冒険者のシモンです」
「同じく、冒険者のグウェンです」
「シモン……?まさかあのシモン様ですか?」
僕たちが名乗ると、漸く家の中から声が返ってきた。この声は間違いなくロデリック様のものだ。
「父君が心配しておいでです。まずは事情を聞かせてもらえませんか」
「……分かりました。お二人とも、どうぞ中にお入りください」
中からロデリック様の声が聞こえてくる。
僕たちの隣では、案内してくれた男の子が目を丸くしていた。
「兄ちゃん、やっぱり〝悪魔殺し〟のシモンだったんだな!凄えや!」
「ははは……」
「ってことは、こっちのエルフのお姉ちゃんは〝精霊姫〟のグウェンか!でも、だとしたら顔に酷い傷がある筈なんだけど……変だな、傷なんてどこにもないや」
男の子は興奮に瞳を輝かせている。
困ったな、オーレリア姫とロデリック様が身を隠している事情が分かるまで、あまり僕たちのことを触れ回ってほしくないんだけど。
グウェンは少年の前にしゃがみ込み、視線を合わせて語りかけた。
「坊や、名前は何ていうの?」
「俺?俺の名前はコリンだよ」
「コリンは私達のことをよく知ってるのね」
「当たり前だよ、二人とも有名な冒険者じゃないか!でも、そんな凄い人たちがこんな街まで何しに来たんだ?」
「秘密の仕事よ。その件で、セドリックさんとレイアさんに力を借りに来たの。だから、私達がここに来たことは絶対に内緒にしてほしいの」
「秘密の仕事……!うん、分かった!」
グウェンが小指を差し出すと、コリンは興奮に頬を赤く染めながら指切りに応じた。
「約束よ。これは私達とコリンだけの秘密」
「うん!俺、絶対に誰にも喋らないよ!」
コリンは満面に笑みを浮かべ、指切りした右手を僕たちに向かってぶんぶんと振りながら、どこかに駆け出していった。
僕もつい最近まで平凡な狩人をやってたから、コリンの気持ちはよく分かる。有名な冒険者と出会って秘密を共有するなんて、冒険に憧れる男の子にとっては夢のような話だよな。うん、あの様子ならきっと約束を守ってくれるだろう。
しかし、それにしても──
「なんか意外だったな。グウェンって、子供の扱いが上手いんだ」
「ふふっ、年の功よ」
年の功か。
そういえば、グウェンって今何歳なんだろう。前々々世の僕が死んだ時はまだ子供だったって話だけど、それから何年経ってるのかな。
《シモン様、女性の歳を気にするなんて野暮の極みなの》
「ぐっ……何も言い返せない……」




