第3章 26話 浮かび上がった懸念
モルトの街に戻ってきてから一夜明け、僕たちはモルトの街にあるオールストン伯爵の屋敷を訪れた。門を守る衛兵に訪問を告げると、すぐに家宰のバーナードさんがやってきた。
「これはシモン様にグウェン様、ようこそお越し下さいました」
「バーナードさんお久しぶりです。伯爵様はおいでですか?」
「おりますとも。どうぞ中にお入りください。すぐにお取次ぎいたしましょう」
バーナードさんの案内に従って応接室に通されると、程なくして伯爵夫妻が顔を出した。
「まあ!グウェン、その顔はどうしたの!?」
挨拶を交わす前から、奥方のセルマ様がグウェンの顔をみて大声をあげた。あー、そりゃ驚くよね。
でも、バーナードさんはさっきグウェンを見てもまるで動じた様子を見せなかったな。高レベルの隠密技能なんかも持ってたりするし、色々と謎の多い人だな。
「はい、シモンの力で癒やしてもらいました」
「まあまあ、見違えるほど綺麗になって……良かった、本当に良かったわ」
セルマ様はグウェンの手を取って涙ぐんでいる。セルマ様が言うには、グウェンの顔の傷を見るたびに同じ女性として心を痛めていたとのこと。
「シモン君の癒しの力には私とエルネスト君も助けられたし、本当に感謝してるわ。それにしても、この子の顔にあんな酷い傷をつけたのは一体どこの誰なのかしら?もし目の前にいたら、私がとっちめてやるところだわ」
「は、ははは……」
《傷をつけたのもシモン様だって教えてあげたらどうなるかしらー》
《やめて!無駄に状況をややこしくしないで!》
確かに僕といえば僕なんだろうけど、正確には前々々世の僕だからね!?
「さて、今日の訪問はどういった用向きかな?」
「はい。実は昨日、例の犯罪組織の首魁を討伐しました。その麾下の組織も粗方捕縛しきりましたので、今日はそのご報告にあがりました」
「ほ、本当かね!?監獄を広げてからひと月も経っていないのに、相変わらず凄まじい仕事ぶりだな」
僕とグウェンさんはディアボロ壊滅に至るまでの経緯をかいつまんで説明した。グウェンさんの聖痕の件や僕が真の聖人として覚醒した件については当然伏せたままだ。
ただ、流石にダンテの正体までは隠しておくことはできなかった。奴の姿を目撃した人が大勢いる以上、彼らの口から噂が広まるのは避けられない。それなら下手に隠し立てなどしないほうがいい。
「なるほど、またしても悪魔の仕業ということか……」
「エルネスト君に化けていたのも悪魔。パナシエ森林迷宮に現れたのも悪魔。そして今回も……偶然がここまで続くものかしら」
オールストン伯爵とセルマ様が深刻そうな顔で語り合っている。
でも、僕が見た限りだとどの悪魔も人間界で好き放題やっていただけのようにみえたけどな。あいつらに横の繋がりなんてものがあるんだろうか。ダンテはフォルゴーレのことを知っているみたいだったけど、あからさまに見下すような態度だったしなあ。
「あ、でもそういえば……」
「ん?何か思い出したのかい?」
「はい。昨日倒したダンテのことなんですけど、死ぬ間際に自分の右の眼球をどこかに転移させたみたいなんです。転移先がどこなのかは分かりませんが、確か〝我が君〟とか言っていたような……」
「そ、それは本当かい!?ううむ……これは国王陛下にも報告しなければ」
唸るようにそう言うと、オールストン伯爵は腕を組んで黙り込んでしまった。
「国王陛下にですか?でも悪魔はもう討伐しましたし、差し当たって問題はないと思いますが」
「悪魔が1匹2匹で我々の世界にちょっかいを出している程度ならば、陛下の宸襟を騒がすほどの問題ではない。しかし、その悪魔を統べる存在がいるとなると事は重大だ。近頃悪魔絡みの騒動が多発しているのも、ひょっとすると裏に何らかの意図があるのかもしれない」
何らかの意図……か。
もしそうだとしたら、僕が相対してきた悪魔達も何らかの役割を担ってこちらの世界に干渉していたのかもしれないな。
でも、ダンテは悪事を働いていただけだし、フォルゴーレは〝転移の扉〟に引っかかっていただけだからなあ。エルネストさんに化けていた悪魔も正体を現してすぐに死んじゃったし。相手の意図を推理しようにも、これじゃ情報が足りなさすぎる。
「セルマ、悪いが2週間ほど留守を頼むことになる」
「大丈夫よ貴方。後のことは心配なさらないで」
2週間?ああ、王都まで馬車で往復すればそれくらいかかるか。
「2週間も必要ありません。王都までなら僕がすぐにお連れできますよ」
「すぐに?それは一体どういうことかな」
疑わし気な表情を浮かべるオールストン伯爵の前で、僕は転移門を開いてみせた。転移先に選んだのは王都にある師匠の家だ。転移門の向こうを覗くと、僕に割り当てられていた客間の様子が見える。
「なっ……!?」
「シモン君……これは一体何なのかしら?」
「転移門といいます。大賢者様が研究していた転移魔法ですよ」
「転移魔法……?」
「簡単に言うと、遠くの場所と近くの場所を繋ぐ魔法です。とりあえず、皆で転移門の向こうに行ってみませんか」
僕とグウェンさんが先に転移門を潜って見せると、オールストン伯爵とセルマ様もびくびくしながらついてきた。
「シモン君、ここは何処なのかな?」
「王都エルミナスにある師匠の家です」
「なんと……これは驚いたな」
「驚いたけど、楽でいいわね」
オールストン伯爵はまだ目を白黒させているが、セルマ様は落ち着きを取り戻したようだ。この辺り、やっぱり奥方様は器が大きい。
僕たちの気配に気づいたのか、師匠が様子を見にやってきた。
「おう、やはりシモンか」
「師匠、お邪魔してます。今日はオールストン伯爵夫妻をお連れしました」
「大賢者バルタザール殿、急に押しかけて申し訳ない」
詫びの言葉とともに頭を下げる伯爵夫妻に、師匠は鷹揚に手を振ってみせる。
「なあに構わんよ。して、伯爵夫妻が王都に何の御用かな?」
「実は──」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
オールストン伯爵の説明を聞き終えた師匠は納得したように深く頷いた。
「……成程のう、確かに由々しき事態じゃ」
「はい。早急に陛下にお報せせねばと思い、急ぎ駆け付けた次第です」
「分かった、ワシも同行させてもらおう。シモンよ、すまんが王宮まで転移門を繋いでくれ」
「それはいいですけど、王宮の中にいきなり転移して大丈夫なんですか?」
「お国の一大事とあれば、陛下もとやかく言うまいよ」
僕は再び転移門を作り出した。
転移先の部屋に誰もいないことを確認した後、僕たち一行は一人ずつ転移門を潜っていく。
「おお、ここは王宮の客間じゃないか!その魔法はどこにでも転移できるのかい?」
「いえ、残念ながら頭の中でイメージできる場所にしか転移できません。一度も行ったことのない場所に転移するのはまず無理でしょうね」
感嘆するオールストン伯爵に転移魔法の説明をしていると、陛下の近侍を務めている女性が我々の訪いに気づいて騒ぎ出した。
「あなた方はどなたですか!?そもそも、いつの間に客間へ!?」
「おい、ワシじゃ、バルタザールじゃ。すまんが陛下にお取次ぎ願えんかの」
「えっ……なあんだ、大賢者様でしたか。今日は随分と大勢でお越しなのですね」
「おう、こちらはオールストン伯爵夫妻じゃ。その隣の二人は銅級冒険者のシモンとグウェンじゃな」
「えっ……!?し、失礼致しました!!そのような方々とは露知らず、とんだご無礼を……!」
近侍の女性は床に這いつくばるようにして非礼を詫びると、すぐに奥へと消えていった。陛下に取次に行ったのだろう。
それから客間で待つこと10分足らず、先ほどの女性が早足で戻ってきた。
「陛下が今すぐお会いになられるそうです。ご案内いたします」




