第4章 05話 失踪した二人
「忙しいところ呼び出してしまい申し訳ない」
「とんでもない。それに、そこまで忙しくしていませんでしたから」
僕たちははオールストン伯爵からの呼び出しを受け、彼の屋敷に馳せ参じていた。屋敷にはオールストン伯爵一家だけでなくグローヴ子爵一家も顔を揃えており、皆は一様に沈鬱な表情を浮かべていた。
このグローヴ子爵の存在により、僕たちは呼び出された理由を何となく察することができた。
「さて、君達も聞き及んでいることと思うが──」
「オーレリア姫が失踪された件ですね。姫だけでなく、グローヴ子爵のご長男も行方知れずとか」
「……その通りだ。姫の失踪と同時にロデリック君まで姿を消してしまった。口さがない者どもの間では『駆け落ちではないか』という下衆な噂まで立っている始末だ」
「我が息子に限ってそのようなことは無い!」
「グローヴ子爵、落ち着いてください。ここにいる皆は承知しています」
思わず声を荒らげたグローヴ子爵がセルマ様に宥められて肩を落とす。
そう、今は国中がこの噂に沸き立っている。オーレリア姫は18歳になったばかりの若き王女だが、国王陛下のたった一人の実子であり、ゆくゆくは国王の後を継いで女王になることが確実視されていた。そのオーレリア姫が、着任してから間もない若き近衛騎士と共に姿を消した──この事実は人々の間に様々な憶測を呼び起こした。しかも、どこから漏れ伝わったのか、噂は王宮の中に止まらず広く国民が知ることとなってしまった。
『姫様は魔物に襲われて殺されちまったんじゃねえかな。だとしたら、近衛騎士の若者も生きてはいまいな』
『いや、近衛騎士が姫様に懸想して連れ去ったんじゃねえか?なにしろ姫様はとんでもねえ別嬪さんだったからな』
『アンタ何言ってんだい。姫様の方もあのロデリックとかいう騎士に参っちまったに違いないよ。こりゃ駆け落ちだね、駆け落ち』
今ではどこの酒場もこんな噂話で持ちきりだ。
この事態に最も頭を痛めているのはグローヴ子爵であろう。自分の息子が命を落としたか、さもなくば王女を拐かした重罪人という扱いを受けているのだから、その心痛は察するに余りある。
「それで、国王陛下はなんと?」
「陛下からは寛大なお言葉を頂いたよ。『現時点で罪に問うつもりは無い』そうだ」
「当然だろう。あのロデリック君が罪など犯すはずが無い」
僕もオールストン伯爵と同感だ。僕は一度会って話しただけだけど、竹を割ったような性格の礼儀正しい好青年だった。あんな人が王女を誘拐するなんて大それたことをやらかすとは思えない。
「私も息子の事を信じている。しかし、その息子は今どこで何をしているのか……」
「あなた……」
憔悴しきった様子のグローヴ子爵の肩をカミラ夫人がどうにか支えている。
その時、子爵夫妻の横にいた次男のギルバート様が声をあげた。
「シモン様、兄貴……ロデリック兄さんはシモン様に何か言ってませんでしたか」
「私に?」
「先日、僕たちと一緒に食事をした時、兄貴はシモン様に何やら相談しているように見えました。あの時、兄貴は何を話していたんですか」
「食事中……ああ、あの時の」
多分、ロデリック様から妙な質問をされた時のことだろうな。
「あれなら、ただ『竜と戦って倒せるか』って質問されただけですよ」
「竜……ですか」
「ええ。でも、僕が答える前に『くだらないことを聞いた、忘れてくれ』とロデリック様が仰られて、それっきりです」
「竜というと、守護竜ユリシーズのことでしょうか」
「あの子がそんな思わせぶりなことを言うなんておかしいわ。これは間違いなく何かあるわね」
考え込むギルバート様の横で、セルマ様があっさりと言い切った。相変わらず怖いくらいに勘が良いな……。
その時、それまで黙っていたグウェンが口を開いた。
「伯爵様に子爵様。私たちを呼び寄せたのは、それを聞くためでは無いのでしょう?」
「というと?」
「オーレリア姫とロデリック様の捜索および救出。それこそ、皆さまが私たちに望んでいる事なのでは」
「……その通りだ」
グウェンの言葉に、オールストン伯爵が深く頷いた。
「いつも頼りきりですまないと思っている。しかし、私たちには君達しか頼れる者がいないのだ」
「しかし、守護竜までもが絡んでいるとなると我々とて無理強いは出来ない。この依頼を受けるか否かの判断は君たちに任せよう。勿論、断ってもらっても構わない」
オールストン伯爵の言葉をグローヴ子爵が継ぐ。自分の息子の安否がかかっているというのに『断ってもいい』って、この人も本当に貴族らしからぬ良い人だな。
でも、この件に関して僕たちの答えは既に決まっている。
「僕たちでよろしければ、謹んでお引き受けいたします」
「おお、本当か!?」
「なんと有難い!」
声を併せて喜ぶ二人に、まだ話してなかった事実を告げる。
「実はロデリック様の話を聞いて、僕たちも色々と調べていたんです」
「調べるって、何をだね?」
「まだこれは申し上げていませんでしたが──いま、国の中枢で守護竜に関わる何らかの異変が起こっています。恐らく、姫とロデリック様はそれに巻き込まれたのではないかと」
「なんと……!?」
僕は集まっている面々に王都での出来事を説明した。
ロデリック様の話を受け、僕の師である大賢者バルタザールの許を訪ねたこと。
師匠は『国家の機微に関わる』とのみ言い、詳細を明かさなかったこと。
師匠の導きに従って神竜教の大神殿を訪れるも、何ら得るものは無かったこと。
「そのようなことが……」
「この問題については国王陛下も御存知のはずです。だからこそグローヴ子爵の罪を問わなかったのでしょう」
王女は守護竜と盟約を交わしたという建国王の血族。ロデリック様はその姫の近衛騎士であり、竜との関わりを匂わせていた。
守護竜絡みの問題を認識している国王陛下なら、二人の失踪が巷で噂されているような性質のものではないことに気付くはずだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
僕たちが依頼を請け負ったことで安心した様子の皆さんに暇を告げ、僕たちは自宅に戻ってきた。
「でもシモン、どうやって二人を探すつもり?」
「それなんだよなあ。二人の足取りを追うにしても、手がかりが少なすぎる」
失踪直前の足取りでも掴めれば、そこから後を辿ることだって可能かもしれない。でも、王宮の人に聞き込みなんて出来ないしなあ。王都で吸血鬼退治をした時は師匠の伝手で国王陛下に謁見することができたけど、そうそう何度も会ってもらえるような人じゃないし、この件に関しては師匠も僕たちを巻き込むことに及び腰だ。
「魔法でパッと二人の居場所が分かったりすれば楽なんだけどな」
《できるの》
「は?」
《シモン様の根源魔法なら、一度会ったことのある人の居場所を探知するくらい楽勝なの》
「探知……って、二人が近くにいると限ったわけじゃないのに、まさかそんな──」
《たぶん、探す相手が大陸内にいれば探知可能だと思うの》
「嘘でしょ!??」
まさかとは思うけど……とにかく頭の中にロデリック様のイメージを描き、その気配を探ってみる。要領としては気配探知の技能を使う時と同じだが、さらに魔力によってその探査領域を拡大していくようなイメージだ。
半径100メートル…200メートル……。
さらに大量の魔力をイメージに注ぎ込む。
半径10キロメートル…20キロメートル……。
「シモン、どう?」
「…………見つけた……見つけちゃったよ……」
ロデリック様の気配が引っかかったのは、なんとここから200キロメートルほど離れた場所にある、霊峰ヘルラト山の麓にあるクレマンの街だった。おかしいよね……なんでそんな遠くの人を探知できちゃうの……。
《ほーら、やっぱし楽勝だったの》
「何故だろう……人間としてはむしろ惨敗した気分だよ……」
でも、クレマンの街なら転移門で飛んでいける。これもディアボロ掃討の際に各地を飛び回ったおかげだな。
「それにしても、ロデリック様はこんな所で一体何を?」
「オーレリア姫も御一緒かしら?」
《そんなの行ってみれば分かるのー》
ステラの言う通りだ。僕とグウェンさんは顔を見合わせて頷き合う。
「よし、皆で行こう!クレマンの街へ!」




