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聖人シモンと星の銀貨  作者: 日比野暮
第4章 聖人シモンと竜王国の謎
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第4章 02話 グローヴ子爵家の三兄弟

 パナシエの街。グローヴ子爵領における最大の街であり、子爵家の御屋敷もここに構えられている。


 今日も街中には冒険者の姿が多い。パナシエ森林迷宮の畔に栄えているこの街には、迷宮での一獲千金を夢見る冒険者たちが数多く集まってきている。通りにはその冒険者をあてこんだ武器屋や道具屋などが軒を連ねており、雑然とした賑わいに満ちている。



「どうするの?ギルドに頼めば御屋敷に繋ぎをつけてくれると思うけど」


「いや、それだと時間がかかる。ここは駄目元で直接行ってみよう」



 僕たちは真っすぐグローヴ子爵の屋敷に向かい、入り口の門を守る衛兵に取次ぎを願い出た。



「おお、貴方が噂の出鱈……いや、〝悪魔殺し〟のシモン様でいらっしゃいますか。すぐに取り次ぎますので少々お待ちください」



 ちょっと待て、この人いま何て言おうとした?


 しばし門の外で待っていると、屋敷の中から見慣れた青年が駆け出してきた。



「シモン様!」


「これはエルネスト様。すみません、すっかりご無沙汰してしまって」


「とんでもない!ようこそお出でくださいました。父も喜んでますよ」



 父という言葉に思わずギクリとなる。



「あのう……子爵様はお怒りではないでしょうか?」


「父が怒る?何故ですか?」


「いや、こちらに立ち寄らせていただく約束をすっかり失念してしまっていたもので」


「あはは、それくらいの事で臍を曲げる父ではありませんよ。シモン様が忙しいのは重々理解してますから」


「よ、良かった……!」



 面子を重視する貴族との約束を破った以上、叱責は免れないものと覚悟していた僕は、エルネスト様の思わぬ言葉に心底ほっとした。

 グローヴ子爵の器の大きさに感謝するしかないな。



「ときにシモン様、お連れの女性は何方ですか?」


「ああ、エルネスト様は会ったことが無いんでしたっけ。彼女は僕の仲間です」


「冒険者のグウェンと申します。どうぞお見知りおきください」


「えっ、貴方があの〝精霊姫〟なんですか!?でも、だとしたら顔に傷がある筈では……いや、話は後にしましょう。中で父が待っています」



 僕たちはエルネスト様の案内で屋敷の中に通され、応接間に入っていく。

 部屋の中ではグローヴ子爵が僕たちの訪れを待っていた。



「おお、シモン君!」


「ご無沙汰しております。すみません、お便りを頂き慌てて参上致しました」


「ははは、それくらい構わんとも。君の近頃の活躍の噂は社交界にも鳴り響いているよ。私も知り合いとして鼻が高い」


「しゃ、社交界ですか……?」



 王侯貴族の集まりで僕なんかのことが噂になってるなんて、場違いもいいところなのでは?


 グローヴ子爵が言うには、例のディアボロ掃討が特に評価されているそうで、領地持ちの貴族たちから「我が領内に巣食う賊どもが一掃された!」と盛んに喜びの声が上がっているそうだ。ヴァレリアの街を治めているピアース侯爵に至っては、街を破壊しかかった巨大な悪魔を討伐した僕の活躍を我が事のように吹聴しては「なんとしても我が家臣に迎えたい」とオールストン伯爵に直談判まで繰り広げたんだとか。僕、オールストン伯爵の家臣ってわけでもないんだけど……。



「社交の場で噂話を聞くにつけ、私も久々に君に会いたくなってね。以前の約束を盾に、こうして呼び出したという訳だ」


「それならそうと仰ってくれれば、不義理を叱られるものと思い込んで怯えることもなかったのですが」


「ははは、すまなかった。これに懲りたら約束を忘れないでくれよ」



 グローヴ子爵はそう言って楽しそうに笑った。


 その時、応接間の扉がノックされた。



「貴方、そろそろ宜しいですか?」


「ああ、入ってくれ」



 子爵の許しを得て、僕たちのいる応接間に身なりの良い人達が入ってきた。

 うち二人はグローヴ子爵の奥方であるカミラ様と三男のエルネスト様。

 さらにその隣には、僕の知らない二人の青年が並んでいる。



「シモン様、お久しゅうございます」

「シモン様、グウェン様。先ほどはどうも」



 カミラ様とエルネスト様の挨拶に僕たちが会釈を返していると、グローヴ子爵がやってきて二人の青年の肩に手をかける。



「まだ紹介していなかったな。この短髪が長男のロデリック。こっちの癖っ毛は次男のギルバートだ」


「初めまして。ロデリックと申します」


「ギルバートです。シモン様の話はエルネストからよく聞かされています」



 長男のロデリック様は短く刈り込んだ金髪に精悍な顔つきで、貴公子然としたエルネスト様とは正反対の堂々とした体躯の持ち主だった。

 次男のギルバート様の体格は中肉中背といったところで、癖のあるくりっとした金髪と、その前髪の合間から覗く思慮深げな瞳が印象的な青年だ。



「初めまして。冒険者のシモンと申します。グローヴ子爵領の次代を担う皆さんにお会いできて光栄です」



 僕の返礼に、何故か長男のロデリック様が笑いを浮かべる。



「シモン様、当家の次代を担うのは弟のギルバートだけです。私とエルネストは既に別の人生を歩んでいますから」


「別の人生?」


「エルネストはオールストン伯爵家への婿入りが決まっていますし、私も王都の騎士団に所属する身です」


「長男のロデリック様が騎士団に……」



 僕の隣でグウェンも驚きに目を見張っている。

 そりゃそうだ。貴族の家では長男が後を継ぐものと相場が決まっている。それなのに、その長男であるロデリック様が後継者の座を捨てて騎士団入りするなんて、普通に考えたらあり得ない。


 次男のギルバート様が溜息をつきながら兄の言葉を継ぐ。



「そうなんです。兄貴ときたら、急に騎士団に入団するって家を飛び出したんです。お陰でこっちはいい迷惑ですよ。領主としてやっていけるようにって、座学の時間だって倍以上に増やされたんですよ」


「そう言うなギル。そもそも俺よりお前の方が領主向きなのは、父さんだって認めてる事だろう」


「うん、父さんの気持ちは僕も分かるなあ。ロッド兄さんはいつも考えるより行動が先なんだから」


「……否定しづらいな」



 エルネスト様の無邪気な指摘にロデリック様が苦笑いを浮かべる。

 兄弟それぞれ個性は違うけれど、三人の仲はとても良さそうだ。


 後ろで兄弟のやり取りを微笑んで見やっていたカミラ様が、はっと何かを思いついたような顔をして僕たちに声をかけてきた。



「シモン様にグウェン様。宜しければこちらで食事などご一緒されませんか?」


「おお、それはいい。ゆっくりと君たちの冒険の話を聞きたいしな」


「いや、そんなお手数をかけるわけには──」


《もちろん食べていくの!》



 子爵夫妻のお誘いを遠慮しようとした僕の言葉を遮るかのようにステラが言葉をかぶせてきた。こいつ……さては貴族の食事に目が眩んだな?



「お断りするのも失礼よ。折角のお誘いだし、ご馳走になりましょう」


「うーん……グウェンさんがそう言うなら。お言葉に甘えましょうか」


「よかった。すぐに支度を済ませますから、しばらくお待ちくださいな」


 カミラ様は両手をぽんと合わせて喜び、急ぎ部屋から出ていった。食卓の人数が増えたことを厨房に報せに行ったのだろうか。



「シモン様とグウェン様から直に冒険譚を聞けるなんて光栄です」


「いやいやエルネスト様、流石にそれは持ち上げ過ぎでは」


「いや、エルの言う通りですよ。お二人の名前は今や王国内に知れ渡っていますから」


「ええ……」



 その後、僕たちはグローヴ子爵家の皆さんと食卓を囲んだ。

 食卓には様々な料理が並んでいる。中に色々な具材の詰め込まれた鶏の丸焼き。飴色の玉ねぎがたくさん入っているオニオンポタージュ。見たことのない珍しい果物の数々……いかん、見ているだけでお腹が空いてきた。


 そして、席に着く前に三兄弟の間でちょっとしたひと悶着があった。



「私がシモン様の隣に座ります」


「いや、そこは後継ぎたる僕が」


「後継ぎの席は父上の隣だろう。シモン様の隣は長兄の私が」



 三人とも僕の近くの席で冒険の話を聞きたかったらしい。

 結局、長男のロデリック様が年長者の特権で僕の隣を確保し、その隣に三男のエルネスト様。次男のギルバート様は家の後継ぎとしてグローヴ子爵の隣の席に座るということで落ち着いた。


 ちなみに、ステラは僕の膝の上に座っている。グローヴ子爵家の皆さんには彼女の存在を明かしていないので、用意された食事は僕とグウェンさんの二人分だけ。なので、僕の膝の上に陣取って僕の分の料理を食べるつもりらしい。



《あの……ステラさん?少しは僕の分も残してくれるんだよね?》


《前向きに善処するの。やっぱり貴族のご飯は美味しそうなの……じゅるり》



 駄目だ、もうステラの目には料理しか映ってない……これもう僕の分は全部食われるな。


 目の前のご馳走をすっぱりと諦めた僕は、冒険の話を皆さんに語って聞かせることに専念した。

 王都の大賢者のもとで修業を積んだ話、トマ村に現れた吸血鬼を退治した話、グウェンさんとともに犯罪組織ディアボロを掃討した話などなど、幸い話すネタには事欠かなかった。

 グウェンさんの聖痕や僕の覚醒など話せなかったことも多かったけど、それでも話を聞き終わった皆さんは一様に興奮しているようだった。



「なんと……王都の吸血鬼もディアボロの首魁も、古代レムリア王国所縁(ゆかり)の者であったか」


「まさか、両者に繋がりがあるなんてことは……?」


「あり得ない話じゃないな。そいつらだけじゃない。我が領内に現れた悪魔もレムリア繋がりだった筈だ」



 グローヴ子爵が驚く傍で、エルネスト様とギルバート様が真剣な表情で言葉を交わしている。グローヴ子爵家は三男のエルネスト様が悪魔に襲われた経緯がある。それだけに、これら一連の騒動を他人事とは思えないらしい。


 しかし、僕の隣に座っているロデリック様は兄弟の会話に参加しようとせず、何かを真剣に考え込んでいる。



「ロデリック様、どうかしましたか?」


「……シモン様、ひとつ質問してもよろしいでしょうか」


「はい、私に答えられることであれば」


「シモン様は砦のように巨大な悪魔を倒したんですよね?」


「ええ、まあ」


「仮に──あくまで仮定の話ですが、相手がドラゴンでも勝てますか?」


「……はい??」

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