第3章 25話 仕事を終えて
ヴァレリアの街で後始末を終えた僕たちは、転移門でモルトの自宅に戻ってきた。
「どうします、適当に何か作りましょうか?」
「そういえば朝から何も食べてなかったわね」
《ステラは肉がいいのー》
お腹を空かせた女性陣のため、僕はさっそく収納の指輪にしまわれた食材の吟味にかかる。えーと、肉、肉……よしよし、鶏肉とオーク肉がたくさんあるな。
鍋に食材を放り込んで手早くトマトソースを作り、そこに骨付きの鶏肉とハーブを放り込んでじっくりと煮込み始める。
そしてもう一品。そのトマトソースを別の鍋に少々取り分け、そこにワイン少々と以前カツレツ用に作った特製ソースとを混ぜ込んで濃厚なソースを作り、それに薄切りにしたオーク肉と玉ねぎに絡めてフライパンで炒めていく。
「おーい、二人ともご飯ができたよー」
《待ってましたのー!》
食堂にやってきた二人を、大皿にたっぷりと盛り付けられた料理が出迎える。
「はい、今日のメニューは鶏もも肉のトマト煮込みとオーク肉チョップだよ」
「美味しそうね。いただきます」
《いっただっきまーす!なの》
3人で思い思いに料理を口に運ぶ。うん、我ながらなかなかの出来だ。鶏もも肉は固くなり過ぎない程度にちゃんと火が通ってるし、トマトソースの味もよく染みてる。オーク肉チョップはかなり濃厚な味付けで、付け合わせに出したパンとよく合う。お酒にも合うかもしれないな。
《んぐんぐ、美味しいの!鶏肉もオーク肉も絶品なの!》
「ああもう、そんな慌てて食べるなよ。ほら、口の周りがえらいことになってるよ」
濡れたナプキンでステラの口の周りを拭ってやったけど、綺麗にしてやってもすぐにまた汚してしまうので、途中からもう諦めた。少しはグウェンさんの綺麗な食べ方を見習っていただきたい。
「さて、今日はもうゆっくり休むとして、明日は何をしようか」
《明日はお魚を食べたいのー》
「いや、献立の話をしてるわけじゃなくてだな……」
「明日はオールストン伯爵の屋敷に伺いましょう。ディアボロの掃討がひと段落したことを報告しなきゃ」
オールストン伯爵は今回のディアボロ掃討作戦における国側の責任者だ。この後、地下大監獄に放り込んだ罪人たちは裁きにかけられることになるが、それらの裁判や刑罰を取り仕切るのもオールストン伯爵の役割だ。
「そうですね。じゃあ、明日は領主様に会いに行きましょうか」
《それが終わったらどうするの?》
「うーん……ディアボロと取引して子供を買っていた連中を捕縛して、国の裁きを受けさせるとか?」
ディアボロの拠点から持ち出した顧客リストが僕の収納の指輪の中に納まっている。これさえあれば、後ろ暗い取引に手を染めていた連中を根こそぎしょっ引ける筈だ。
でも、そんな僕の考えをグウェンさんはやんわりと否定した。
「シモン、それは国に任せた方がいいわ」
「え、どうしてです?」
「顧客リストに載っているのは貴族、代官、大商人といった権力者ばかりよ。いち冒険者に過ぎない私たちじゃ手に余るわ」
「ああ……確かに色々と面倒なことになりそうですね」
ただの冒険者である僕たちが捕まえにいったら、身分の違いを盾にとって罪を逃れようとする者が多発するだろう。グウェンさんの言う通り、ここは国の然るべき人に動いてもらった方が良さそうだ。
「じゃあ、この顧客リストもオールストン伯爵に引き渡しちゃいましょうか。面倒な仕事を丸投げするみたいでちょっと気が引けるけど」
「あの人には優秀な奥様やしっかりした家臣の方々がついてるから大丈夫よ」
ああ、そういえばセルマ様がいるんだった。
あの人ならこの程度の仕事くらい簡単に片付けちゃいそうだな。よし、ここはまとめてお任せしちゃおう。
「でも、そうなると僕たちの仕事ってもう殆ど残ってませんね」
「そうね」
「……グウェンさんは今後どうするつもりですか?」
「どうするって?」
「復讐を果たした以上、グウェンさんはこれからもっと自由に生きられる筈です。だから……ひょっとしたら、一人でどこかに旅に出ちゃったりするのかなって」
「旅?そんな事しないわよ。折角こんなに良い家に住んでるのに」
「やっぱりそうですよね……って、ええっ!?ここにずっと住むつもりですか!!??」
意外過ぎる……!グウェンさんとの関係はディアボロを叩くための臨時パーティのようなもので、仕事が終わったらこの家から出て行ってしまうものだとばかり思ってた。
でも、この家で一緒に暮らすようになってからのグウェンさん以前よりも笑顔も増えたし、お互いの間にあった垣根も随分と低くなったように感じる。僕としてもこのままお別れするのは忍びなく思っていたから、もし本気でそう言ってくれてるのならこんなに嬉しいことはない。
「ひょっとして迷惑だったかしら?」
「いえいえ、前々迷惑なんかじゃないです!むしろ嬉しいですけど……本当に?」
「本気も本気よ。この家は居心地いいし、ご飯も美味しいし」
《シモン様の作るご飯は世界一なのー!》
「本当にその通りね。私もすっかり胃袋を掴まれちゃったわ」
グウェンさんが屈託のない笑顔をみせる。
はあ……本当にこの人は綺麗だな……。顔の傷がなくなったのも勿論だけど、なんというか普段の表情がぐっと柔らかくなった気がする。彼女が笑ってる姿をこうして近くで見ているだけで、なんだか神様に感謝したくなるくらいだ。
「いいですよ。グウェンさんが居たいだけ居てください。大歓迎です」
「……シモン、その言葉遣いはもうやめてくれる?」
「えっ?」
急に眉をしかめたグウェンさんの表情にドキッとなる。
僕、今なにか失礼な言葉遣いでもしちゃったかな?
「貴方はエルマー兄さんの生まれ変わりなんでしょ?」
「は、はあ。そうらしいですけど」
「なら、私相手に敬語を使う必要なんてないわ。もっと普通に喋って頂戴」
「ええええ!?さ、流石にそれは……」
こんな美人さんを相手に砕けた言葉遣いで話すなんて、長年森の中で孤独に暮らしていたぼっち狩人の僕にはハードルが高過ぎるよ!
そもそも、グウェンさんってこう見えて僕よりずっと年上じゃなかったっけ。だとしたら、むしろ敬語の方が自然のような。
「エルマー兄さんだった頃から数えたら、シモンの方が年上よ」
「そ、それは屁理屈ですよ!」
「ほらまた敬語」
「うっ……」
グウェンさんの鋭い指摘に思わず言葉が詰まってしまう。
「ううう~…………仕方ないな。今後はなるべく普通に話すようにするよ、グウェンさん」
「〝さん〟?」
「わ、わかったよ、グウェン」
「うん、よろしい」
にっこりと微笑む彼女の眼差しに照れ臭くなった僕は、逃げるようにキッチンへ戻り黙々と皿洗いを始めた。
ディアボロを叩き潰すよりも、その首領であるダンテを倒すよりも、美しい彼女と正面から向き合うことのほうが僕にとっては余程難しいことのように思えてしまう。我ながらこっち方面は前途多難だなあ……。
《流石はシモン様。安定のヘタレっぷりなの》
「うっさい!僕をイジる前に、その口の周りのトマトソースを拭いてこい!」




