第4章 04話 建国伝説
話は当事者から聞くべき、というステラの助言に従い、僕たちは王都の大賢者様の家に転移した。
「なんじゃ、またお主らか」
「ははは……度々すみません師匠」
呆れ顔の師匠が僕たちを出迎える。最近、事あるごとに師匠の家にお邪魔しているような気がするなあ。
「今日は何の用じゃ?またワシの料理を食べたくなったかの?」
「いえ、それは無いです」
以前食べる羽目になった悪夢のスパゲティの味わいが口の中に蘇ってくる。あんなもん二度と食わされてたまるか……!
一瞬で表情を強ばらせた僕に代わって、グウェンが話を継ぐ。
「大賢者様、今日こちらに伺ったのは貴方のお話を伺うためです」
「ほう、どんな話をご所望かの?」
「〝守護竜ユリシーズ〟が引き起こしている問題について」
「むう……?」
ユリシーズの名を聞いた途端に途端に師匠の表情が曇った。
「お主ら、どこでその話を聞いた?」
「僕らには物識りな守護天使がついてますから」
《お爺ちゃんお久なの》
唐突に姿を現したステラの姿をみて、師匠は驚きつつも納得したようだった。
「……成程な、お主らに隠し事は出来んというわけか。しかし、それならわざわざワシに聞く必要もなかろうが」
「僕もそう思いましたけど、当事者から聞くべきだと言い張って、ちっとも教えてくれないんですよ」
「ふむ……当事者か」
師匠はそう言うと、顎に手をやって考え込んでしまう。
「悪いが、ワシからこの件については明かすわけにはいかん」
「……僕では力になれませんか?」
「いや、お主の力を借りたいのは山々じゃ。しかし、如何せん我が国の機微に関わることでの」
僕はグウェンと顔を見合わせた。
少なくとも「国の一大事」という僕たちの予想は当たっていたわけだ。
「とはいっても、ワシにそう言われたくらいで引き下がるようなお主ではあるまい」
「はい。国の大事となれば捨て置けません」
「ふむ……ならば、〝神竜教〟の大神殿を当たってみるがよい。ワシから言えるのはそれだけじゃ」
「〝神竜教〟を……?」
〝神竜教〟とは、ここエルム王国でのみ信仰されている宗教だ。その信徒は〝守護竜ユリシーズ〟を神と崇め、国内各地に点在している神殿にて日々祈りと修行の日々を送っている。ちなみに、モルトの街で孤児院を運営しているのも、この〝神竜教〟の神殿だ。
その〝神竜教〟の大神殿に一体何が……?
「大神殿なら丁度この王都にあるわ。行ってみましょうよ」
「そうですね。それじゃ師匠、また来ます」
「来るのはいいが、ちゃんと入口から入ってきてくれんかの。転移門でいきなり家の中に湧いて出てこられると心臓に悪いわい」
「す、すみません……」
考えてみたら、他人の家にいきなり転移するのって相当失礼なことだよな。反省反省。
ただ、女湯に転移しようと研究に勤しんでいた師匠にだけは言われたくなかったけど……。
師匠の家を出た僕たちは、その足で大神殿に向かった。
神竜教の大神殿は、この王都において王城ドラゴンパレスに次ぐ威容を誇る建物だ。石造りの巨大な建物には巨大な石柱と竜を象った彫像が立ち並び、その天蓋の高さと言ったら見上げるだけで首が痛くなるほどだ。
神殿の中に入ると、礼拝に訪れた大勢の街人が御神体である巨竜の石像に祈りを捧げている。ステンドグラスに彩られた壁には一面にタペストリーが飾られており、そこには建国伝説の絵が描かれている。
「どうして師匠はここを当たるように言ったのかな?」
「さあ……特にこれといって変わったところは無さそうね」
僕たちはタペストリーの絵を眺めながら、何とはなしに神殿の中を歩き回る。そこに描かれた建国伝説は、この国に暮らす者ならば誰でも知っている内容だ。
1枚目のタペストリーにはひたすら荒れ果てた土地が描かれている。
今を遡ること遥か昔、古代レムリア王国が消失した後の時代。ここには住むものとてない荒れ果てた土地が広がっていた。強大な竜ユリシーズが棲む場所として恐れられ、誰一人として近づこうとすらしなかったという。
2枚目には後光をその身に纏った鎧姿の男が荒れ地に立つ姿が描かれている。
これは健国王エルムⅠ世。英雄王として大陸中にその名を轟かせる過去の偉人だが、彼がどこからこの土地にやって来たのかを知る者はいない。彼とその家族がこの土地に入植すると、その後に多くの者が続き、その配下となったという。
3枚目には健国王エルムⅠ世が険しい山道を行く姿。
土地の脅威であったユリシーズを除くべく、その生息地である霊峰ヘルラト山へと向かう健国王エルムⅠ世と、後世で十二勇士と讃えられている精鋭揃いの仲間達だ。
4枚目は健国王エルムⅠ世が魔物の大群と戦う姿。
健国王は白く輝く剣を振るい、全身を鱗に覆われた人型の魔物を切り伏せている。その周囲では十二勇士達も敵と激しく戦っている。
5枚目は仲間の亡骸を胸に抱きつつも、凛々しく前を向くエルムⅠ世。
伝説によると、先の魔物との戦いのなかで十二勇士は悉く壮絶な討ち死にを遂げたものの、最後まで王を守り抜いたという。王都の中央広場には、この十二勇士の勇気と忠誠を讃えた石像が立ち並んでいる。
6枚目は剣を構えたエルムⅠ世が遂に巨大な竜ユリシーズと対峙する場面。
仲間を全て失ったエルムⅠ世が、それでもたった一人で強大な竜であるユリシーズに立ち向かうという、建国伝説の中でも最も有名な場面だ。
7枚目はエルム国王とユリシーズの間で盟約が結ばれる場面。
自らに単身挑んできたエルムⅠ世の勇気と志操の高さに感銘したユリシーズが、彼と友誼を結び守護の盟約を交わす場面だ。これ以降、エルムⅠ世の血族が代々治めるこの国はユリシーズの守護を受けて繁栄し、エルム竜王国と呼ばれるようになった。
最後の8枚目は白銀の鎧を身に纏い他国の軍勢と戦うエルムⅠ世の勇姿。
軍勢同士が戦う上空には守護竜となったユリシーズの姿が描かれており、エルム王国軍の兵士が持つ盾には竜の紋章が彫り込まれている。竜と共に生き竜と共に戦うエルム竜王国は、他国からの侵略を悉く撥ね退け、今なお繁栄の時代の中にある。
「ひょっとして、このエルム竜王国の建国伝説に関係があるとか?」
「何百年も昔から語り継がれてきた話なんでしょ?そんなものに今さら謎が残っているとも思えないけど」
「そうだよね……でも、それ以外に何があるっていうんだろ?」
手詰まりになった僕たちは、大神殿の神官に声をかけてみることにした。
「すみません、ちょっといいですか」
「はい、何か御用でしょうか」
「近頃、守護竜ユリシーズに関する事件があったりしませんでしたか?」
「竜神様に関わる……?いえ、私は何も聞き及んでおりませんが」
「別に事件でなくても構わないわ。竜に関わることなら何でも聞きたいの」
「おお……こちらのエルフのお嬢様は随分と竜神様に興味が御有りのようですね。もしや入信を希望されておいでですか?」
何やら変な誤解をされてしまったようで、若い神官はやたら嬉しそうにしている。
いや、悪いけど入信はできそうにないなあ。事と次第によっては守護竜ユリシーズと敵対することになるかもしれないわけで。
「事件以外の話ならありますよ。3ヶ月ほど前に国王陛下が霊峰ヘルラト山に赴き、竜神様と面会されたそうです」
「国王陛下が?それって頻繁にあることなんですか?」
「いえ、滅多にあることでは御座いません。過去に陛下が入山されたのは即位直後の一度きりだった筈ですよ」
「へえ……何をしに行ったんですかね?」
「流石にそこまでは。ただ、王家の方が出向くとなると古の盟約に関わりのある事ではないでしょうか」
古の盟約……建国王と守護竜の間に結ばれたという守護の盟約のことだろうな。
この盟約のお陰で、我がエルム竜王国は長年に渡って平和を享受している。それはそうだろう。わざわざ竜の守護を受けているというエルム竜王国を選んで攻め込んでくるような酔狂な国などある訳がない。
「守護竜ってどんな竜なんだろう。僕も一度見てみたいな」
「ははは、それは無理というものですよ。王家の血を引く方以外は立ち入り禁止です」
「えっ、神竜教の人でも入れないんですか?」
「はい。禁を破って霊峰に侵入した者は問答無用で死罪です。我が総大司教様といえども、竜神様への御目通りは叶いません」
神官の言葉に驚いた僕たちは思わず顔を見合わせる。
「竜を神として崇めている貴方達が、その竜を見たことも無いなんて意外だわ」
「神は我らの心の中におわします。竜神様の守護は常にこの国を包んでおいでなのですよ」
グウェンの言葉ににっこりと微笑んだ神官は、僕たちにお辞儀をすると立ち去って行った。
でも、あの神官の言う通りなんだろうな。他の神様を崇めている人達にしたって神様の姿を見たことなんか無いだろうし、それを当然の事と受け入れて信仰を捧げているわけだ。神竜教の人々もそれと同じってことなんだろう。
「で、何か収穫はあったの?」
「うーん……ロデリック様の言葉と併せて考えれば守護竜ユリシーズが関わっているのは間違いないんだろうけど、それ以上の事は何も分からないな」
国の守護者として神とまで崇められている竜が、その国に災いをもたらすとは考えにくい。そもそも、偉大な存在である古竜がわざわざちっぽけな人間如きに関わろうとするだろうか?
「あー駄目だ。さっぱり分かんないや」
「私も降参。ねえ、一旦引き上げて出直さない?ここでいくら悩んでいても答えは出ないわ」
「そうだね。それにしても──大賢者様はなんでここを当たるように言ったんだろ?」
《…………》
結局、僕たちは何ら得ることも無くモルトの自宅へと戻った。すべてを知っている筈のステラは、結局最後まで無言を貫き通した。国の一大事だってのに、この子って変なとこで頑固なんだよなあ……。
そしてその1ヶ月後、遂にエルム竜王国を揺るがす事件が起こった。
王位継承権第一位、オーレリア王女の失踪である。




